エピローグ 星夜じゃなきゃ、いや

 


 ◇◇みぞれside◇◇



「あっ! 忘れてた!」


 今のゆったりとした時間をいつまでも続けていたいけど、まだ渡したいものを渡してないのを思いだした。


 お腹にグッと力を入れて身体を起こして、すぐそばに置いてある間接照明をつけてから、ポケットからそれを取り出す。


「忘れ物?」


「そうじゃなくて……はい!」


「‥‥‥これは、ミサンガ?」


「そう! 誕生日プレゼント」


 赤、白、水色、ピンクの糸で作って、星と狼を刻んだ世界に一つだけ、唯一無二のオリジナルペアミサンガ!


 編んでる時はずっと星夜のことを考えて作ってたから、願いの効力はすごいことになってるはず。


「俺、今年は何も言ってなかったと思うけど‥‥‥」


「うん、だからあたしがあげたいものをあげようと思って。あっ! あたしが付けてあげるよ! どこにつける?」


「う~ん、みぞれと同じところがいいかな」


「うん? そしたら、利き手になっちゃうけどいいの?」


「いいよ、こういうのはそういうことが大事だろ? お揃いなのが」


 そう言って、起き上がった星夜はあたしと向かい合って、利き手である右手を出してくる。


 あ~、やっぱり、そういうことを大切にしてくれるの、好きだな~。


 改めてそう感じながら、あたしはその手首にミサンガを結ぼうとして‥‥‥。


「‥‥‥星夜、きず」


 そういえば、あたしはこの右腕を引き裂いてしまったのを思い出した。


 ちょっとだけ、体が震えてくる。


「きず? あぁ、月菜に治してもらったよ」


「そうじゃなくて‥‥‥あたしのこと、怖くない?」


 たぶんそんなことないだろうなって思ってはいるけど、小さな不安がぬぐい切れなくて、ちょっと怯えながら聞いてみる。


 すると、星夜はそんな不安と取り払ってくれるように、優しく頭を撫でてきた。


「前も言ったけど、怖くなんてない。怖かったらまずここに来ないし、さっきあんなこと伝えないよ」


「‥‥‥うん、ありがと。それじゃあ、つけるね」


「よろしく」


 ミサンガは結ぶ時にも願いを込めるらしい。


 正直、このミサンガには、もうこれ以上何を望めばいいのかわからないくらいの想いを吹き込んでるんだけど、そうだなぁ‥‥‥。



(この人と二人、どんなときも幸せでいられますように)



 噛みしめるように、ゆっくりと固く結びつけた。


 願いは安直だけど、だからこそ、とても大事なことだから。


 そうして結び終わって、なんとなしにお互いの手首を見つめ合う。


「えへへ、お揃いだね! 嬉しい?」


 喜んでくれるかな‥‥‥喜んでくれるといいな。


 そう思いながら、そっとミサンガの存在を確かめるように撫でてる星夜に問いかけた。


「嬉しいよ、こういうのも久しぶりだしね」


「やった! じゃあ‥‥‥ん」


「ん?」


「——んっ!」


「ん~‥‥‥」



 ——ちゅっ♪



「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥いくじなし」


 瞳を閉じて唇をすぼめてたのに、ほっぺにしよって! ‥‥‥抗議の視線。


「あのなぁ、さっきのどれだけ勇気を出したと思って‥‥‥わかったよ‥‥‥でも、その前に、俺もみぞれに渡すものあるから」


「渡すもの?」


「誕生日プレゼント、ちゃんとしたものをあげようと思って」


 そう言って、星夜はポケットからあるアクセサリーを取り出す。


 それが見えた瞬間、あたしは思わずにやけてしまった。色々な意味で。


「あ~あ、さっきゴロゴロしたからちょっと折れ目が‥‥‥みぞれ?」


「いや~、星夜ってさ、結構束縛癖が強いよね~」


「‥‥‥え?」


「安心して? あたしは、星夜以外の人にしっぽ振ったりなんかしないから」


 ちょっとした比喩表現でからかってみる。


 星夜はそれを聞いて、数秒ポカーンってした後、火山が噴火するみたいに真っ赤になった。


「‥‥‥なっ、お、おまっ! それ知って!」


 はは~ん、その反応、星夜はちゃんと贈る意味を分かったうえで、それをあたしのプレゼントに選んだと。


 星夜が取り出したのは、リボンのチャームが付いたベルトの金具のシンプルな黒いチョーカー。


 確かに、あたしはいつも、昔にお母さんからもらったチョーカーを自分のトレードマークだと思って付けてるし、だからそれでチョーカーを選んだのかもしれないけど‥‥‥まぁ、星夜には辰巳君とあたしが付き合ってると勘違いしてたっていう事実があるから、色々勘くぐりしちゃうよねぇ~?


 チョーカーを贈る意味。


 それは、『離したくない』『この先も一緒にいたい』『自分のそばにいて欲しい』とか色々あって、要は貴方を繋ぎとめておきたいということ。


 まっ、あたしもそれは最近知ったんだけど。


 ふふっ‥‥‥しかし、星夜のこの慌てよう、当分からかいのネタにできるね。


 あたしは今つけてるチョーカーを外して、星夜に身体を預ける。


「はい、どーぞー」


「どーぞーって、お前なぁ‥‥‥」


「つけてくれないの?」


 ちょっとイジワルな目を向けると、星夜は観念したようにため息をついて、チョーカーの金具を外した。


 そして、そっとあたしの首に回してくる。


 その間、じっとしてるあたしは、なんだか言いようのないゾクゾクした快感が、こう身体にしびれるように流れた。


 う~ん‥‥‥あたし、もしかしてちょっとイケナイ感じの素質があったり? ‥‥‥まぁ、星夜にならいいけど。


 やがて、最後にカチッと再び金具を止める音が響いて。


「‥‥‥あたし、星夜に首輪つけられちゃった♪」


「それ、自分で言ってて何とも思わんの? 俺すっごい恥ずかしんだけど」


「ん~、恥ずかしくないわけじゃないけど、星夜だからいいんだよ」


「あ~、ん~、あぁもうっ‥‥‥はぁ」


 あははっ、照れてる照れてる! 顔を真っ赤にしてるのもそうだし、左手で口元を隠すのなんて昔からの癖だもんね。照明が付いてる分、恥ずかしさもひとしおだろうし。


 まぁ、あたしは夜目が効くからあんまり意味なんてないけど。


 そういうあたしも、今はちょっと顔が熱いかな?


 二人で、ちょっと目を逸らしながら数秒の間、悶え合って。


 ふと、頭の中にある疑問がよぎった。


 ——あたしたちの関係は変わっただろうか?


 確かに、この日の誕生日での色々を経て、今までよりもずっと強固な絆で結ばれたのは間違いないと思う。


 お互いの本音を知って、自分でも気が付いてなかった気持ちに気が付いて、あたしたちの関係は一歩進んだ。


 そうだなぁ‥‥‥『最強の幼馴染』から『最愛の幼馴染』みたいな感じになったんじゃないかな?


 でも‥‥‥そう、あくまで『幼馴染』、それはまだ変わってないような気がして。


「ねぇ、星夜‥‥‥星夜が伝えてきたあの気持ちはさ、そういう風に思ってもいいの?」


 確かめるように、聞いてみる。


 ——ずっと一緒にいたい。


 それが、あのディープキスで星夜が強く伝えてきたことだった。


 とても強い気持ちがこもったそれは、受け止め方によっては、付き合ってくださいよりも先、結婚してくださいとまで考えられる。


 けど、まぁ、なんとなく長年の付き合いだからわかっちゃんだけど‥‥‥。


 あたしの質問を聞いて、星夜は逸らしていた目を真っすぐにして、申し訳なさそうな表情。


 あぁ、やっぱり‥‥‥。


「俺は、恋愛の対象としてみぞれのことが好きだよ。‥‥‥でも、ずっと目を逸らしてたそれにちゃんと向き合ったのが最近で、まだ自信が持てないんだ」


 分かる。自身が持てなかったのは、あたしも同じだったから。


「だから、自分勝手なことは重々承知で、もう少しだけ待って欲しい。必ず確信をもって、みぞれに改めて告白すから‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


 じっと見つめてくるその瞳はただただ真剣で、耳障りの良いことを言って、ただのキープするような真意は全く感じられない。


 はぁ‥‥‥まったく星夜は。


 中学の時の夢叶ちゃんの時のこともあるんだと思うけど、妙なところで真面目で不器用なんだから。


 自分のことが大好きだって言ってる女の子がいるんだから、とりあえずなぁなぁでも付き合ってみればいいのに‥‥‥まぁ、それだけ本気で想ってくれてるってことなんだろうけど。


「‥‥‥もう、しょうがないなぁー。でも、あんまり待たせないでよ?」


「みぞれ‥‥‥もちろん。——ありがとう」


 まぁ、好きになった者の弱みよね。


 こういうところも愛おしくなっちゃうんだから。


 でも、そうだなぁ‥‥‥あたしもただ大人しく待ってるなんてできないかな。


 ライバルには、あの月菜がいるんだから、うかうかしてると取られかねないし。


 ならどうするか? 星夜が自信を持てないのは、実感が持ててないからだと思う。


 生まれてからずっと一緒にいるから、相手のことを好きだなんていうのは当たり前すぎて、特別な感じがしないんだろう。


 それはつまり、あの時の‥‥‥壊れかけの星夜を連れ出す前のあたしと同じだ。


 だから、星夜にその実感を感じてもらえば‥‥‥そのためには、なにか衝動というか、心と心がもっと深いどこかでリンクするような‥‥‥いうなれば愛を確かめ合うみたいな。


「‥‥‥愛、か」


 あたしは一瞬、意識を研ぎ澄ませて気配を探る。


 あられとしぐれは、月菜に呼ばれたのか星夜ん家にいて、お父さんとお母さんは仕事‥‥‥つまり、今は二人きり。


「さてと、月菜たちが待ってるし、そろそろ戻ろう? ‥‥‥みぞれ?」


「‥‥‥星夜」


 立ち上がろうとした星夜を、素早く押し倒して重なり合う。


 なんか、息が乱れてきたなぁ‥‥‥それに、あっつい。


「躓いたのか? ——って! なんで服抜いでっ!?」


「だってなんか熱いし、お腹の下の方がむずむずするんだもん‥‥‥ねぇ、星夜、あたしが自信を付けさせてあげる」


「いやいや、俺が言った自身がそういう自信じゃなくてさ!」


「分かってるよ‥‥‥大丈夫、あたしも初めてだから」


「全然分かってないぞー! しかもなんか、こういうの逆じゃない? みぞれ、オオカミになってるよ!」


「うん? あたしはオオカミだよ?」


 確かに、今はなんか、意識してないのに耳としっぽが出て来てる感覚があるけど‥‥‥気持ちが高ぶったからかな? まぁ、いいや星夜だし。


「そうじゃなくてさ‥‥‥こういうのは、よくないって」


「‥‥‥でも、本気で嫌がってない」


「それは‥‥‥」


 本気で嫌がってたら、あたしだってこんなことしないって。


 だって、あたしは全然力入れてないもん。その気になれば、いつでも突飛ばせるはず。


 でも、星夜はあたしのことを拒絶できない‥‥‥なぜなら星夜は、あたしが星夜を大好きなのと同じくらいあたしのことが大好きだから。


 お互い、心の底ではそれは分かってるの‥‥‥本当にただ、自身が無いだけで。


 だからそれを繋げるために——ねっ?


「ふぅ‥‥‥——っと!」


 その時、星夜があたしの肩と腰を持って——グルンッ! 視界が回って、立ち位置が変わる。


 あはは、懐かしいなぁこれ。


 まだあたしがオオカミの衝動を抑えられない時、散々星夜にじゃれに行って、鬱陶しがった星夜があたしを大人しくさせるために覚えた体術みたいなやつ。


 ただ、それもあたしは楽しくなって、何回も『やって!』って、せがんだっけ。


 でも、もうあの時みたいに子供じゃない‥‥‥男と、女。


 そっとあたしの顔のすぐ横に手を置いた星夜は、あたしの意思を確かめるように瞳を覗き込んでくる。


「本当にいいのか?」


「うん‥‥‥星夜じゃなきゃ、いや」


 ミサンガを付けた手と手を繋いで。


 あたしはそっと瞼を閉じた。




—————————


【あとがき】

第二部、最後まで読んで頂きありがとうございます!


最後、みぞれ視点か星夜視点か悩んだんですけど、プロローグがみぞれ視点だったので、みぞれ視点にしてみました。

もしも、面白かったなぁ~とか、月菜がかわいいなぁ~とか、みぞれが好きだなぁ~とか、星夜がむかつくなぁ~とか思ったら、そのことをレビューとかで言っていただけたら嬉しいです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る