第85話 ずっと心待ちにしておりました




「こほんっ! 少々お見苦しいところをお見せしてしてしまいましたわ‥‥‥お恥ずかしい」


 そう言って、頬に手を当てて恥ずかしがるそぶりを見せる、さっき俺に突っ込んできた少女。


「あはは~」


 気にしてないです~って空気を醸しながら愛想笑いを浮かべる俺。


 さっきのあれが少々の範疇に当てはまるのかは疑問に思うけれど‥‥‥人間、流せるものは色々と流して生きたほうが良い。


 今さっきのてんやわんやのごちゃごちゃの後、仕切り直しまして俺たちは改めて向かい合って座っていた。


 今度は、退場させた父さんもビデオ通話で参加してる‥‥‥というか、させた。


「やぁやぁ、姫彩ちゃん! 久しぶりだね!」


「はい! 宵谷先生もお久しぶりです!」


 割と親し気に会話をする二人。


 そんな中、俺は姫彩ちゃんと呼ばれる子に目を向ける。


 たぶんこの子が、俺の許嫁相手だよね?


 さっきは突然のこと過ぎて脳の処理が追い付かなかったけど、改めてまじまじと見つめれば彼女の姿にどこか既視感を覚えた。


 俺はバカじゃないし、記憶力もそこそこあると自負してる。


 俺はたぶん、昔にこの子と会ったことがある。


 そしてそれがいつだったかを直ぐに思い出した。


 というか、『改めてお見合いを‥‥‥』っていう父さんの言い方から察せれたな。


 前にも言ったかもしれないけど、俺は前に一度だけ父さんに連れられてお見合いをしたことがある。


 あの時の相手が、今目の前にいるこの子だ。


 そう思えば、付け直した髪飾りとか見覚えがあるし、顔立ちもあの時の面影がある。


 当時の彼女の顔を思い出すようにしながら、俺は彼女を呼んでいた呼び方を反芻する。


「‥‥‥ひーちゃん」


 瞬間、グイっと手を引かれたと思ったら、机に身を乗り出す格好になっていて、目の前には現在の彼女の顔があった。


「はいっ! あなたの百鬼姫彩ですっ!」


「うぇっ!? えっ!?」


 またまた突然の行動に驚いたけど、間違ってたら申し訳ないから確認をすることにする。


「え、えーっと‥‥‥君は、前にお見合いした時の——」


「はいっ! あの時からず~~っとあなたの百鬼姫彩ですっ!」


 俺の言葉を遮って、さらに身を寄せてくる昔のひーちゃんこと百鬼さん。


 てか、近い近い近いっ! あと『あなたの』って枕詞はなに!?


 それにしても、まさか再びお見合いで再会するとは‥‥‥面影があるとはいっても、あの時は小学校の時で家事をひたすら頑張ってた時期だったからまじまじと見ないと直ぐに出てこなかった。


 彼女の方も成長して顔立ちが大人っぽくなってるし、髪も今は短めだけど昔は長かったし、もっとお淑やかなイメージだったんだけど‥‥‥そして何より、目が違う気がする。


 昔はなんていうか、こういっちゃ悪いけど死んだような目というか覇気を感じなかったというか‥‥‥狂気を映しているような気がしたことを微かに覚えてる。


 でも、今目の前にある瞳に映るのは‥‥‥狂喜。


 ‥‥‥あれ? 実はあんまり変わってない?


 というか、だんだんその狂喜が近づいてるような‥‥‥。


「星夜さん星夜さん星夜さん星夜さん——」


「あ、わっ! 待って待って!」


「星夜さん星夜さん星夜さん——ふぇぐっ!?」


「こら! また暴走してるから止まりなさい!」


「ね、姉さま‥‥‥」


 すると、先生ががっしりと百鬼さんの頭を掴んで、座布団に強制正座をさせた。


 さっきのお説教が効いてるのか、百鬼さんはそのまま大人しくなる。


 なんというか、本当になんでこんなに俺は迫られてるんだ? 確かに昔に会ってたけど、その一回だけだし‥‥‥好感度が高すぎて狂喜になってる意味が分からないのだが。


 百鬼さんの半暴走によって場が硬直し、そんな中で俺が困惑してると、空気を読めないに定評がある父さんが口を開いた。


「はは、姫彩ちゃんは相変わらず元気だなぁ」


 元気を通り越してるような気もするけど‥‥‥だって俺、食われそうだったし。


 そして次に声をあげたのは、孫の暴走に頭を抱えてた新左衛門さん。


「はぁ‥‥‥あ~、せっかくだ。久しぶりの再会なんだし、改めてお互い名乗っておけよ」


 この場をなんとか本来のお見合いのような雰囲気の持っていこうとするその力業に、ヤクザの組長の威厳と涙ぐましい努力を感じた。


 だからそれに応えるために、俺は改めて名乗る。


 この流れ、壊させない!


「じゃあ、俺——いえ、僕から。‥‥‥こほんっ! 宵谷星夜です。今日はお願いしますね」


「きゃ~! 星夜さん、かっこいいですわ!」


「う、うん‥‥‥」


 正直、ただ名乗っただけでかっこいいって言われる意味が分からないけど‥‥‥まぁ、たいして意味なんて無さそうだし、考えないでおこう! うん、俺はかっこいい!


「では、さっき言いましたけれど改めて——」


 次に百鬼さんが声を出した。


 前置きして、百鬼さんは少し後ろに下がると、瞳をじっと俺に向けて気品のある優美なしぐさでそっとお辞儀をする。


 そこにさっきまでの慌ただしさは無くて、上品で静かな所作はその和風美人な容姿と相まって、思わず目を奪われるような美しさだった。


「——百鬼姫彩ひゃっきひいろでございます。星夜さん、こうして再びお会いできる日をずっと心待ちにしておりました」


 顔を上げて、柔らかく微笑む。


 その表情は先ほどの言葉が嘘偽りのないことを証明してるようだ。


「うむ。それじゃあ、組のやつに持ってこさせてメシでも食いながら、話し合いでもするけぇの。なにやら、健星の息子は言いてぇことがあるようだしな」


 そう言って、新左衛門さんはじっと俺に視線を送ってくる。


 百鬼さんに見惚れてた俺はそのお言葉にハッとした。


 そうだった、色々急展開すぎて忘れてたけど俺がここに来たのはこの婚約の話を断るためだった。


 流石はヤクザの組長。まだ俺は言ってないというか、言いかけただけなのにもうわかってるような口ぶり‥‥‥いや、実際に分かってるようだ。


 そしてその目は、なんだか「逃がさん、この孫はもう手に負えないから何が何でももらってもらう!」って語ってるような‥‥‥。


 ひ、ひええぇぇっ! 無理無理! 俺にもこのお嬢様は手に負えねぇっす組長!


 こうして、改めて百鬼さんの押し付け合い‥‥‥じゃなくて、本格的なお見合いが始まろうと——。



「おじい様! 食事なんて結構ですわ! さあさあ、後は若い二人にお任せくださいまし!」



 またまたまた突然に百鬼さんはそう言うと、俺の腕を引っ張り、そのまま抱きかかえて部屋を飛び出してく。


「えっ!? ちょっ!? 助けてぇぇーーっ!!」


 もちろん、ただの人間である俺に、鬼の腕力なんかから逃げるすべ何てなくて。


「それは本人がいうセリフじゃねぇだろうが、姫彩」


「全くあの子は、途中まで完璧だったのに‥‥‥」


「はっはっは! ほんとに元気になったなぁ。まぁ、星夜なら大丈夫大丈夫!」


 と、新左衛門さんと呆れと、姫ちゃん先生の哀愁と、父さんの能天気な声を聞きながら拉致されましたとさ。



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