第十一章 星夜とみぞれ
第74話 ——ねっ! 星夜! 楽しいねっ!
長いです。たぶん二話分くらい。
◇◇みぞれside◇◇
四月二十四日。
星夜とあたしの誕生日当日を迎えた。
ハッピーバースデー!
既に授業はすべて終わってて、後は今やってる帰りのホームルームが終われば放課後になる。
そうしたら月菜、雄介、辰巳君の三人には星夜ん家に先に行き、リビングの飾りつけやお菓子の用意などの準備をしに行ってもらう。
そしてその時間を稼ぐために、あたしは星夜を一、二時間引き連れる——のは真実という名の建前で、本当はその時にあたしは星夜に自分の気持ちをぶつける。
後は臨機応変に要対応ってことで‥‥‥どうしよう、「俺もやっと気が付いた、将来の相手はもうみぞれ以外に考えられない! 今夜は、二人だけの誕生日パーティーをして、一歩大人になろうぜ」とか言われて、帰してくれなかったら! キャーッ(≧∇≦)!
‥‥‥ごほんっ! まぁ、最後のはもしかしたらあるかもしれないってことで!
それが今日、これからの予定だ。
にしても、姫ちゃん先生のホームルームが長い。
まだ時間ありそうだし、ちょっとだけ身だしなみチェックしておこっかな。
手鏡を出して、変なところが無いか確認‥‥‥うん、前髪は大丈夫! ウルフヘアもへにょってないし、メイクも崩れてない! あたし可愛い!
ポケットには、昨日の夜に作り終えた手作りミサンガがしっかり入ってるし、持ち物も問題なし!
最後に、心の準備だけど‥‥‥。
そっと胸に手を当てれば、『ドキッドキッ』って、高鳴ってる。
まるで、初恋のような‥‥‥ううん、これは正真正銘あたしの初恋だ。
でも、大丈夫。怖くない。
もしかしたら、振られるかもしれないし、というかむしろそっちの可能性の方が高いと思ってるけど、そんなの事前に覚悟しておけば耐えられる。
まぁ、たぶん全部終わったあとにちょこっと泣いちゃうかもしれないけど、それでも一歩踏み出してライバルの隣に並びたてられるから、そこからがスタートだ!
「よし、こう思っていられるなら心の準備も大丈夫っと」
やがて、姫ちゃん先生が話を締めくくるように手を合わせる。
「はい、それじゃあもうすぐゴールデンウィークに入るから、来週も頑張りましょう! また月曜日ね! さようなら!」
——さぁ! 大狼みぞれ、行くぞーっ!
あたしはパッと席を立って、真っすぐ星夜の下へ向かう。
星夜も既に帰り支度は終わらせていて、いつでも帰れるよう。
ちなみに、星夜の様子だけれど、もうほとんど元気は戻ってきたみたいでいつの通りの感じなんだけど、たまーに少し寂しそうな顔を見せたり、あたしがくっつくと困ったような顔‥‥‥これはデフォルトか。
まぁ、なんていうか、『勘弁してくれ』っていうより、『コイツ何やってんだ?』みたいな表情を向けてくることがある。
だからまだ、完璧に元気になったって感じではないんだろうな。
なのでぜひ、準備班の方々には頑張ってもらいたい!
そういう気持ちを込めて、星夜の下へ向かう途中に、星夜の後ろの席の月菜と隣の席の雄介に、アイコンタクト。
頷き返してもらった。そしてあたしは、星夜に声をかける。
「星夜! 一緒に行ってほしいところがあるから、ついて来て!」
「うん? 俺が‥‥‥か?」
「星夜以外誰がいるのさ、今日誕生日なのに」
「誕生日関係? あ~、なら今日は外でご飯食べるか。月菜もそれで——」
「ごめん星夜、私は家がいい」
「そう? それじゃあ、悪いけど今日じゃなくて明日は休日だし、その時に三人で——」
あたしは星夜に近づいて、そっと耳元で囁く。
「誕生日プレゼント‥‥‥」
「——分かった。月菜、カギ渡しておくから無くすなよ」
そう言って、星夜は月菜に家のカギを渡すと、あたしにどこ行くんだ? って視線を送ってきて、困惑の表情を浮かべた。
また、その顔だ。星夜はあたしがくっついたり二人きりになろうとすると、最近はずっとそんな顔を向けてくる。
どうしたんだろうって不思議に思うけど、とりあえず作戦実行!
あたしは星夜を連れて、教室を出る。
廊下を駆ける途中、隣のクラスの人たちも出てきて、ちょうど辰巳君と目が合ったんだけど、その時に小さく口元が動いて『がんばれ』って伝えられた。
あはは、そりゃあ、辰巳君にはミサンガを買いに行ったのも一緒だったし、その時にどんな意味が込められたミサンガなのかもバレてるし、それが誕プレだっていうのも言ってあるから、直接言ってなくてもあたしがこれから何しようとしてるのかなんてバレバレだよね。
でも、応援してくれるのは普通に嬉しい。
やっぱりあの人、いい人すぎるよ。雪ちゃん、うかうかしてると他に人に取られちゃうぞ!
ま、それはあたしにも言えることなんだけど。
「んで、どこかに行くのは良いけど、どこ行くんだ? 定期とかなんも持ってきてないんだけど。というか、俺といていいのか?」
「うん? だ~か~ら~、星夜じゃないと意味がないんだよー!」
はい、また遠回し‥‥‥けど。
「う~ん‥‥‥」
まぁ、伝わんないよね。
というかこれで今伝わったら、今までの年月は何だったんだってなる。
「ちなみに、向かってるのところは駅になります。別に駅からどこに行こうってわけじゃなくて、駅が目的地ね!」
「そうなの? なら、帰りにケーキを買ってくか」
「お、いいね! 毎年いつもは作ってるけど、たまには市販のケーキも食べたくなるし」
「おっけ。ホールでもいいけど、一応月菜にもなんのケーキが食べたいのか聞いておくか」
そう言って、星夜はスマホでメッセージを打ち始める。
うーん……また、月菜か。
今はあたしと二人だけで一緒にいるのに。
なんとなく面白くないな~、なんて思いながら歩道の縁石の上に乗って、そこを歩きながら、少しだけ気になってたことを口に出してみる。
「ねぇ、星夜」
「ん〜?」
「月菜の告白ってさ、断ったんだよね? どうしてか聞いてもいい?」
あたしは二人から結果は教えてもらったけど、理由までは聞いてなかった。
月菜が来てから、星夜は変わったと思う。
それまでの星夜はなんていうか、無軌道で日々を過ごしてたきがする。
人生に絶望してるとかそういうんじゃなくて、なんとなく家事をして、なんとなくあたしとか友達とつるんで、なんとなく日常を営んでるような。
別に目的が一切ないって事でなかったと思う。
だって、急いで家事を覚えたのだって健星おじさんを支えてあげたいからだって言ってたし。
でも、なんていうかなぁ……感覚的なものになっちゃうんだけど、毎日を退屈そうに過ごしてた。
だから、よくそこに危うさを感じたあたしは、星夜を引っ掻き回すようになったんだけど。
その危うさを今はもうほとんど感じない。
きっとそれは月菜が宵谷家に来たからで、星夜が月菜を自分の中心に添えるようになったからだと思う。
そんな月菜の告白を振る理由が見つからなくて、少し気になっていたのだ。
「ん~、中学の時にさ、俺が一度だけ女子と付き合ったの覚えてる?」
「夢叶ちゃんのこと? 懐かし~!」
「そう、その時と同じ理由かな」
星夜はちょっと後悔してるような表情。
でも、そっか‥‥‥星夜、まだ少し引きずってるんだね。
星夜の元カノの
あたしと星夜が中学一年と二年のときの親友で、そしてあたしと星夜の推し!
けど、星夜が言っていたみたいに色恋でこじれちゃって、最後まで仲良くできなかったんだよね。あたしと星夜、両方とも嫌われちゃったみたいで。
それで、月菜を振ったのがあの時と同じ理由ってことに納得もした。星夜はそこらへんがたぶんマヒしてて変に生真面目だから。
やっぱり告っても振られるのは濃厚っぽいなぁ‥‥‥分かってたことだけど。
「夢叶ちゃん、今何してるんだろうね」
「さぁ? 連絡先も携帯変えたみたいでいつの間にか消えてたし、どこに進学したかも教えてくれなかったしな‥‥‥でも、頑張ってるんじゃないか?」
「そうだね、夢叶ちゃんだもんね!」
昔話したらちょっと辛気臭くなっちゃった。
でもまぁ、気になってたことも聞けたし、気持ちを切り替えていきますか!
「ほら星夜! 早く行って、ケーキ決めよっ!」
「おわっ! 引っ張るなって!」
縁石からぴょんって飛び降りたあたしは、華麗に着地して星夜の腕を引いて走る。
星夜の慌てたような声が後ろから聞こえてきて、つい笑みが漏れた。
ほら、さっき言った通り危うさを感じない最近は、こうやって引っ掻き回すことも無かったけど、久しぶりにやってみれば、なんだか小学生くらいに戻れたみたいで楽しい。
う~ん、あたしもこんなことを思うとは、歳とったもんだなぁ‥‥‥あはは!
「——ねっ、星夜! 楽しいねっ!」
今のあたし、きっと満面の笑みをうかべてるなぁ。
「お前なぁ‥‥‥はぁっ、いつになったら、落ち着きっていうものを、覚えるんだ!」
「えへへっ、そんなものは知りませ~ん!」
咎めるように言う言葉も、そこに「しょうがないなぁ」ってニュアンスが含まれてるのが分かるから、それがまたあたしの気持ちを嬉しくさせる。
あたしの方が星夜より走るの早いから、星夜はついてくるのに精いっぱいで、止まろうにもあたしに引かれてるから止まれなくて、少し呼吸が乱れて来た。
ちょうど、交差点の横断歩道の信号が赤信号になったのが見えたので、握る手に力を籠める。
止まってちょっと休憩。
「——とっ! はぁっ‥‥‥急に、止まるなよ‥‥‥ふぅー」
「ちゃんと手をギュってして、止まるよって教えたじゃん!」
「そんなん、俺以外に分かるか! はぁ‥‥‥みぞれの彼氏になったやつ、大変だなぁ」
「‥‥‥なら、星夜がなってくれればいいじゃん」
ちょっと期待を込めて、見つめてみる。
「お前なぁ、またそんなこと言って‥‥‥‥‥‥じゃあ、あいつは誰なんだよ」
「——? ‥‥‥はぁ」
最後のほうはボソッて言われたから聞き取れなかったけど、あたしの期待した通りに受け取られなかったのは分かる。
あたしのため息に、なんだ? って目を向けてくるけど、ため息の一つもつきたくなっちゃうよ、この鈍感野郎。
まぁいっか、あとで思い知らせてやるんだし‥‥‥でも、ちょっとむかつくから青信号になったらまた引っ張ってやろう。
そして、車道の信号が黄色、赤、と変わって、歩道の信号が青に変わるその瞬間。
「第二ラウンド! よ~い——ドンッ!」
「ちょっ! だから、いきなり——」
飛び出して、また困ってる星夜を見てやろうと振り返る前にそれが見えた。
直ぐ真横に迫る、猛スピードの車の姿。
——あ‥‥‥ヤバい、やっちゃった。
あたしは普通の人間よりは頑丈だから死にはしないと思うけど、来るべき衝撃に備えて目を瞑る。
「——みぞれっ!」
だけど、直ぐ近くで星夜のあたしを呼ぶ声が聞こえて‥‥‥。
身体が感じたのは痛みじゃなくて、強く腕を引かれる感触と、抱きしめられる暖かさ。
ヒヤッと感じた気持ちが、じんわりと和らいでく。
「ばかっ! だからもっと落ち着けって言ってるんだよ!」
「‥‥‥ごめん、ありがと」
いつもよりかなり強めで怒られて小さくそうつぶやくと、星夜はそっとあたしを離して、どこかに怪我がないか見てくれる。
そして、あたしに何も異常がないことが分かったら、ほっと安堵のため息をついた。
「はぁ~‥‥‥本当に気を付けろよ? さっきの散歩中の犬みたいだったぞ」
「あはは、何それ! あと、あたしは狼っ!」
‥‥‥でも、そうだなぁ‥‥‥もしもそう思ったならさ——。
「——星夜がちゃんとあたしのリードを握ってて」
もう一度星夜に抱き着いて、身を預ける。
車にはねられたくらいじゃ、死にはしないと思うけど‥‥‥ちょっとだけ怖かったから。
それが伝わったのか、やれやれって感じに優しく星夜が頭を撫でてくれる。
あ~あ、ずっとこうしていたいなぁ‥‥‥。
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