第86話 星夜さんが好きなんです
「着きましたわっ!」
「とわっとっ!?」
百鬼さんに拉致された俺は、そのまま担がれて運ばれると、どこかの部屋に入れられて柔らかいものの上に落とされた‥‥‥俺の扱い結構雑じゃない? 絶対、物のような扱いだったと思うんだけど。
「いつつ‥‥‥ここは?」
「ここはわたくしの部屋ですわ!」
言われて見回すと、それなりの広さの和室で渋い感じはあるものの、しかし家具とか壁紙とかは薄いピンクっぽい色彩で統一されてて、ゆめかわいいっていうのかな? いかにも女の子らしい内装の部屋だ。
そんな部屋の座布団の上に俺はポイされてた。
百鬼さんはそんな俺の隣にもう一枚座布団を敷いて、そこにちょこんと正座で座る。
彼女は何で俺をここに連れて来たんだろう。
「というか、お見合いの席を抜け出してきてよかったのですか?」
ぶっちゃけ、たいして見合ってない気がするけど‥‥‥。
「嫌ですわ星夜さん! わたくしに敬語なんて不要ですので普通に話してくださいまし」
「そ、そう? ならお言葉に甘えて。百鬼さんも普通に話してくれていい——え、なに?」
さらに百鬼さんはピシッと俺を指さしてくる。
「それもです! わたくしのことは『姫彩』と呼び捨てで構いませんわ。もしくは前みたいに『ひーちゃん』でも‥‥‥そしてゆくゆくは『おまえ』『あなた』なんて新婚さんみたく呼び合ったり‥‥‥うふふふふっ!」
お、おおぅ‥‥‥またしても百鬼さん——姫彩がトランス状態に‥‥‥でも、頬に両手を当ててなんて幸せそうな表情。
「あ、それとわたくしの口調はもともとなので気にしないでくださいまし」
「そうなのか‥‥‥」
ですわ口調のお嬢様って実在するんだ‥‥‥てっきりキャラを作ってるものかと思ってた。
というか。
「さっきも聞いたけど、お見合いの席を外してきてよかったの?」
「問題ナッシングですわ! おじい様たちも積もる話があるでしょうし‥‥‥それにわたくしは星夜さんと二人きりになりたかったので」
あの三人で積もる話とは? 正直、父さんは新左衛門に研修医時代の時にお世話になったって言ってたけど、接点が全く浮かばん。
そんなことを思ってると、向かい合ってる姫彩がニコニコしながら、着物の袖に手を入れて何やら探る。
そこから出てきたのは‥‥‥いくつかの結婚雑誌。
「さぁ、星夜さん! 式の日取りなどいかがしましょう♡ 式場はどこにいたしますか? わたくしは——」
「——式っ!? ちょちょ、ちょっとタンマ!」
グイっと押し付けてくる〇クシィをいったん押し返して、そういえば新左衛門には言ったけど姫彩にはまだ俺たちが公式ではないとはいえ、今まで許嫁だったことを知らなかったのを伝えてないのを思い至った。
「えーっと、とりあえず一旦落ち着いて‥‥‥姫彩、実はね」
「はい、あなた♡」
「それはまだ早いっ! じゃなくて、実は俺、昨日まで自分に許嫁がいたことも、今日お見合いすることも聞かされてなかったんだよ」
「へっ‥‥‥」
俺がそう言うと、陽彩はちょっと驚いたように目を見開いて、ピクリと固まった。
一瞬の静寂。
でも、少しだけ冷静というか、落ち着けた頭が、感じてた戸惑いに答えを導こうとしてくる。
俺が感じた戸惑いとは、姫彩との温度差だ。
確かに、俺と姫彩は前にお見合いで顔を合わせてるけど、それ以降は本当に一度も会ってないし、連絡先とかも交換してないからメッセージのやり取りとかもしてない。
それに、その一回会った時だって、俺は彼女に特別なにかをした覚えもない。
ご飯食べて、父さんたちに言われて一緒に遊んで、おしゃべりして‥‥‥当時の姫彩は今目の前にいる姫彩みたいにハイテンションじゃなかったし、正直俺も、お見合いの意味をよく理解してなかったと思う。
だから、どうしてこんなにも彼女の俺に対する好感度が高いのかさっぱりなのだ。
でも少し考えれば、それは違うのかもしれないと思った。
俺が混乱してるのは、昨日に突然父さんに許嫁のことやお見合いのことを言われたからだ。
けど、彼女は違う。父さんが言うには、前からずっとそのことを聞かされてきたらしい。
それで、もしかしたら彼女はこの日をずっと楽しみにして、だからこんなにテンションが高いのかも‥‥‥けど、そうじゃない可能性もある。
というかむしろ、俺はそっちの方があり得ると思ってるんだけど‥‥‥だって、現代日本で許嫁やらお見合いやら、時代遅れだろう。
百歩譲って、政治家とかの上流階級‥‥‥まぁ、父さんたちもそこに片足一歩踏み出してるようなものかもしれないけど、でもやっぱりあまり現実的じゃないと思う。
彼女だって、貴族とかでもない普通の女の子なんだから普通に自由恋愛をしたいはず。けれども親に決められたこと‥‥‥しかも、ヤクザの組長ともなれば断れなかったのかもしれない。
だから、空元気をだして無理をしてるんじゃないか?
俺はゆっくり整理しながら、姫彩に今考えて思ったことを伝えた。
「俺も何て言ったらいいかわからないけど、数年前に一回会ったきりの相手なんて見ず知らずも同然。ましてや勝手に決められた相手と結婚なんて姫彩も嫌だろう? なにか事情があるのかもしれないけど、結婚は無理してまでするものじゃないと思う。だから——」
「——違います。わたくしは、星夜さんが好きなんです」
俯けてた顔を無理やり上げさせられて、姫彩に至近距離で断言される。
「おじい様に決められたからではありませんわ。というより、許嫁の件も今日のお見合いのことも頼んだのはわたくしなのです」
「えっ?」
「確かに、わたくしたちが共に過ごした時間はほんの少し‥‥‥けど、星夜さんは覚えてないかもしれませんが、わたくしはあの時に星夜さんに救われて、あなたに心を奪われたのです」
真摯に、ただ純粋に想いの丈を告げられた。
だからこそ俺も、今ここで。
「ごめ——」
「ですから星夜さん! わたくしと結婚してくださいっ!!」
「——うごぉっ!?」
断ろうとした瞬間、目の前にいた姫彩に頭突きするように‥‥‥というか、思いっきり頭突きされながら抱き着かれて、それは俺のみぞおちにクリティカルヒット。
「‥‥‥あら? 星夜さん? 星夜さ~ん!」
あ、あぁ‥‥‥やばい、今のはやばい。
何がやばいかって、お見合いしていた部屋で飛びつかれた時は、後ろに何もなかったからそのまま衝撃を流せたわけで、今回のは後ろに思いっきり壁があった。
しかし不思議と痛みは感じなくて、チカチカと明滅する視界に時折姫彩を映しながら、俺の意識はプツリと切れる。
姫彩は花の香りがした。
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