第50話 『悩み』
現在、四時間目の英語の小テスト中。
俺は朝のみぞれが告白された時に感じた変なモヤモヤについて考えてた。
いや、今の時間だけじゃないな‥‥‥朝、あの時からずっとだ。
今はもうそんな感じはしないけれど、それでも考えられずに入られない。
ちなみに、みぞれのあの告白の返事は、NOだった。
『ごめんね、辰巳君とは付き合えない』
そうみぞれが言った時、俺は大きな安堵感を覚えた。
だけど、これも初めてのことで、どうしてそう思ったのかがやっぱりわからなくて、悩みの種がもう一つ増えた気がした。
「はぁ‥‥‥切り替え切り替え、まずはコイツをどうにかしないと」
小さくため息をついて、俺は机の上の小テストに向かいあう。
なになに? 『高校生になって新しくクラスメイトになったマイクが自己紹介をします。次の資料を見て彼の自己紹介文を代わりに考えてあげましょう』 ‥‥‥訳が分からん、なんで俺が代筆しないといけないのさ、マイクのやつ高校生なんだからそれくらいできるっちゅうに。
まぁ、いい。やれというならやってやろう。
俺は、次に問題用紙の資料を見た。
そこには、ラグビーのユニフォームを着て爽やかに微笑む白人男性の写真と、詳細なプロフィールが乗ってる。
何だコイツは‥‥‥本当に俺らと同じ高校一年生なのか?
そのマイクの姿たるや、いかつい顔とやけに筋肉質な身体はとてもとても同い年とは思えん。正直、三十路の海軍兵士だと言われた方がしっくりくる。
写真では腕にタグビーボールを抱えてるけど、いっそのことミサイル弾を持ってる方が似合ってるレベル。コイツを同い年だと言い張らないといけない時点で、これは相当な難問だ。
とりあえず、見たまんまの第一印象を書こうと、『やぁ、僕の名前はマイク! 15歳! タフガイさ! ハハッ!』って感じに最後に爽やかさを感じる演出を入れて書き出そうとして‥‥‥度忘れを起こした。
‥‥‥あれ? タフガイのガイって『GUY』なのか『GAY』なのか、どっちだったか?
やばいな‥‥‥これを間違おうものなら、『やぁ、僕の名前はマイク! 15歳! たくましい同性愛者さ! ハハッ!』とかいう、カオスな文章になってしまう。
いくら色々と最先端を行って、世界の中心たるオープンなアメリカンでも、マイク少年(見た目三十路)が第一声でそんなこと言おうものなら、引かれるに決まってる。マイク少年の爽やかな笑顔も引きつり気味な『ハハッ‥‥‥』になるわ。
二択の沼にはまりそうなその時、視界の端に既に小テストを終わらせたのか、誰よりも早く先生に提出をしに行ったみぞれの姿を捉えて、引き寄せられた。
いつもは騒がしいみぞれでも授業中は大人しく。授業中だけかけているメガネをかけた姿はどこか凛としていて、孤高というか、そこには風格が感じられる。
それは、みぞれの正体が狼だからと知ったからなのか‥‥‥それとも、俺のみぞれに対する見方がどこか変わってきてるからなのか。
「‥‥‥‥‥‥」
‥‥‥って! いかんいかん! 今はこのマイクが立派な男になるか、立派な同性愛者になるかの瀬戸際なんだ、よそ見してる暇はない!
そう自分に言い聞かせるけど、どこか目を離したくない自分がいる。
最近はよくこうやって、みぞれのことをいつの間にか無意識のうちに追いかけてしまう。
泣き顔や笑う顔もすべて見て来たはずだけれど、それが最近アップデートしているような気がしてる。
見慣れていたはずのものが違うように見えて、目が離せない。
「はぁ‥‥‥」
吐き出したため息は、ほんの小さな音で隣の雄介さえも聞こえなかったと思うけど、耳のいいみぞれには届いてしまったようで、ピクリと身体が揺れたと思ったら上げた瞳と目が合った。
みそれは嬉しそうに目を細めて、頬杖をついて見つめてくる。
いつもなら俺が直ぐに鬱陶し気に払って目をそらすんだけど、なんだか今は見つめ合うこの時間が妙に心地よくて、逸らせずにいた。
すると、俺の幼馴染テレパシーが見つめ合った瞳から何かを感じ取る。いつもは付けてない眼鏡越しだけど、その真意は当たり前の様に読み取れて‥‥‥なになに?
(星夜、まだ終わってないの? ば~か)
なっ‥‥‥しょうがないだろう、マイク少年の運命がかかってるんだから、うかつにはあの二択を選べん。
あ、度忘れしたのは半分みぞれのせいみたいなものだし、みぞれに聞くか。
(うっせ、それよりタフガイのガイってAとUどっちだっけ?)
(ん? そんなのうゆ——あ~、どっちだったかなぁ~? たしか、Aじゃなかった?)
(‥‥‥)
‥‥‥あやしいな。
言い直したのもそうだけど、その前にちょっとだけにやって感じに悪く笑ったのが特に怪しい。
ということはUか? ‥‥‥いやでも、あの単純に見えて滑稽なみぞれだ。裏をかいて実はAだという可能性も。
改めて、読み取ろうとみぞれの瞳を覗き込んで。
ふと、さっきまでいたずらっ子みたいに微笑んでた表情がどこか心配そうなものに変わってて、少し面をくらう。
(どうした?)
(‥‥‥ううん。星夜さ、朝も聞いたけど最近悩んでることあるよね?)
まぁ、やっぱりみぞれにはお見通しだろうな。
隠してもしょうがないと思った俺は正直に答える。
(まぁ、そうだな。確かに悩んでることがあるよ)
(よかったら、相談のるよ? 月菜のこと?)
(‥‥‥いや、大丈夫だよ。悪いな、心配かけて)
流石に、お前のことだなんて言えなくて。しかも、これはたぶん俺の問題だから。気丈に見えるように笑ってそう伝える。
(そう。まぁ、星夜がそう言うなら‥‥‥でもま、何かあったらちゃんと伝えてね? いつでも聞くから)
そう伝わってきて、それを後押しするようにみぞれはにへらって感じに微笑んだ。
「——!?」
それを見て、急激に体温が上がってく。ドキッてして、そしてやっぱり目が離せない。
まただ‥‥‥また、俺の知らないみぞれの表情。
本当に、なんなんだこの衝動は、なんなんだこの感情は‥‥‥堕ちていくようなこの気持ちは。
いつまでも、見つめ合ったままで固まった俺が不思議に思ったのか、みぞれが小さく小首をかしげて。
「は~い、時間で~す! まだ提出してない人は持ってきて~」
瞬間、先生の声が聞こえて俺はやっと我に返った。
やばいっ! 結局まだタフガイが書けてないぞ!
しかし、刻一刻と迫る提出の魔の手。
こうなったらもう、みぞれを信じて‥‥‥頼むぞ! みぞれ、信じてるからな!
■■
後日。
「あ~、宵谷君? そういう偏見はやめましょうね?」
「‥‥‥あ、はい」
先生から返された英語の小テストには自分のことを盛大にたくましい同性愛者と語るマイク少年がいた。
ついでに、教室後方でげらげらと笑いをこらえるみぞれも。
‥‥‥くっ! この恨み忘れないからな!
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