第七章 幼馴染の秘密

第44話 犬耳と犬しっぽ



 ◇◇星夜side◇◇



 朝起きたら家族が突然二人増えてたこと然り、デートにクソダサい服装で行く我が父然り、我が目を疑う‥‥‥そういうことって結構あると思う。


 これは確か中学二年の一学期の期末試験が終わった日で親子の絆を再確認した出来事だった。


 大抵の学校では、テストは大体午前中に終わるところが多い。


 その後、部活がある人は部活に行ったり、委員会をしたりってあると思うけど、何も予定がない人はテスト期間で溜まりにたまった鬱憤を晴らすために、カラオケとかに行って遊びつくすだろう。


 かくゆう俺たちも、久しぶりに羽根を伸ばそうと遊びに行く予定を立てていた。


「終わったぁぁぁぁあああーーっ!? テスト全然できなくて、母ちゃんにブロッコリーにされるぅぅぅうううーー!!」(野球部の飯田くんの談)


「拙者の見立てでは、この問題の答えの選択肢はAであるな! 何故って? カンであるっ!」(アイドルオタクの早川くんの談)


「やっば~い! アタシ、昨日全然勉強してなくてさ~(嘘)」(ギャルの米山さんの談)


「あ、分かる分かる~! ウチも動物の可愛い動画見ちゃって~(嘘)」(ギャル2の上杉さんの談)


「え~、マジ~? なんだ、みんなそんな感じなら心配して損したよ~(マジ)」(ギャル3の阿呆さんの談)


「よぉし! お前ら、夏が俺たちを呼んでるぜぇっ! 海だぁ!」


「「「「「「「海っ! 海っ! 海っ!」」」」」」


「川だぁ!」


「「「「「「「川っ! 川っ! 川っ!」」」」」」


「山だぁ!」


「はいぃぃぃぃっ! 女っ! 女っ! 女っ!」(変態こと山田君の談)


「「「「「「「「黙ってろ変態っ!」」」」」」」」(夏を謳歌する気満々の男たちの談)


 ‥‥‥うん、まぁ、きっと今回のテストは難しかったから、抑圧された欲求が爆発してみんな修羅になってるんだろう。


 そんなことを思いながら、阿鼻叫喚になっている教室を横目に出て行く俺とみぞれと雄介、それと多数の男女たち。


 今日はいつも通りのメンバー+αで今日は駅前のレジャスポに行って色んなことをしようってなってる。


 それから予定通りに遊びに行ってバッティングでかっ飛ばしすぎて腰痛めたり、バレーボールでみぞれに顔面狙われたり、ローラーブレードでずっこけたり、とまぁ普通に平和に? ‥‥‥平和、かなぁ?


 まぁ、そこに疑問の余地はあるとはいえ、楽しく過ごせたのは間違いない。


 そう、ここまでは問題なかったのだ‥‥‥しかし、事件はゲーセンエリアで起こっていた。


 こういう大型のレジャー施設には、『ヴァンピィ』とかには及ばないものの、そこそこ色んな機種のゲームがあるもので、その中には当然プリクラもある。


 そして、「みんなでホッケーやろう!」ってことになって、ホッケーの筐体に向かってる途中、俺は見てしまったのだ。


 ‥‥‥父さんが、プリ機の中から女子高生らしき人と出てくるのを。


 いや、別に制服を着ていたわけじゃないから女子高生とは限らないものの、なんというか大人の女性って感じでもないわけで。


 しかも、なんだ‥‥‥頭から犬耳らしきものを生やして、結構バッチリ盛れそうなプリ機だ。


 流石にもう、キスで子供ができるなんてプリキュア並みのピュアさなど失ってしまった俺は、あれがどういう状況なのか、なるべく現実的にとらえて。


 その場に立ち尽くしてしまうほどの衝撃だった、頭から雷を浴びたよう。


 ‥‥‥まさに我が目を疑うだ。


 当然、そんな風に突っ立っていれば、向こうもこっちに気づくわけで。


「お~、星夜じゃないか~、こんなところで奇遇だなぁ~」


 と、いかにもなんでもない感じに手を振ってくる父さんに、俺はいったいどうしたらいいのかわからない。


 思わず、手を胸の前で組んで「お母さん、僕はいったいどうしたらいいのでしょう‥‥‥」なんて、今は亡き母に託宣を受けようとしてみたりした。


「星夜~? そんなところで何して‥‥‥って、健星おじさん?」


 その時、なかなか来ない俺を探しに来たのかみぞれがやってきて、父さんとその隣にいる女子高生(仮)を交互に見る。


 ゲーセンエリアの一画、頭の犬耳と女子高生(仮)と、彼女が持つプリクラ写真、その中に映るお目目パッチリの父さん(犬耳付)。


 果たして、以下の状況からみぞれが導き出した答えとは——。


「‥‥‥パパ活?」


「ん? おぉ~! みぞれちゃんもいたのか! パパ活? 確かに、俺はパパ系名医を目指してるからな、毎日パパ活はしてるぞ~」


 み、認めた! 認めちゃったよこの人! 


 ‥‥‥え、待って! これ、俺はどうしたら‥‥‥目の前で身内の、ヤバいところを見せられた俺はどうしたら。


 隣では、みぞれも衝撃が隠せない様子で、二人してそんな表情を取っていたら、流石にこの人も何事かと思ったらしく‥‥‥あ、やっと気づいてくれた? 今のは何かの間違いだよね? 間違いって言って!


「どうしたんだい二人とも? 悩みごとか? ならこのパパ活名医こと健星先生に何でも相談してみなさい!」


 ‥‥‥あ、ダメだこりゃ、救えねぇ。


 そう思った俺は、せめてもの情けとしてこの人に更生させてあげるチャンスをと、自らの手でスマホを取り出した。


「星夜? 電話か?」


「‥‥‥父さん、俺は悲しいよ」


「え?」


 親の恥は、責任は、黒歴史は、息子である俺が背負わなければならないんだ‥‥‥。


 そして俺は、正義感に背を押されて、通話ボタンをポチっと押した。


「お巡りさん、この人です!」


 その後、父さんはミッションにインポッシブルしたような、激動に激動を重ね合わせた出来事に襲われたのち、実はあの女子高生(仮)は患者さんで、少々鬱気味だったがために気分転換をということらしく、なんとか俺たちの誤解が解けて絶縁は免れたわけだけど、その話はまた長くなるので割愛するとして。


 ‥‥‥今、俺の目の前ではその時と同じくらいインパクトのある我が目を疑う光景が、目の前で起こっているのだ。


 何が起きているかって? ‥‥‥またしても犬耳である。


「なぁ、月菜。あれ、何に見えるよ?」


「んー、犬耳と犬しっぽ?」


「‥‥‥だよなぁ」


 夜空に浮かぶ満月に照らされながら、俺は月菜に持ち上げられて、悠々自適な空の旅を‥‥‥なんてことはなく、「せっかく遊園地に行ったのに、ジェットコースター乗ってない!」って言った月菜が、ジェットコースター気分で帰ろうと、超速く縦横無尽に飛行するものだから正直フラフラだ。


 そんな状態で屋根の上に降り立って、ベランダから家に入ろうとしたところ、窓の外から見える俺の部屋に違和感を覚えた。


 電気が付いてるのは、まぁ、みぞれが忘れてたんだろうくらいに思えるのだけど、流石に俺のベッドから、犬耳と犬しっぽが見えてるのは、意味がわからない。


 時折もぞもぞと動いて、「くぅ~ん♪」って鳴き声がすることから、あれが本物であることが分かるし、しかも結構大きい。


 誰だよ、俺のベッドで犬っこ飼い始めたの‥‥‥まぁ、十中八九みぞれだとは思うけど。


 とにかく、まずはあのワンコを捕まえて、みぞれにどこで拾って来たのか尋問しないと。


「月菜、とりあえずカギ開けて」


「うん、わかった」


 と、月菜が霧になって部屋に入り、カギを開けた時だった。


 カギを開けるカチャって音に反応したのか、ピクリと犬耳が震えた後、もぞもぞしていたワンコが布団の中から顔を上げて——。


「——え」


 それは、どっちが発した声だったろう? たぶん俺も言って、そして目があったそのワンコも言ったんだと思う。そういう顔してるし。


 いや、何言ってんだって、犬がそんな顔するわけないだろって思うかもしれないけどさ‥‥‥でも、わかっちゃうんだよ。


 だって、布団から出てきたのは、15年間ずっと見てきて、なんでも知り尽くした仲である幼馴染の‥‥‥でも、俺の知らない犬耳犬しっぽが付いて、見慣れない蒼瞳を俺に向けるみぞれだったんだから。


 ——まさに我が目を疑う光景である。


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