第80話 みぞれのことどう思ってるの?
◇◇星夜side◇◇
「‥‥‥宵谷星夜」
みぞれが去って一人取り残された俺は、茫然としながらシッピングモールに戻った。
ケーキ屋の店員さんに腕を見られてギョッとされながら、ケーキを受け取ったあと、ずっとみぞれのことを考えながら帰り道を歩いていたところ、何故か俺の家の前に土曜日にみぞれといたあいつが立ってて。
「なんで、こんなところにいるんだよ」
‥‥‥いや、そんなこと分かってる、どうせみぞれだろう。
そう思うと、特に意識してないのに思ったよりも低い声が出てた。
それに向こうも、どうにも歓迎って感じじゃなさそうだ。
まぁ、歓迎も何もそこ俺ん家なんですけど。
「それは——って君、腕をけがして」
「‥‥‥別にそこで転んだだけで、何ともないから見るな」
これをみぞれが付けた、何て言えないから適当にそう誤魔化す。
というか俺の名前を知ってるみたいだけど、俺はこいつのフルネームを知らないな‥‥‥ついでに、みぞれとのこととも聞いておくか。
「お前、名前は? あと、みぞれとどういう関係なんだ?」
「小滝辰巳‥‥‥悔しいことに友達だよ、君も見てたと思うけどね」
「そうか」
やっぱり、俺の勘違いだったんだ。
それは、本当にみぞれに悪いことをしちゃったな‥‥‥許してくれるかはともかく、謝らないと。
思えば、ここ最近の俺は焦ってた気がする。
特に小滝がみぞれに告白してるところを見てから、早とちりして変な勘ぐりばかりしてた。
もっと言えば、月菜との観覧車での告白、みぞれの秘密を知ったあの時から、俺はみぞれの見え方が変わったことに、もう誤魔化しきれなくなってることに……ちょっと混乱してたんだろう。
「星夜! もう帰ってきてたんだ、今迎えに行こうと思ってた」
と、その時、玄関から月菜が出てきた。
「ただいま」
迎えに行こうって言うことは、みぞれが月菜に俺が腕を怪我してることを伝えたのかな?
月菜にケーキを持ってもらって、小滝の横を通り過ぎようとする。
聞きたいことも本人の口から確認できたし、俺はもうこいつと話すことは無い‥‥‥と、思ってたんだけど。
「‥‥‥みぞれさん、泣いてたぞ」
「‥‥‥‥‥‥」
「僕なら、そんなことなかったのに」
「‥‥‥へぇ」
「みぞれさんが幸せそうな顔だったら、諦めるつもりだったんだけどね‥‥‥まだ、その必要はないみたいだ」
はぁ‥‥‥なんだろう、こんな月九のドラマでありそうなセリフを言われたのは初めてなんだけど、あいつ、顔が整ってるから普通にさまになってるのがむかつく。
こういうのは見てるのが楽しいのであって、当事者はろくなことにならないって相場が決まってるけど‥‥‥それでも、みぞれに関することで俺よりも優るって言われたら、引けないな。
『最強の幼馴染』舐めんな‥‥‥‥‥‥さっき喧嘩したばかりだけど。
「お前に、みぞれのお守が務まるとは思えないが?」
「そうだね、僕はミジンコ以下だから‥‥‥けど、君よりはましだね」
「‥‥‥‥‥‥」
「何も言えないかい? なら、言いたいことも言えたし失礼するよ。帰ってからやらなくちゃならないことが沢山あるんだ。みぞれさんと付き合うために、せめてミドリムシくらいは卒業しておきたいからね。宵谷さん、ごちそうさまでした」
‥‥‥‥‥‥‥あ、コイツ残念キャラだわ。言ってることは自信満々なのに、所々で卑下してて自分に自身があるのかないのかわからん。
それともみぞれが馬鹿にされてるのか? ミドリムシ以上なら、誰でも付き合えるとか思われてる感じ? 価値低いなおい!
「星夜? どうかした?」
「いや、なんだ。おかしなやつに目を付けられたなーと、あと月菜とみぞれが初めて会った時に言ってたことが分かった気がする」
俺、小滝と仲良くなれそうにないわ。
■■
月菜と一緒に家に入ってリビングに行くと、雄介がいた。
「いや、なんで? というか、この飾り付けは……」
「お、主役がやっと帰ってきたか」
「雄介、なんでそんなパーリーピーポーな格好して何してるの?」
「何ってそりゃあ、パーティーの準備だよ。ちなみに企画担当はみぞれ、お菓子担当は俺、装飾担当は月菜さんだ」
息を吹いてぷ〜って鳴らすピロピロをやりながら答える雄介。馬鹿にしてるのかな?
それから、二人にいったい俺の知らないところで何が行われてたのかを聞いた。
最近の俺が元気が無いと思ったみぞれが、俺の為にサプライズで誕生日パーティーを企画して。
それに乗った月菜と雄介の二人が協力して、小滝はなんかついてきて。
「まぁ、でも、みぞれの本当の目的は別だったみたいだけどね?」
月菜からちょっと咎めるような視線‥‥‥暗に、なんで話を聞いてあげなかったんだって言われてるような気がして目をそらす。
「今、みぞれは?」
「パーティーには参加しないって言って帰っちゃったぞ。何があったのかは大体予想できるけど、お前ら二人のことだし俺はあんまり心配してないから、早く相方を連れ戻してこい。そんで、パーティー始めようぜ」
そう言って、「俺腹減った~」ってソファーに寝転がる雄介。ふてぶてしい奴め、主役は俺じゃないのか?
まぁ、でも、雄介は無関心ってわけではなくて、俺ら二人ならこれくらいのすれ違いくらい問題ないだろうって思ってるのかもしれない‥‥‥こいつとも割と関係長いしな。
「なぁ星夜~、最近ログインしてるとこ見ないけど、周回と石集めちゃんとしてるか?」
「‥‥‥‥‥‥」
前言撤回。やっぱこいつ無関心だわ。
そうだった、雄介は二次元にしか脳のリソース割いてなかったな、こいつも割と残念だった。
雄介に憐れみの視線を向けて俺はみぞれのもとに向かうためリビングを出る。
そして玄関で靴に履き替えてると、月菜がやってきた。
「待って! みぞれのところ行くんだよね?」
「そうだよ」
「‥‥‥なら、その腕を何とかしないと」
あ、すっかり忘れてた! というか、アドレナリンかな? なんかほとんど痛くないや。
けど、制服は着替えるか。血が垂れないようにするためにずっと強く抑えてたから、軽く事件になってる。
俺は、再び靴を脱ごうとして‥‥‥目の前にパーカーが置かれた。
「準備しておいたから、腕見せて?」
「おぉ‥‥‥ありがと」
月菜‥‥‥軽く、いわゆる干物妹になりかけてたのに、いつからちょっとできる妹に‥‥‥思わず感動。
「いつっ!」
「ちょっとじっとしてて」
服を脱いで腕を見せると、月菜がぬれタオルで拭いてくれる‥‥‥なんか手馴れてるような。
あぁ、そっか、月美さんは看護師さんだったな。
傷の方は、見た目のわりに深くはないようで、縫うほどではなさそう。
でも、タオルで擦ったことで、圧迫止血で塞いでいた傷がまた開いたのか血が溢れてきて、月菜がそれを舐める‥‥‥舐める?
「‥‥‥ペロッ」
「あ~、月菜? 血が欲しいなら後であげるから今は‥‥‥」
「違うわ、これは治療よ」
そう言って、月菜はそれぞれの爪痕の傷に舌を這わせて、スーッとさらに舐めてくる。
俺は、治療ならしょうがないか‥‥‥と、抗い難い感覚にちょっと罪悪感を感じながら身を委ねることしかできなくて‥‥‥ちょっと待て、俺はこのシチュエーション知ってるぞ。
確かこのまま、患者さんにしなだれかかるように身体を重ねて、耳元まで舐めた後に蠱惑的な猫なで声で囁くんだ‥‥‥『お注射しちゃうぞ♡』って。
「ちょっと待て! 月菜まさか、父さんのあの本を見て‥‥‥」
「何言ってるの? はい、これで治った」
「え? あれ? 傷は?」
ペチッと腕を叩かれて見て見ると、さっきまであった爪痕が薄皮になって無くなってた。
んんっ? 確かにそんなにひどくはなかったけど、こんなに早く治るような傷でもなかったはず。
俺が不思議そうにしていると、月菜がペロッて舌を出して、何が起きたのか教えてくれた。
「吸血鬼の唾液は一時的に人間の代謝を上げる効果があるから、それで自然治癒力を高めた。あとでお腹が空くと思う」
なるほど、そんな効果が。いつも吸った後に最後に舐めてくるのは、そういう理由があったんだな。
月菜が用意してくれたパーカーを着て、もう一つ、アクセサリーショップで買ったやつを鞄から取り出す。
「じゃあ、月菜、みぞれを連れ戻してくるからちょっと待ってて、それとありがと」
そう言って、玄関を出ようとして——袖を引かれる。
「月菜?」
「‥‥‥星夜、改めてみぞれのことどう思ってるの?」
少し前、全く同じことを月菜に聞かれた。
あの時は、確か最強の幼馴染ではあるけど、そこに恋愛感情は無いと断言したのを覚えてる。
けど、今は‥‥‥。
「正直、よくわからない‥‥‥これが、恋なのかどうなのか」
「そっか」
「でも、この想いが何であれ、ずっと一緒にいたいとは思ってるよ」
「‥‥‥そっか」
そっと袖が離される。
振りむけば、淡く儚く微笑む月菜の姿。
「じゃあ、それをしっかりとみぞれに言ってあげて」
……流石の俺も、今の月菜がどう思ってるのかくらい分かる。
俺のことを好きだって言ってくれた月菜が、自分に嘘をついてるってことくらい。
「‥‥‥行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
けど、気づかぬふりをして、家を出た。
胸の内で、精一杯のありがとうを伝えながら。
◇◇月菜side◇◇
星夜を見送った後、私はリビングに戻ってくる。
「月菜さん、よかったのか?」
すると、森田くんがソシャゲを操作しながら、そんなことを聞いてきた。
たぶん、この人、私が星夜を兄以上に思ってることに気が付いてて、その上での『よかったのか?』だよね。
別に隠してるつもりも無いからいいけれど。
星夜をみぞれに送ったことがよかったのか、よくなかったのか、と聞かれれば、そんなのは確実によくない。
どう考えても、二人の仲は進展するだろうし‥‥‥というかもう、進展を通り過ごすかもしれない。
けど、私には矛盾した気持ちがあって。
「よくなかったけど‥‥‥なんというか、あの二人の不器用なところを見てると、むずむずして背中を押してあげたくなったって言うか」
「あぁ~、分かるよ! 推しカプ的な感じか」
確かにそんな感じかなぁ‥‥‥。
私もソファーに座って、森田君と同じようにソシャゲのアプリを開く。
何というか、今の気持ちは星夜に恋する女の子じゃなくて、お兄ちゃんが大好きな妹って気持ちなんだよね。
応援してあげたくなったっていうか。
だから、今日一日はお兄ちゃんが大好きな妹でいいや。
でも、そうだなぁ‥‥‥帰ってきた二人が、めでたくカップルになってきたら——。
「——本格的にNTRルートの解禁ね‥‥‥‥‥‥ん? どうしたの? なんかガチャで当たった?」
「あ、いや、ちょっと背筋が震えて」
なんだか怯えるような目で私を見てくる森田君が印象的だった。
そして何故かみぞれの家の方を向いて、「星夜、大変だなぁ‥‥‥」なんてしみじみと呟いてる。
私も、きっと仲直りをしてみぞれの機嫌をとる大変さを思い浮かべて、心の中で星夜にエールを送る。
——頑張れ、お兄ちゃん!
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