第83話 やっぱ健星の息子だわ
人には言われて嬉しい言葉と、嬉しくない言葉がある。
そうだなぁ、言われて嬉しい言葉の代表としては、『お兄ちゃん大好き!』とか、『今夜はお前の大好物だぞ!』とか、『君は進路に困ることはないね』とか、『さぁ、願いを言え。どんな願いでも三つだけ叶えてやろう』、なんて言われたら最高だろう。
もう人生勝ち組だと思っていい。
逆に、そうでない言葉の代表は、『お兄ちゃん、邪魔なんだけど』とか、『ごめんな、これが最後のお米なんだ』とか、『君はもう一年間高校生だね』とか、『私の戦闘力は五十三万です、おっほほほほほ』、なんかは最悪だと思う。
人生は終わったと見て間違いないから、来世に期待するしかない。
そして今、目の前にいる左目に眼帯を付けた厳ついキング・ブラ——っと、百鬼組組長・
『おめぇ、あれだな。やっぱ健星の息子だわ』
それを聞かされた俺はもう冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべることしかできない。
そりゃそうだ、俺はあの父さんの遺伝子を正当に受け継いでると聞かされたのだ。
言ってみればそれは、将来子供ができたらおかきのサラダ味の持論をスーパーのお菓子売り場で披露したり、本気でかめはめ波を撃とうとする人種の正統なる後継者の資格を持っていると言われたようなものであるわけで。
‥‥‥なんてこった、実は心のどこかで「お母さんね、実はお父さん以外の男の人と関係を持ってしまって‥‥‥星夜、あなたは本当はお父さんの子供じゃないの」みたいなシリアス全開のカミングアウトな遺書があることを期待してたんだけど。
理想を言えば、橋の下あたりで拾ってきてくれたりとかだったらもっと良い。
それなのに、今回の”お前はいずれ父親の様になっていくんだ”と、死の宣告に等しいことを言われた俺はどうしたら‥‥‥みぞれはある程度父さんの影響を受けて育ってるだろうし、こうなったらもう百鬼の遺伝子を取り込んで少しでも宵谷の血を薄めないと‥‥‥。
まぁ、それは冗談として今の状況を説明すると、俺は許嫁の祖父であり、百鬼組の組長の人と机を挟んで向かい合ってる。
父さんは既に離脱した‥‥‥いや、俺がさせた!
だって、新左衛門さんに「健星、おめぇの息子のことを教えてくれや」って言われて、父さんは何を思ったのか「星夜は生まれた時から宵谷そのものだった‥‥‥」だとか、「生まれついての主婦力は、成長するにしたがって親の私が恐怖を感じるほど増大し‥‥‥」とか。
途中からあれ? って思った俺は、父さんが何を言ってるのか分かってしまった。『映画ドラ〇ンボールZ燃え尽きろ!熱戦・裂戦・超激戦』にでてくるパラ〇スのセリフだと。
だから何やってんだって思った俺は、思わず「親父ぃ‥‥‥? ヘアッ!?」って感じに通話を切ってしまって。
んで、それを見られた新左衛門さんの反応が、先ほどのセリフです。‥‥‥もう、マジに息子として恥ずかしい。
「‥‥‥その、父さんがすみません」
「はははっ! よいよい、あいつは昔からあんな感じだからな」
そう言って、「ふぅ~」っと葉巻の煙を吐き出す新左衛門さん。袴を着て、その下に見える傷だらけの肉体とか、眼帯とかすごいヤクザっぽい。
でも、少し話してみてこの人が思っていたよりも怖い人でないことは分かった。むしろこの部屋にまで案内してもらったスキンヘッドのスーツの人の方がビビったな。
「それで、おめぇはうちの孫との婚約をどう思ってるんだ?」
「あ、あ~実はですね——」
俺はとりあえず、今まで何も聞かされてなかったことを話した。
まぁ、ちょっとした父さんへの仕返しだ。ここら辺は全部父さんのせいにしておこう。というか、実際にホウレンソウを怠った父さんのせいだし。
「あんの馬鹿野郎、今海外にいるんだったか? 帰ってきたら、またちょっとしばくか」
おうおう、よろしくお願いしまっせ組長! ‥‥‥直接言うのはまだ怖いので心の中でそうつぶやいておく。
それと同様に、正式に許嫁になることを断るのもやっぱりまだちょっと怖いけど‥‥‥そりゃあ、こっちの勝手な都合で断ることになるんだから、怒られないわけがない。
でも、ちゃんと言わなきゃな。
俺は小さく息を吸って、覚悟を決める。
「あの、一ついいですか?」
「あぁん? なんだ?」
「その、婚約のことなんですけど——」
無かったことにできないでしょうか。
そう言おうとしたとき、スーッと襖が開いて、着物を着た女性が入ってきた。
「おじいちゃん、入るわね。こんにちは、星夜君」
「——へっ? せ、先生!?」
やってきたのは、俺も知ってる人。黒髪のメガネをかけて知的な雰囲気を纏う人で、
一年八組の俺の担任先生で担当は現代文。朗らかな性格で、クラスからは姫ちゃん先生って愛称で呼ばれて慕われてる。
先生はそのまま新左衛門さんの隣に座った。
というか、さっき新左衛門さんのことをおじいちゃんって、確かに初めて名前を聞いたときはもしやとは思ってたけど‥‥‥え、まさか先生が婚約者!? そ、そんな、ここから禁断の関係が始まってしまうのかぁっ!?
「え、えーっと、先生がどうしてここに?」
ちょっと動揺しながら先生に聞いてみる。
「そりゃあ、先生が百鬼の人間で自分の生徒が婚約するって言うからね。あ、ちなみに相手は先生じゃないから期待しちゃだめだぞ?」
「あ、そうなんですね」
びっくりした。そりゃそうだ、生徒と教師が許嫁とかそんな禁断の関係‥‥‥ちょっといいなって思ったけど。
「そうそう、残念だけど先生はもう素敵な婚約者がいるからさ。星夜君と会うのは先生の妹なんだけど——おじいちゃん、星夜君にあの話はしたの?」
「いや、これからだな」
「そう、なら私から彼に伝えても?」
「教え子なんだろう? 構わん」
え? 先生はもう婚約者がいる? 結構先生のことを狙ってる男性教師が多いって聞いたことあるけど‥‥‥。
というか、先生の妹がこれから会う人?
先生にサラッと言われたことにちょっと混乱してると、新左衛門さんと先生は何やら話し合って、そしてさらに驚きのことを言ってくる。
「星夜君、これから話すことは基本的に他言無用でお願いしたんだけど」
「は、はぁ? なんですか?」
「単刀直入に言うね。もしかしたら宵谷先生から聞いてるかもしれないけど‥‥‥」
宵谷先生っていうのはたぶん父さんのことだよね。
先生は、そこでいったん言葉を区切って。
「百鬼の家は鬼の系譜なの」
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