第十二章 星夜の許嫁

第82話 帰っちゃダメかな?



 ◇◇星夜side◇◇



『誕生日おめでとう! 父さんからの誕生日プレゼントだが、星夜には許嫁を用意してやったぞ!』


 昨日、父さんから電話からかかってきたと思ったら、いきなりそんなことを言われた。


 もちろん俺は、な~に言ってんだこいつって思って、さらば父よ‥‥‥って電話を切ったんだけど。


 またすぐにかかり直してきて、今度は電話越しでも縋りつく姿が思い浮かぶ声音で。


『き、切らないで! いいから父さんの話を聞いてくれ!』


「知らない」


『頼むよぉ! 父さんこのままだと、日本に帰れなくなる!』


 とかなんとか泣きわめいてきたから、とりあえずみぞれに一言謝ってから話を聞いてみたんだけど。


 それがまた、なかなか突拍子もないこと過ぎて呆れたし、できれば別のタイミングにしてほしかった。


 何を言われたかというと。


 父さんはすっかり忘れてたそうだけど、俺には許嫁がいたらしい。


 でもそれは、父さんと相手の親御さんが酒の席で決めた口約束みたいなものだそうで、お互いに高校生になったし、そろそろ正式に婚約を決めてしまいたいから、明日に改めてお見合いをするから準備をしろっていう内容だった。


 うん、やっぱり色々と突拍子すぎるだろう!


 許嫁がいるなんて話を聞いたのも昨日が初めてだし‥‥‥というか、この時代で許嫁って! あと、次の日にお見合いっていうのも突然すぎる! そういうのって、普通いろいろ準備するんじゃないのか?


 その俺の疑問に父さんは。


『うん、忘れてた! てへぺろ♪』


 本気で一瞬、こいつはもう帰って来なくていいんじゃなかろうかと思ったね。


 電話を切りたい気持ちを抑えて、もう少し詳しく断ることができないか掘り下げたんだけど。


『た、頼む! 出てくれないと、父さんの命が危ないんだ! 最強の目からは逃れられない!』


 って、何言ってるのかわからないけど、とにかく焦った様子で無理の一択。


 それに向こうの相手は、ずっと許嫁がいることを聞かされてきたようで、しかもかなりノリノリらしくドタキャンするのは気が引けてしまった。


 というわけで、俺は急遽しっかりしたスーツを着て、その許嫁さんの実家に向かってる。


 ちなみに、朝帰りになってしまったのは、みぞれと一線を越えたわけではない。


 あんな話を聞かされたあとじゃ、そんなことをする空気になんかならない‥‥‥むしろその逆で、俺は一晩中怒られてた。


 父さんのせいだとはいえ、あの状況でみぞれが怒るのは当然だし、甘んじてお叱りを受けてしっかりと断ってくるって言って何とか許してもらったわけだけど‥‥‥。


「父さん、婚約のこと断っていいんだよね?」


 俺は、ナビで指定された住所までの道を確認しながら電話を繋げてる父さんに聞く。


『ん? まぁ、それは構わないと思うぞ』


 ならいい。流石に、みぞれにあんなこと言っておいて許嫁関係を続けるなんて最低なことはできない。


『‥‥‥ただ、その場合、覚悟だけは決めて置けよ』


「いや、なんの覚悟だよ! そんな深刻そうに言われると怖いんだけど!」


『そりゃそうだ、父さんだって怖いぞ! なんたって、今から会う人は父さんの研修医時代に世話になった人なんだが、当時はキ〇グ・ブラッドレイのあだ名が付けられてたからな』


 なにそれ、怖い! ‥‥‥だから、昨日最強の目とか言ってたのか。


 ん? いや、今更だけどちょっと待て。


 改めてお見合いとか言ってたけど、そういうのって普通保護者同伴だよね? 


 まさか父さん‥‥‥。


「なぁ、父さん? 父さんはいつこっち来るのかな?」


『‥‥‥星夜、時代はリモートなんだよ』


「ちょっと待て! 絶対その人に会うのが怖いんだろう! 俺一人に対面させるつもりだろ!」


『これ星夜! もう着いたんだから人様の家の前で騒ぐ出ない!』


「こ、コイツ‥‥‥って、え? ここ?」


 父さんに言われて正面を向けば、とても一般住居には見えない敷地があった。


 アメストリスの大統領府‥‥‥ではないけれど、かなり立派な門構えと塀に囲まれてる、陽光を照り返す瓦屋根の武家屋敷みたいな家だ。


 我が家も父さんが割と稼いでるからそれなりの大きさではあるけど、この家の敷地面積はそんな我が家が数軒は建ちそうなほどでかい。


 スマホの目的地を確認すれば、確かに目の前のこの家で間違いなさそうなんだけど‥‥‥。


「ねぇ、父さん‥‥‥今、チラッと表札が見えたんだけどさ、もしかして百鬼ひゃっきってあの”百鬼”なの‥‥‥?」


『そうだ、あの百鬼さんちだ‥‥‥何か粗相をしたら生きては出てこれないと思え』


 実はここは、俺が歩いてきたことからも分かる通り、普通に地元で家からそんなに離れてない、駅の反対側にある場所なんだけど。


 百鬼——その名前はこの辺りで知らない人がいないくらい有名な家である。


 前に、この辺りは治安がいいと言ったことがあると思う。


 警察? 確かに、それもあるかもしれないけど、それよりもこの街で悪さをしようものなら、この百鬼組に「なぁに、ウチのシマ荒らしてくれてんじゃあ?」って目を付けられるわけだ。


 まぁ、なんだ‥‥‥つまり、この辺りのヤクザの元締めなんだよね、百鬼の家は。


 いや、だからってたぶんすごい悪さをしてるってわけじゃないかもしれないんだけどさ。


 実は、裏からこの街に入ろうとしてくるならず者どもの侵入を防いでるって有名な噂があるし、父さんから前にそんなことを聞いたことがあるから、知り合いらしい父さんの言うことなら本当なのかもしれないけどさ。


 なんかほら、それでもヤクザってイメージが‥‥‥ね?


「‥‥‥父さん、帰っちゃダメかな?」


『頼む、ここで帰ったら父さん殺される』


 それ、ずっと言ってるけど冗談じゃなさそうだなぁ‥‥‥。




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