第63話 なでなでして



「いいよ、さあ願いを言え、どんな願いでも一つ叶えてやろう‥‥‥」


「やった! じゃあ、あたしはなでなでして欲しい!」


「たやすいことだ、叶えられん願いはない」


 グイって、向けてくる頭に俺は優しく手を置いて、ゆっくりと撫でてあげる。


 あられのボーイッシュなショートカットは手触りがよくて、いつまでもなでていたくなるな。


「んぁっ♪ ‥‥‥せいやにーちゃん」


 あられは気持ちよさそうに目をトロンと細めて、もっともっとって感じにグリグリと自ら頭を押し当ててくる。


 さながら、それはご主人様に甘えてくる愛玩犬のようで。


「さすが無垢のアラ、狙ってないのにナチュラルにエッチ」


「ナチュラルにってなんだよ‥‥‥ん? これって」


 毛並みに流れるように撫でてると、ふと、あられの頭部がもぞもぞと動いてるような気がした。


 そして、気が付いたときにはもう。


 ——ぴょこんっ!


 と、二つの三角のケモ耳が現れる。


「せいやにーちゃん……お耳……お耳なでなでして?」


「おっけ、あられも毛艶がいいな」


「ふあぁ~……ぁうっ、くぅ~ん♪」


 あられの毛色は赤茶って感じで、みぞれよりも明るく、付け根よりも耳先のほうが柔らかくて、そこを撫でられるのが好きみたい。


 というか、今更だけどこのケモ耳姿を見せていいのかな? みぞれの時は事故でたまたまって感じだったけど、本来隠しておくべきものだったんじゃ?


 そう思って、確認をしようとしぐれの方を向けば‥‥‥あれまぁ、あられに触発されたのか彼女もウェアウルフの状態になってるではないですか。


「むぅ‥‥‥いいなぁ、シグもなでなで‥‥‥」


 ペタンと女の子座りをし、器用にも股の間からしっぽを出して、それを咥えながら黄色い双眸で物欲しそうにこっちを見てくる。


 なんだあの姿は‥‥‥ウェアウルフと化した女の子って妙な色気があるよな。


 というか、モフモフしたい。


 自分がケモナーであることは勘違いかと思ってたけど、そうでもないな‥‥‥俺はガッツリとケモナーだわ。


「しぐれもおいで、撫でてあげる」


「いいの? やった!」


 コイコイと手招きすると、しぐれは破顔してとてとてと寄ってくる。


 いや~、犬みたい。


 右手はあられを撫で続けてるため、空いている左手で、それこそ愛犬を愛でるようにあご下から頬、そしてケモ耳って感じにゆっくりと撫でてく。


 耳の先っぽをつまむようにちょんってすると、しぐれはくすぐられたように身悶えした。


「ぁんっ♪ ‥‥‥せいやにぃ、くすぐったいよぉ‥‥‥」


 しぐれの毛色はみぞれ、あられと違って茶色系ではなく、黒と灰色が混ざったような毛並みで淡く光沢があるかのように輝いてる。


 そのまま、二人のオオカミ少女を両手でモフモフしながら、しぐれを呼んだのは聞きたいことがあったからだったのを思い出した。


「なぁ、二人とも。この姿って人に見せてもいいものなのか? みぞれのことも最近たまたま見ちゃっただけけで今まで隠してたみたいだし」


 撫でながら、そう聞くとピコピコとケモ耳を動かして、何故かちょっと呼吸を乱しながらあられが答えてくれた。


「んぅっ♪ うん‥‥‥お母さんには人に見せちゃダメって、それこそ生涯の伴侶以外には内緒にしなさいって言われてぇっ‥‥‥はぁ‥‥‥はぁ」


 と、そこに、これまた何故か呼吸が乱れてるしぐれがあられの言ったことに付け足してくる。


「はぁ‥‥‥はぅっ、特に悪い人には絶対にバレるなって、躾けられて——きゃんっ♪」


 あられとしぐれの言を聞いて、みぞれも今まで隠してたことに納得。


 確かに、ケモ耳を持つ人間がいるってことが知られたら、それを利用しようとする人も出てくるだろう。


 鋭い嗅覚とか、力強い瞬発力とかそういう狼の特徴を‥‥‥あとは、考えたくないけど人体実験されるとかね。


 これはたぶん月菜にも当てはまるんだろうな‥‥‥やっぱりこれからもバレないように一層気を付けてこう。


「というか、今更だけど、それじゃあ二人とも俺に見せちゃダメじゃん!」


 生涯の伴侶以外に見せちゃいけないのに、ガッツリ見て愛で、しかも撫でまわしちゃったんですけど! これ大丈夫? みぞれママに怒られたりしない?


 そんなちょっと戦々恐々して、慌てて二人から手を放そうとしたら、素早くガシッと捕まれた。


「や、やめちゃや! ‥‥‥あたしは、星夜にーちゃんならいいよ?」


「シグもぉ‥‥‥もっとなでなでして?」


 上気した頬、潤んだ瞳、熱い吐息、あざとくも物欲しそうなしぐさ。


 けしからんなぁ、この子らはどこでこんなキュートな小型犬を思わせる男を誘惑するようなことを覚えてくるのか‥‥‥時と場所によっちゃ、男が狼になっちまうぜ。


 まぁ、この子らが狼なんだけど。


「はぁ、まぁ二人と俺の仲だしな。どこ撫でで欲しい?」


「やった! お耳! お耳の付け根のところ!」


「シグはしっぽ! しっぽ触って!」


「まったく、同級生とか俺以外の男にはこういう風に迫ったり、さっきみたいなこと迂闊に言うなよー」


 そう注意しながら、俺は二人の要望通りにあられにはケモ耳の付け根のところを揉むように触って、しぐれにはしっぽを毛並みに沿って梳くように撫でつける。


 すると二人は、さらにもっともっととせがむように押し付けてきた。


「ぅん——ぁっ♪ せいやにーちゃんの撫で方気持ちぃ‥‥‥」


 それに応えるように、撫でてほしいであろうところを触ると、あられはぽわ~って感じに恍惚の表情。


「くぅん♪ 星夜にぃのお触り、ちょっとエッチだよねぇ」


「だーれがエッチか!」


 これはあくまでスキンシップ! 飼い犬を愛でるようなものよ。決して下心なんて無いんだから!


 というか、そういうことに関連付けようとする最近のしぐれの方がえっちっちだわ! 思春期なのは分かるけど、自重しましょうね!


 そういう気持ちを込めて、エッチとか言われた腹いせに、ぎゅっとしっぽの付け根の部分をちょっと強めに握って、そのままスーッと先の方まで手を這わせてやった。


「——ひゃんっ!? 星夜にぃ‥‥‥そ、そこはっ、ふあんっ♪」


「‥‥‥‥‥‥」(今のしぐれが妙に色っぽすぎて固まる俺)


「はぁっ‥‥‥はぁっ‥‥‥はぁっ‥‥‥」


「あー‥‥‥悪い、今のは俺がエッチだったわ」


 うん‥‥‥俺、自分にしっぽが生えたことないから撫でられるってどんな感じなのかわからないけど、ギュって掴んで這わされるのはヤバいみたいだ。しぐれ、ビクビクビクッ! ってなったもん。


 腰が抜けちゃったのか、荒い息を吐きながらペタンと座り込むしぐれ。


 なんだか、本当に事案発生したようにしか見えなくなってきた。


 というか、ケモ耳モフモフが気持ちよすぎてまったく気にしてなかったけど、よくよく今の状況を考えれば。


 ケモ耳生やしたオオカミ少女二人を、両手でそれぞれ撫でて手玉に取る男‥‥‥やべぇよ、薄い本にされても文句言えないっちゃ!


「よ、よし! 今日はもうここまでな!」


 ちょっと焦りながら、最後に二人の頭を軽くポンポンってして、俺は立ち上がる。


「「くぅ~ん‥‥‥」」


 二人は少々不満そうにしながら、「まだまだ足りないんですけど‥‥‥」みたいな捨てられた子犬のような声を出して俺を引き留めようとしてくるけど。


 ‥‥‥うん、このまま流されたらまずいことになる気がする! 自覚無いうちに一線超えちゃったみたいな! それに、もう膀胱の方が限界なので!


「また今度撫でてやるから! っと、トイレトイレ~——ひゅいっ!?」


 そう言って、トイレに行こうとした時だった‥‥‥内側から臓器という臓器を締め付けられるような感覚と、DNAに刻まれた記憶の奥に潜む本能的な恐怖を感じて、思わず変な声が出た。


 やべぇ、この歳でちびったかも‥‥‥嘘だよ?


 トントンと背後から足音が聞こえて、その存在が一歩一歩近づいてくる度に、どんどん大きく感じてく生物としての圧倒的な格差と、絶望。


 そしてそれは、立ったまま動けずに固まってた俺のすぐ後ろで立ち止まった‥‥‥冷や汗が止まらない。


「‥‥‥ねぇ、星夜——」


「は、はひっ」


 恐怖で呼吸もままならなくて、間抜けな返事をしながらゆっくり振り向けば、そこにいるのは満点の笑顔なのに、その実、目は全く笑ってない月菜の姿。


「——おはよ?」


 ‥‥‥やっぱちょっとちびったかも。



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