第79話 恋愛って難しいな



 ◇◇みぞれside◇◇



 夕日はすっかり沈み‥‥‥あたしの気持ちも沈み‥‥‥黄昏に染まる帰り道を、あたしはとぼとぼと歩いてた。


 気分は迷子の犬のようで、足を進めるたびに、後悔が募ってく。


 あんな風に、逃げ出す必要なんてなかったのに‥‥‥。


 ちゃんと違うって星夜の勘違いを正して、その上であなたが好きなのだと、伝えればよかっただけのことなのに‥‥‥。


 でも、ショックだったの。


 少しくらい、星夜も気づいてるかもって。


 あたしの気持ちのほんの少しくらいは伝わってるって思ってた‥‥‥。


「‥‥‥思ってたって、信じてたんだけどなぁ‥‥‥」


 だけど、ああして勘違いされてたってことは、そんなことなかったってことだよね。


 分かってる。


 真剣に伝えてなかったのはあたしのせいだし、近すぎるがゆえに異性として見られてないのも気づいてたし、幼馴染だから何でもわかり合ってるって思うのは、理解してくれてるって思うのはただの自分の身勝手なことなんだと。


 だけど、あの時に感じた、特別な繋がりを‥‥‥『最強の幼馴染』を信じたかった。


 それをあたしが勝手に裏切られた気になって、ショックで逃げ出ちゃったんだよ。


 あとはタイミング。


 あの時、あたしは溢れ出す気持ちに言葉が詰まって、うまく話せなかった。


 気持ちが先走って、身体中に満たされてて、星夜の勘違いを正せるような余裕が無かった‥‥‥。


 我ながら呆れちゃうよ‥‥‥星夜に慌てるなって言われてたのに、好きすぎる気持ちが空回りしてこんなことになっちゃうなんて。


 それに、少しでも冷静になれてたら、あんな怪我も追わせることが無かったかもしれないのに。


 あたしは自分のひだり手を見下ろす。


 そこには、まだ乾ききってないベッタリとついた星夜の血。


 ずっと一緒にいた十六年間で、こんなことは初めてだった。


 今まで隠してたのがバレて、そして星夜が受け入れてくれたことで、すっかり気が緩んでしまっていたんだと思う。


「‥‥‥もう戻れないかもしれない」


 止まってた涙が、また溢れ出す。


 あたしは、星夜の腕を引き裂いたとき、大切な何かも同時に傷つけてしまった気がした‥‥‥繋がりを絶っちゃったような。


 ‥‥‥だって、怖がられないはずか無いもの。


 自分の近くに、あんな傷を簡単に付けられる爪を、牙を持っている人がいたら、それだけで恐ろしい。


 少なくともあたしは、もしも自分が普通の人間だったらそう思う。


 なら、星夜が思ったっておかしくとも‥‥‥何ともないよ。


「ぁ‥‥‥ぅ‥‥‥いや、だ‥‥‥」


 ぬぐってもぬぐっても、涙が止まらない。


「こわがられたくない‥‥‥」


 そんな風に、ぽろぽろと零れ落ちるのは、涙だけじゃないような。


「きらわれたく‥‥‥ないよぉ‥‥‥」


 心にぽっかりと穴が開いた気がした。



 ■■



「‥‥‥あれ? いつの間にか家に着いたんだ‥‥‥」


 すっかり陽もくれて、いつの間にか夜になったころ、どこをどう歩いてきたかなんて覚えてないけど、家の前に帰ってきてた。


 星夜は‥‥‥まだ帰ってきてるはずがないよね。


 本当なら、あんな怪我を負わせちゃったんだから、あたしが連れて帰って来なきゃいけないんだけど‥‥‥。


「‥‥‥ごめんなさい」


 今更、どんな顔すればいいかもわからないし、それに怪我を負わせたあたしが行っても‥‥‥。


 星夜の家にいるみんなにも悪いことしちゃったな。


 星夜を元気づけるってことで集めたのに、主催したあたしが逆に星夜を傷つけた。


 流石にみんなまで放置することはできないから、あたしはパーティーに出られないことを謝って、月菜に星夜のことを任せなくちゃ。


 ‥‥‥顔は、いっか。


 今更取り繕っても涙でメイクは崩れてるし、目は腫れてるし‥‥‥何より、見てほしい人もいないし。


 門をくぐって、玄関を開ける。


 リビングに行くと、もうすっかり部屋の装飾は終わってて、後はあたしたちが帰ってくるのを待つだけだったのか、三人はパーティーゲームで遊んでた。


 というか、飾りつけがガチだなぁ‥‥‥星夜も大概シスコンだけど、月菜も大差ないくらいブラコンだね。


 そんな月菜と一緒なら、星夜も大丈夫だろう。


「あ、みぞれさん! やっとき——みぞれさん?」


 あたしが来たことに辰巳君が最初に気が付いて、まぁ酷い顔してることがすぐに分かったのか、訝し気な顔を向けてくる。


 雄介と月菜の二人も、こっちを振り返る。


「ごめんみんな、色々あってあたしは参加しないね‥‥‥それと月菜、ちょっと」


 あたしの言葉に三人とも驚いた顔をしたけど、とりあえず簡単に伝えるべきことは言ったので、月菜だけを呼び出して廊下に戻る。


 そして月菜が出てきた瞬間、思わず抱き着いてしまった。


「——とわっ!? え、血の匂い‥‥‥星夜の血?」


「るな‥‥‥あたしっ‥‥‥せいやに‥‥‥」


「みぞれ? ほんとにどうしたの? 星夜は?」


 今までこらえていた感情があふれ出しそうになるのを抑えて、あたしはさっきまでのことを月菜に話した。


 二人きりになりたいからパーティーを企画したこと、星夜に告白しようとしたこと、でも出来なくてショックを覚えて逃げ出してしまったこと、その時に星夜に怪我を負わせてしまったこと。


 たぶん、月菜だから言えた。


 同級生で、人外同士で、同じ人を好きになった月菜だから。あとは、だまし討ちのようなことをしたうしろめたさのようなものもあったのかもしれない。


「とりあえず、告白しようとしたことは置いておいて‥‥‥私が断言できることは三つかな」


 あたしの話を聞いた月菜は、三本の指を立ててあたしに言い聞かせるように話し始める。


「一つ目、吸血鬼だからあたしもみぞれの気持ちも分かるけど、星夜はそれくらいじゃ私たちのことを怖がったりしないと思う。それで嫌われたら、何回も噛みついてる私なんて嫌われまくり。二つ目、怪我させたことはともかく、告白のところは恋愛音痴で鈍感な星夜が悪い! 三つ目、星夜と残りの二人のことは私がどうにかするから、みぞれは家で待ってて」


「‥‥‥うん」


「みぞれもこんな風に弱ることがあるんだね」


「それは、普段のあたしを買いかぶり好きだよ‥‥‥星夜がいなくなったら、あたしはどう生きて行けばいいかわからなくなっちゃう」


「そういう所もオオカミなんだ。なんか、前と立場が逆だね」


「あはは、そうだね‥‥‥その、ありがと」


「別にいい。けど、これで貸し借りは無しだから」


 そう言って、あたしのことはもう大丈夫と思ったのか、月菜はリビングに戻ろうとする。


 あれは借りなんて思ってなかったけどなぁ‥‥‥弱みだとは思ってたけど。


 月菜に話して、ちょっとだけ調子が戻ったあたしは最後に一言、嫌みを言うことにした。


 あたしが月菜を鼓舞しに行った時もそんな感じで終わったしね。


「月菜‥‥‥あたし、月菜のことちょっとだけ疎いと思ってた」


「それはこっちのセリフ! 早く帰れ! べ~っ」


 シッ! シッ! って、感じにおやつをたかりに来る野良犬を追い払うように振り払われて、思わず小さく笑みが漏れた。


 ん~、なんだか月菜とは不思議な関係。


 友達じゃないけど、知り合いよりは親しいし、疎いと思うと同時に必要だなって思う時もある。


 何というか、アニメの敵キャラどうしみたいな。


 そんなことを思いながらあたしはとりあえず、家に帰ることにする。


 手を洗って、自分の部屋に戻って、ふと月菜が言ってたことを思い出した。


『一つ目、星夜はそれくらいじゃ私たちのことを怖がったりなんてしないと思う』


 確かに、少し不安に思うけど、星夜はそんなに薄情じゃない。


 さっきは悲観にくれてたから、繋がりも切れたかもって思っちゃったけど、もう少しだけ信じてもいいかな? ‥‥‥ううん、信じたい。


『二つ目、告白のところは恋愛音痴で鈍感な星夜が悪い!』


 ‥‥‥今まで、少しも思わなかったって言ったら嘘になるけど、いいのかな。


 いい加減あたしの気持ちに気づけよって、変な勘違いするなって、あたしが彼氏にしたいのはお前なんだって怒っても。


「あ~あ、恋愛って難しいな」


 分かんない‥‥‥ぐちゃぐちゃして複雑で、入試一位のあたしでも分かんないや。


 ただ一つ、分かることがあるとすれば。


「‥‥‥今度会った時、ちょー気まずい」




——————

もう少し、あと三話で終わりです。

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