第57話 ムードが大事



 ◇◇みぞれside◇◇



「お待たせしました! ネギ塩タン五人前、特上カルビ五人前、ロース五人前になります!」


「「「お肉だ! わぉぉ~~~~~~~ん!」」」


「こら! ワンコたち! 大好物だからってお店の中で遠吠えしない! ってなんであんたまで同調してんのさっ!」


「キャインッ!?」


 ちなみに、吠えたのは妹二人とお父さんで決してあたしじゃないからね?


 あと、お母さんに机の下で足を踏まれて情けない声を上げたのはお父さん。


 そんな家族たちのやり取りを横目にあたしは店員さんからお肉を受け取って苦笑いを浮かべる。


「あはは‥‥‥すいません、騒がしくて」


「あ、いえいえ! お構いなく~」


 店員さんは一瞬あっけにとられたようだけど、さすがは接客業。直ぐにスマイルを作ってさっそうと帰っていった。


 今日はあたしが誕生日だからってことで、個室の食べ放題焼肉屋に来た。大狼家では家族の誕生日はみんな大好物な焼肉に行くことになってる。もちろん私も大好き、小さく遠吠えしたくらいに。


 誕生日は本当は一週間後だけれど、来週はお父さんの予定が空いてないため、一週間前倒しの今日くることになったというわけ。


「ほら、あられとしぐれ。今日はお姉ちゃんが主役なんだから焼いてやんな。んで、あんたはあたしの分を焼け」


「「は~い!」」


「イエス! マム!」


 お母さんは妹二人とお父さんにトングを渡して、豪快にビールのジョッキを煽る。


 よそのご家庭ではどうか知らないけど、大狼家ではお母さん→あたし→あられ&しぐれ→お父さんって順という群れの序列が‥‥‥じゃなくて、家族レートって感じだから毎回家族で外出するとこんな感じなる。


 お父さんは完全にお母さんの犬なのだ。


「ぷは~っ! みぞれももう高校生か~、そういや星夜は? あいつも来ればよかったのに」


「う~ん、一応誘ったんだけど家族団らんにお邪魔するのはって断られた、あと月菜もいるからって」


「んな、あいつも誕生日なんだし遠慮することないのにな~。にしても、あれか、星夜はすっかりシスコンになったと。まぁ、前からあられとしぐれにも甘かったからな~」


「なになに! 星夜にーちゃん来るの!?」


「星夜にぃ、最近会ってないから遊びに行きたい」


 お母さんが星夜の話題を出すと、昔から星夜に散々甘やかされて実の兄の様に慕ってる妹二人も乗り出し気味に声を弾ませる。


 毎年星夜のことは誘ってるけど、遠慮して来ないんだよね。


 大狼家はこんな感じに遠慮のない家族だから、そんな気にしなくていいのに。


「星夜は妹の面倒見るからって来ないよ」


「「えぇ~‥‥‥」」


 両隣に座ってる妹たちにそう言うと、二人は一気にしゅんってなって、とぼとぼとお肉焼をくのに戻ってく。しっぽが現れてたら、だらんと下がってるに違いない。


「しぐれちゃん、星夜にーちゃんの妹ってあれだよね、なんか妙に嫌な感じのする」


「うん、そう。̪シグたちのたちの居場所を奪いに来た」


「敵か! 狩ろう!」


「異議なし!」


 この二人、まだ小学生感が抜けない新中学生なんだけど、たまにまだ狼としての本能で行動することがあって殺伐とした会話を繰り広げてる。


 まぁ、うん、月菜よ。このやんちゃ双子の相手を頑張って欲しい。


 それから、じゅ~じゅ~と食欲をそそる音を奏でながら焼肉を進めていって、妹たちが焼いてくれたお肉を美味しくいただく。


 途中から、お父さんが黙々と一人焼くことになって、それはもう目の前にご飯があるのに待てを食らった犬みたいに涎を啜ってたけど、見かねたお母さんが餌付けするみたいに焼肉食べさせて、二人の夫婦仲を見せつけてもらったり‥‥‥この二人のしっかりとした主従関係を見れば当分大狼家は安泰かな。


 それにしても、もう16歳か‥‥‥いつの間にか結婚できる年齢になっちゃったんだなぁ。


 今、星夜は何してるんだろう? 


 あたしにきょどったり、見つめて来たり、歯切れの悪さを感じたりと、ここ最近の星夜は挙動不審が目立つから妙に心配しちゃう。


 たまに思い悩むような表情もすることから、なにか悩みがあることも気が付いてるけど聞いても教えてくれないし。


 一体何を悩んでるんだろう? 予想としては月菜のことだけど‥‥‥でも、二人は付き合ってないって言ってたし。


 これは後にちゃんと月菜から聞いたから間違いないと思う。


 でも、だったらなんであんな風にあたしを見てきて? う~ん‥‥‥。


 焼肉もだいぶ進んで妹たちは各々のデザートを、お父さんは残ったお肉を食べたりしてて、その様子を見ながらバニラアイスを食べてると、横にお母さんが座ってきた。


「なんだよ、みぞれ~! そんな辛気臭い顔して~!」


「うへっ、お母さん飲みすぎじゃない?」


「いいのいいの、帰りはお父さんに乗って帰るから! そんなことより、みぞれはまだ星夜と付き合ってないのか~?」


 ずいぶんとお酒が回ったのか、お母さんが悪ノリよろしくあたしの肩を掴んで、そんなことを聞いてくる。


「ん~、まだなのか~」


「な、なんでわかって‥‥‥」


 どこか表情でも出てたのか、特に何も言ってないのにお母さんは言い当てた。


「昔っからところかまわずちゅっちゅしてたのに、あんな家事万能で気立てのいい男、もたもたして幼馴染ってことで胡坐をかいてるとすぐ取られるぞ~」


「ちょ、ちょっと! ‥‥‥そんなこと分かってるもん」


 自分で言うのは何とも思わないけど、他の人にちゅっちゅとか言われると気恥ずかしい。


 それに、もたもたしてられないっていうのもお母さんに言われなくても思い知ってる。特に、月菜が来てからは。


「告白はしたのか?」


「した‥‥‥というか、いつもしてるけど、そういう風に受け取ってくれない」


「そりゃ、みぞれ、あれだよ。雰囲気がダメなんだ」


「雰囲気?」


 あたしが聞き返すと、お母さんはごくごくと喉を鳴らしながらジョッキを煽って。


「ぷはっ! そうだ。どうせあれだろ? みぞれの告白って、好きだし! とか、気軽な感じの。そんなのじゃ、そりゃ日常の一コマと思われてもしょうがない」


 確かに、もう何回も伝えてきたから、そういう風に少しおざなりな感じになってるかもしれない。


「だから、雰囲気っていうかムードが大事なんだ。二人きりで夕日をバックに想いを告げるとかな! ひゅ~、青春だねぇ~!」


 お母さんはそうやってひとしきりしゃべった後、お父さんをどつきに行った。‥‥‥あぁ、必死に育ててたお肉を奪われてお父さん涙目。


 残されたあたしは、お母さんの言葉が頭の中でぐるぐるして。


「‥‥‥なら、今年の星夜からの誕プレはこれにしようかな」



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