第八章 妹クッキング

第49話 僕と付き合ってください!



 月菜とのデート、みぞれのカミングアウトと、自分の新たな性癖に気が付いたという、それはそれは深い週末が過ぎて数日。


 月菜の気持ちを聞いたからと、みぞれの秘密を知ったからといっても平日になれば高校生である俺たちには普通に学校に行かなければならないわけで、表面上は特に変わったことなく日常がやってきた。


 そう表面上は、ね。


 心の内は、なんだかあの日から複雑なのだ。特にみぞれのことを考えると、なんだかこうフワフワしてというか?


「おはよー! 星夜! ‥‥‥じゃなくて月菜か」


「私で悪うござんしたー」


「その言い方、なーんかむかつくなぁ‥‥‥」


 と、俺よりも先に玄関を開ければいつも通りみぞれの声が聞こえてきて、いつも通りの言葉のキャッチボールが聞こえてくる。


 それにしても、なんで吸血鬼と狼男‥‥‥みぞれは女だから狼女? まぁ、ウェアウルフは争い合うのだろう? 同じ夜を生業としてる生き物だろうに。


 そんなことを思いながら、「はぁ‥‥‥」と、ちょっとため息をついて二人の仲裁に入る。


「二人とも、毎日毎日よくあきないよな。ほら、早く行くぞー」


 でもま、俺ももうこのやり取りには慣れたものである。


 適当に声をかけて歩き出せば、すぐ後ろからパタパタと二人分の足音が聞こえてきた。


「星夜、待って」


 あ、それから変わったことと言えばもう一つ。


 月菜の俺の呼び方が、一周回って『星夜』になった事。


 たまーに、兄さんかお兄ちゃんって言う時もあるけど、普段の呼び方は名前呼びにすることにしたらしい。


「星夜ー! おはよー!」


「お、おはよう」


「‥‥‥?」


 あぁ、やっぱりおかしいぞ‥‥‥なんで、みぞれがちょっとキラキラして見えるんだ。


 パッと横に来たみぞれを見て、思わず上ずった声で返事を返した俺にみぞれは不思議そうな顔を向けてくる。


 色々あった瞬末からここ数日、さっきも言った通り表面上はいつも通りだけど、俺の身体がおかしなことになった。


 なんだかこうみぞれがキラキラ見えて、近くに来られると少しだけ動機が激しくなるし、なぜか緊張する。


 別に俺は持病とかじゃなんいんだけど‥‥‥もしかして狼アレルギーとかだったりするのだろうか? 


 ‥‥‥いや、でもそれなら身体がかゆくなったりだろうしなぁ。


 分からない‥‥‥本当に、今まで通り並んで肩が触れるくらい近くを歩いてるだけなのに、どうしてこうもドキドキするんだろう。


 一時期は自分がケモナーであるからって思ってたけど、今のみぞれの姿は普通の人間の姿だし、なんとなくそれが理由じゃない気がする。


 分からない‥‥‥これまでの15年間で感じなかったことで、初めてのこの衝動が本当にわからない。


「星夜? なんか悩んでるみたいだけど、大丈夫? なんかボーっとしてるし」


「ふぁ? い、いや! 大丈夫大丈夫!」


 みぞれのことがなんか最近キラキラ見えるんだよ、なんて言うのは気恥ずかしくて、またたじたじになりながら否定したけど。


 まぁ、たぶんみぞれは俺が何かしらで悩んでることくらいお見通しなんだろうな。


 じっと見つめてくる瞳には心配する影が映って、そしてその顔の近さに。


「——っ!?」


 俺は少し顔に熱が上がってくるのを感じて、慌てて目をそらす。


 あの日から今日までずっとこんな感じだ。


 自分の中で何かが変わり始めてる、そんな気がしてやまなかった。


 ‥‥‥けれど、今日はそんな俺に新たなる悩みを植え付けてくる。


 眼をそらした先、反対側にいる月菜が何かを見つけたように、じっと前を見ていることに気が付いた。


「月菜?」


「星夜、あそこに誰かいる」


 そう言って、月菜が指さしたのは電柱柱の影で、そこに俺たちと同じ学校の制服を着た男子生徒が一人、腕を組んでかたずを飲むように深呼吸していらっしゃる。


 その様子たるや、なかなか堂が入った立ち姿は目が合っただけで問答無用で勝負を仕掛けて来そうで。


「‥‥‥エリートトレーナーだ」


「確かに‥‥‥くっ、今の私じゃ勝てそうにない、迂回しよう」


「そうだな」


 なんだか変な予感しかしない、具体的には月菜のストーカとか? だって月菜可愛いし。


 面倒ごとはごめんなので、別ルートで行こうと足を向けて。


「あ、見つけた!」


 っ‥‥‥!? やばい! 見つかった! もう勝負は受けるしかないのか!


 くそう、こうなったら月菜はいったん下がらせて、そうだな‥‥‥。


「みぞれウルフ! 君に決めた!」


「なによ、みぞれウルフって? ってあれ、辰巳くんじゃん。珍しいね、こんなとこで! 電車通学じゃなかったっけ?」


 どうやらみぞれの知り合いらしい辰巳エリートトレーナー(イケメン)はちらりと俺たちを見たものの、直ぐにみぞれの前に立って、覚悟を決めたような顔つきになる。


 な、なんだ? 一体どんなやつを召喚する気で‥‥‥。


「あぁ、まぁそうなんだけど‥‥‥ちょっと君に伝えたいことがあって‥‥‥」


 流石、レベルの高いみぞれウルフ! 高いコミュ力で辰巳エリートトレーナーはなぜかたじたじだ!


 ‥‥‥あれ? 待てよ、この感じって。


 気が付いたら、辰巳エリートトレーナーはみぞれに深く頭を下げて、右手をグイっと前に出す。


「君のことが好きなんだ! 僕と付き合ってください!」


 そして彼は俺たちがいるにも関わらずに言い切った。


 たぶん必死であったために俺たちの姿なんてどうでもよかったんだろう。


 みぞれはモテる。だから、何度となくこういう風に告白されてるのは知ってて、いつもは「へぇ~、よかったな~」くらいにしか思ってなかった。


 けれど、今日はなんだか違くて‥‥‥よかったな~なんて全く思えなくて、どこかモヤモヤする俺がいた。



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