第45話 見つかっちゃった
◇◇みぞれside◇◇
理性を忘れ、狼となったあたしが、思う存分星夜の布団をクンカクンカしていた時だった。
ふと、窓が開いたような音がして、顔を上げたらそこには、何故か出かけているはずの二人がいて。
‥‥‥あ、え? 星夜たちが何でここに‥‥‥?
おかしい。理性がすっぽ抜けてたとはいえ、耳と鼻がいいあたしなら玄関を開ける音がしたら直ぐに分かるはずなのに‥‥‥というか、なんでベランダから?
ポカーンとしつつも、冷や水を浴びせられたような気分のあたしに戻ってきた、理性の冷静な部分が回り始める。
それより、これ‥‥‥見られた、よね?
あたしが星夜の部屋でやってたことも、今のあたしのこの姿も。
それは今、これ以上ないくらい合ってる目に映る驚愕の色を見れば一目瞭然で‥‥‥。
ど、どどどどうしようっ!? 15年間ずっと隠してきたのに! こんな、あたしが普通の人間じゃないところを見て星夜がどう思うか‥‥‥。
サッと血の気が引いて、冷や汗がだらだらと垂れてくるのを感じる。
こ、こうなったらかくなる上は‥‥‥。
あたしはグッと足に力を入れて——。
「み、みぞれ?」
星夜がそうつぶやいた瞬間、ドアに向かって一気に飛び込んだ。
後ろから、「逃がすな! 追えっ!」「イエッサー!」みたいなやり取りが聞こえて来たけど、構わずあたしは玄関から外に出て、突っ走る。
今はとにかく逃げて逃げて、星夜たちが寝静まったころに家に帰ってきて、明日の朝「え? なにかありました?」みたいなすまし顔で気のせいだと思ってもらおう!
後ろから追ってくる星夜の気配を感じるけれど、本気を出せば星夜より速く走れるから撒くことは簡単、今もぐんぐんと差を広げてるし。
月菜は普段のようすを見れば運動ができるようなタイプとは思えない。
つまり、これはあたしの勝ち確!
頭の中にこの辺りの地図を思い浮かべて、瞬時に撒くルートを定める。
そして、一つ目の交差点を曲がろうとした時だった。
ふと、あたしの野生の勘とも呼べるものが警報を鳴らして‥‥‥慌ててサイドに飛び込む。
瞬間、首の数センチギリギリのところを小さな手が通り抜けて行って。
「ちっ‥‥‥惜しかった」
「る、月菜っ!?」
いつの間に、こんなに接近されて‥‥‥というか——。
「飛んでるっ!?」
そう、そこにいたのはいつも見ている黒髪黒眼じゃなくて、銀髪紅眼で背中に黒い翼を背負った月菜だった。
紅い瞳見下ろしてくる姿は、着ている服装も相まって、さながら夜のお姫様を連想させる。
「みぞれ、大人しくお縄につきなさい」
「こ、断る! てか、月菜はいったい——とぉあっ!?」
「問答無用!」
あたしの疑問を無視して、再び急降下してきたため、あたしはそれを躱しながら再度ルートを制定、逃走を再開する。
月菜のことも気になるけど、今は逃げないと!
それから、あたしたちの追いかけっこはなかなか熾烈を極めた。
路地を縦横無尽に駆け回り、空を飛んで追ってくる月菜だから、なるべく遮蔽物があるところに逃げ込んだり。
「んあ? とわっ!? な、なんだ‥‥‥犬耳少女と、空飛ぶ少女? ‥‥‥酒、飲みすぎたかなぁ」
人とはなるべく出会わないところを選んでいるけど、それでもまれにすれ違うこともあって、なんとか愛想笑いを送りながらやり過ごしたりなんかして、あたしは逃走を続ける。
「はぁっ‥‥‥はぁっ‥‥‥はぁっ‥‥‥空飛べるの、ずるい」
やがて、もう何度路地を曲がったかもわからないくらい経った頃。
月菜はまだここら辺の地形を網羅していないのか、なんとか地の利を活かして撒くことができていた。
今あたしがいる場所は、近所にある公園の遊具の中で、息を殺して外を伺えばフワフワと浮かんだ月菜がキョロキョロとアタシを探しているのが見える。
「あの感じだと、当分は大丈夫そうかな? 少しは休憩できそう」
遊具に背中を預けて、「ふぅ‥‥‥」と、一息入れる。
あたしは確かに星夜よりも足は速いけれど、でもそれは瞬発的な短距離に限る。
体力は正直そんなにないため、長距離はめっぽう弱いのだ。
「それにしても、二人の関係はどうなったんだろう?」
ふと、さっきまで寂しさを紛らわすようにクンカクンカしていたためか、そんなことを考えてしまう。
何というか、あたしの予測とは違った感じだった。
なんとなく、星夜の答えは分かっていたけど、それでもIFがぬぐいきれなくて、もしもそっちの答えであったなら二人はきっと今夜は帰らないだろうと思っていた。
けど、二人は帰ってきて‥‥‥それならもっとギクシャクしているとか、少なくとも「追いかけろ!」「イエッサー!」みたいな気軽なやり取りはできないと思う。月菜の本気度が理解できるから。
それに、月菜の頬に見えた涙の跡。つまりはしっかりと想いは告げられた証拠だと思うのだけど、あれはうれし涙なのか悲しい涙なのか。
「今、あたしが考えてもしょうがないか‥‥‥」
きっと、もしも関係が変わったのなら星夜の方から伝えてきてくれるはず‥‥‥それなら、あたしはその時のために心構えをしておけば——。
「‥‥‥やばいなー、その時になってあたしはどういう反応するんだろう? まったく予測がつかないや」
こんなことなら、あたしも星夜に分かってもらうまで、もっとグイグイ行くべきだったかな? 月菜に塩を送るようなことしない方がよかったかな? ‥‥‥もしかしたら、余裕ぶってたのはあたしの方だったのかも。
「はぁ‥‥‥今更って感じだね」
今日はやけにネガティブ思考で、我ながららしくないなって思ってた時だった。
走りすぎて疲れたのか、少しぼーっとしていたため、気づいて反応するのが遅れて‥‥‥グイっと手を引かれる。
「はぁっ‥‥‥はぁっ‥‥‥やっと見つけた」
「‥‥‥星夜」
どうして、最初の方に撒いたはずなのにここが? って思うものの、そんなことは分かり切ったこと。
だってあたしたちは最強の幼馴染だから、きっと星夜はあたしがここにいることなんてお見通しなはず。
でも、そのことが今はすごく、心地よく嬉しく感じて。
「あーあ、見つかっちゃった」
だからもう逃げようとは思えなくて、引っ張られた力に流れるように星夜の胸に飛び込む。
あたしが狼であるとバレた今、もしかしたらこうできるのも最後なのかもしれないなって思いながら。
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