第64話 私だけの特権なのっ!



 ただの人間と、吸血鬼の格の違い。それをまざまざと浴びさせられて、意識してなくても膝がガクガク震えてくる。


 ま、まずい! 本当に今にでも下半身の蛇口が緩んでしまいそうだ!


「知らない子犬がいるけど、私が寝てる間に何してたの? なんだか甘い声でキャンキャン聞こえてたんだけど」


 そう言う月菜は、寝癖のついた髪を‥‥‥寝癖? あれは、寝癖なのか? なんか変なオーラみたいのに当てられて心なしかゆらゆら揺れてる気がするんだけど。


 まさに怒髪天って感じ。お、うまいこと言った!


 ‥‥‥うん、現実逃避はやめよう。


 月菜さんは怒ってらっしゃる、とても怒ってらっしゃる。もしも漫画のシーンなら、後ろに「ゴゴゴゴゴゴッ!」みたいな効果音が付いてるよ。


 こんなに怒ってるのは、前に掃除するために掃除機をかけようとしてた時に月菜がプレイ中のゲーム機のコンセントをうっかり抜いちゃったとき以来かもしれない。


「お、おはよう月菜! 起きてくるの遅かったね? あ、紹介するよ! こちら大狼さんちの双子姉妹、前に言ったと思うけど、みぞれの妹のあられとしぐれだよ」


 紹介と共に、二人の背中を押して俺の前に来て月菜の盾になってもらう。


 え? 情けないって? だって、無理だよあの圧倒的なオーラ! 今にも意識飛びそうだもん! そしたら妹たちの前で失禁だよ? そんなん『かめはめ波伝』よりも黒歴史になるじゃん。


 それに普通の人間である俺よりも、月菜と同じ人外である二人の方が相対できるはず!


 ということで任せた!


「あ、えっ? ちょっと、星夜にーちゃん!?」


「——ガクブルガクブル」


 あられとみぞれが前に出ると、月菜はそのハイライトの無い、あまりにも澄んでいて底知れない恐怖を覚えるような瞳で二人を睥睨する。


「へぇ、この二人がみぞれの妹ねぇ? どうも、妹の月菜です。よ・ろ・し・く」


「「ひぇえっ!?」」


 なぜか強調するように言った俺の名前と、まるで『夜・露・死・苦』のようなヨロシクに恐れおののいたのか、左右から抱き着いてくる双子狼。


「た、食べられる! 食べられちゃうよぉ‥‥‥」


「星夜にぃ、殺されちゃう! シグ、殺されちゃう!」


 さ、流石に大激怒してたとしても食べたり、殺したりとかしないと思うけど‥‥‥というか、こんな風に抱き着いてきたら余計にっ! ほら、どんどん視線が冷たくなって——。


「ちっ‥‥‥」


「ひぃっ!?」


 たまらず、俺も双子に抱き着ついて強く目を瞑る。


 それが愚策だと、たとえ火の中に油を注ぐ行為だと分かっていても、人間は耐えきれない恐怖を感じたら咄嗟に何かに抱き着いてしまうものなんだ。


 あぁ、俺死んだな……待ってて母さん、今行くよ。


 そう覚悟を決めて、降りてくるだろう死の鉄槌を受け入れようとして。


「………はぁ」


 しかし降りてきたのは、小さなため息だった。


 それと同時に、圧迫されていた気迫も無くなって、一気に恐怖が霧散する。


 なんだ? 助かった……のか? 月菜はお怒りをお収めなさって?


 うっすらと目を開けると、腕を組んでムスッと不機嫌そうではあるものの、少しいつもの雰囲気に戻った月菜が。


「いつまでそうしてるの? あられとしぐれ、だったっけ? コントローラーを持ちなさい」


 そして、未だ怯える二人にゲームのコントローラーを渡して、自分は棚からもう一つ取り出して準備を始めた。


 さっきまで食べられる、殺されるって本気で思ってたためか、突然のことにあられとしぐれは困惑してる。


「せ、星夜にーちゃん、これどういう?」


「コントローラー持たせて、シグたちに何をさせる気なの‥‥‥」


「ん~、たぶん二人とゲームをやりたいんじゃない? 二人なら月菜とかなりいい勝負できると思うよ? ——っと、やばい! 気が抜けてこれ以上は我慢ができない!」


「あっ! 待って!」


「おいてかないで、星夜にぃ!」


「こらぁ! どこに行く!」


「「わきゃぁっ!?」」


 俺がトイレに駆けだそうとした時、まだびくびくしてる二人も俺について来ようとしたけど、再び吸血鬼のまさに『鬼』と化した月菜に捕まって、悲鳴をあげた。


 二人ともごめん! 俺もう本当に限界なんだ! 今にも噴き出しそうなんだ! ちゃんと戻ってくるから、それまで何とか耐えてくれ‥‥‥。


「「おぉぉぉ~~~ん‥‥‥」」


 そんな助けを呼ぶような声が聞こえて来たけど、俺は涙を流して振り返らなかった。



 ■■



 それから数分。


「ふぃ~、スッキリスッキリ」


 無事、トイレを済ませた俺はリビングのドアを開けて。


「——っ!?」


 途端に感じ取った凄まじい気迫に思わず息を飲んだ。


 何だ‥‥‥? さっきの月菜以上の圧が流れてくるんだけど。


 その発生源であろう、リビングの三人を見て見ると。


「妹は一人だけで十分なの」


「星夜にーちゃんは渡さない! ぐるるっ!」


「星夜にぃの独り占めは許すまじ‥‥‥がるるっ!」


 さっきまで、がくぶる震えてたあられとしぐれが今はそのしっぽを逆立てて、さっきの月菜と同じような‥‥‥いや、それ以上のオーラのようなものを醸しながら月菜にメンチを切ってる。


 あれぇ? なんだか薄っすらと二人の後ろに獰猛な狼が見えるような‥‥‥。


 対して月菜は、その二人の威圧を真正面から受け止めて、勝ち誇ったような涼しい顔。そして、一人なのに放つ気迫は二人のあられとしぐれにも負けてない。


 何だこの空間、宵谷家のリビングはいつからこんな天下一武道会の会場みたくなったの?


 一般人ではとても入って行けない雰囲気に気圧されてドアを開けたまま立ちつくしてると、それに気が付いたしぐれがこっちにやってきた。


「し、しぐれ‥‥‥どうしたの? そんな、がるがるうなって‥‥‥」


「星夜にぃ、こっちくる。そしてそこ、座る」


「あ、はい」


 ガシッと掴まれた力はとても振り切れるものではなくて——というかちょっと爪が食い込んで痛い、逃げないからもうちょっと優しくして? ——悲しいかな、非力な俺は言われるがままソファーに腰を下ろした‥‥‥睨み合う両者に挟まれて。


 うへぇ‥‥‥こえ~よぉ~‥‥‥今にも気が飛びそうだよぉ~。


 今後からこの三人を怒らせるようなことはしないようにしよう! 白目を剥いて誓った俺だった。


「それじゃあ、始めよっか」


「星夜にーちゃんをかけた戦い、負けられない!」


「シグたちの真骨頂は、二人の圧倒的な連携プレーであることを思い知らせる」



「「「ぶっ飛ばすっ!!! そして、星夜(星夜にぃ、星夜にーちゃん)はもらうっ!!!」」」



 ん? なんか俺、知らんうちに景品になってる? ‥‥‥あ、いえいえ、いいんですよ! 勝った人には誠心誠意尽させてもらいますとも! だからみんな、そんな獲物を見るような目をして舌なめずりとかしないでっ!(涙目)


 そして始まった、文字通りの大乱闘。


 月菜は強い、とにかく強い。俺は勝てたことなんて一回もないし、ネット対戦みたいなのでも負けるところを見たことない。


 プレイはとにかく攻めて攻めて攻めまくる。一度攻撃を当てられると、それを起点にして嵌め殺してく鬼畜スタイルだ。何もさせてもらえずに負けるなんてざらにあるし。


 対する双子は、ヒット&アウェイでかく乱するあられと掴み技などの変化球で手堅く攻めるしぐれ。


 個々人で強いことはさっき分かったし、そこに双子で相性ピッタリの連係が入れば、どこまで強くなれるのか、もしかしたら初めて月菜が負けるところを見れるかもしれない。


 それくらい、拮抗するような戦いになると思う。


 ‥‥‥そう、思ってた。


「え‥‥‥」


「う、そ‥‥‥」


「まじかよ‥‥‥」


 唖然。茫然。愕然。


 激闘が繰り広げられると思った試合は、しかし予想に反してすぐに終わりを迎えた‥‥‥月菜のワンサイドゲームで。


「ふふん! いい線いってたけど、まだまだ。それじゃ、星夜はもらうから」


 そう言うと、ドヤ顔の月菜は俺の膝の上に堂々と座って、背中をもたれかけてきた。


 ご機嫌も戻ってきたのか、心なしかゆらゆらと身体をゆらしてる。


「「ぐぬぬぬっ!」」


「なーに? 大事なことだからもう一回行っておくけど、星夜は私のお兄ちゃんだから! 星夜をお兄ちゃんって呼んで甘えられるのは私だけの特権なのっ! そこのところしっかりと覚えておくように!」


 ビシィッ! っと双子に指を突き付けて持論を述べる月菜。


 あはは‥‥‥乙女心は複雑だなぁ。ついこの前は「妹扱いしないで!」って言ってたのに。


 まぁ、でも、こうやって言ってくれるのはお兄ちゃんとしては嬉しいかな。


 なんとなく、月菜が愛おしく思えた俺は、優しく頭を撫でてあげた。


 ‥‥‥月菜、結構ヤンデレ系な妹だったんだなぁ。



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