第43話 特別な妹
◇◇星夜side◇◇
「——私ね、あなたが好き」
世界に俺と月菜の二人しかいないようなゴンドラの中。
月菜のその言葉が、俺の頭の中を埋め尽くす。
「——あなたと出会うずっと前から、私はあなたが好き! お兄ちゃんじゃない、星夜が大好きなのっ!」
意識も思考も、五感のすべてが閃光に弾けたように眩い純白に塗りつぶされて。
身体の中からスッと熱が遠ざかる。
「——ねぇ、好き! 大好きっ! ‥‥‥ううん、もっと愛してる」
そして、あまりにも強い言葉をぶつけられて茫然とする俺に、月菜は万感の想いがこもった声で紡ぐ。
「——私と恋人になってくださいっ!!」
数秒が何分にも思える時空の中で、揺さぶられた脳髄を俺はフル回転させる。
やがて、視界を覆いつくしていた真っ白なフレアが晴れた時。
そこに月菜の姿は——見えなかった。
——好き。
その言葉がもう一度、頭の中に反響する。
それを起点に、ようやく加速していた時間が元通りになって、五感が戻ってくる。
ゆっくりと思考が戻ってくる中、俺は今の自分の置かれてる状況がじわじわと見えてきた。
じっと見つめてくる月菜の瞳はいつの間にか紅くなってて、夜空のような黒髪も煌めく月光のような銀髪に変わってる。
その姿が美しすぎて、思わず見惚れそうになるけれど、彼女の眦に浮かんだ雫とグッと握りしめてるこぶしが震えてるのに気が付いて、俺の言葉を待っているのだと伝わってくる。
ちくりと胸が痛んだ。
あぁ、嫌だな。この子を‥‥‥こんなに健気で可愛い月菜を、今から俺は傷つける。
できることなら言いたくない。
けれど、真剣に真摯に本気の全力でぶつけられたからには、そんなこと許されないから。
俺は少しだけ目を閉じる。
今日一日、何度も考えた。もしも月菜が俺の恋人になったらって、何度も何度も。
だけれど、考えるたびに瞼の裏には恋人になった俺たちの姿は見えなくて。
ならば、好きかどうかと自分に問いかければ、もちろん大好きだと答えられる。
でもそれは、月菜とは違う種類だから‥‥‥月菜の想いには答えられない。
それを改めて認識して、いざ言うぞ、と目を開けた時——。
「月菜‥‥‥俺は——」
「‥‥‥やだ」
「——っ!?」
——目の前には涙を流す月菜がいて‥‥‥開こうとした口は、塞がれた。
◇◇月菜side◇◇
ドキドキして、バクバクして、今にも押しつぶされそうで。
告白の返事を待つ静寂が、こんなにも辛いものだとは思わなかった。
だって‥‥‥あぁ、だって‥‥‥。
自分の気持ちに気づいたときから、ずっと近くで見てたんだもん。
あなたの表情や、しぐさや、心の機敏を。
——だから‥‥‥わかっちゃうよ。
そんなに、辛そうな顔をしていたら、言葉にされなくたってわかっちゃうよ。
あなたはどこまでも優しいから、私を傷つけられない。それでも、私の為に必死に言葉を紡ごうとしてる。
でも‥‥‥私は、聞きたくないな。
星夜の言葉を聞いてしまえば、私はきっともう立ち上がれなくなる。
気持ちが燻ったまま、またただの妹になって、想いが大きくなって溢れ出して暴走する‥‥‥繰り返しになるだけ。
もう、昨日みたいな辛い思いは絶対したくない!
聞かない! 聞きたくない! それなら‥‥‥っ!!
その時、少しだけ目を瞑っていた星夜が、吸い込まれそうな黄昏色の瞳を煌めかせた。
瞬間、私の身体は反射的に動いてて。
「月菜‥‥‥俺は——」
「‥‥‥やだ」
「——っ!?」
ほんの少しだけ、触れるような淡い口づけ。
昨日のような激しさは無いけれど、新たな情熱は確かにあって、星夜の口を閉ざすにはそれだけで十分だった。
‥‥‥もしかしたらこれは、ずるなのかもしれない。
星夜から返事をもらってないからまだ振られてないって思い込んで、こんなことを思うのはどこまでも傲慢で自分勝手で許されないことなのかも。
でも、少しくらいいいじゃない。だって私は吸血鬼なんだから。
小説に出てくる吸血鬼は、もっと傲慢で自分勝手で横暴なんだから。だから私のこれくらいの我がままは許してほしい。
そっと唇を離せば、どちらのものなのか微かに血の味がした。
驚きと、困惑の表情を浮かべる星夜に、私はどうしようもない我がままを伝える。
「星夜、返事は要らない」
「え、それってどういう‥‥‥?」
「昨日みたいなことは、もうしないから‥‥‥ちゃんと妹にもなるから、でも‥‥‥ただの妹はいや。——特別な妹にしてほしい」
「特別な妹?」
「うん。妹だけど、恋愛対象としても見てほしい‥‥‥ちゃんと、女の子としても見てほしいの! だめ‥‥‥かな?」
「——っ!? ‥‥‥分かった。ダメじゃない、ダメじゃないからそんなに泣かないで欲しい。こんなこと、俺が言うことじゃないかもだけど、月菜の涙は見たくない」
そう言って、そっと指先で涙をはらってもらって、私は自分が泣いてることに気が付いた。
‥‥‥もう、ばか星夜。
こういうところ、先生にそっくり。
女心が全然わかってない!
これは、悲しみの涙じゃない‥‥‥悔しいの。
今日は早起きして、たくさん準備して、お母さんとみぞれにも手伝ってもらって、最高の私になって‥‥‥それで、絶対星夜を振り向かせるって意気込んだのに——できなかった。
それが涙が出るくらいに悔しいの!
私は、お化粧が崩れるのも構わずに、ぐしぐしと腕で涙をぬぐって、最後に大事なことを伝える。
「それと、告白のこと。私は確かにあなたが大好き‥‥‥でも、もう改まって告白はしない。‥‥‥今度は星夜から——」
ギュッてジャケットの襟首を掴んで、すぐそこにある黄昏色の瞳に宣戦布告する。
「いつか絶対、星夜から私が好きだって告白させて見せる! 今よりも可愛くなって、お化粧だってうまくなって、ファッションだって覚えて! みぞれにも、十六夜月菜にも他のどんな女にも負けないんだから! ‥‥‥これは、その布告——」
そして私は、少しだけ背伸びをして、星夜の唇に噛みつく。
流れ出た血液を自分で噛んで溢れたものと混ぜ合わせて、溶け合わせて‥‥‥刻む。
——あなたは気づいてないけれど、そこにいるあなたの想い人を、この私が蹴落としてあげる。
——あなたのことを口説き落として、私だけに夢中にさせたい、私だけを見てほしい‥‥‥私が支配したい。
——勝ち目のない戦いだって、笑われるかもしれない。ライバルも強敵で、私だって簡単にできることとは思えない。
——けれど、最後のキスで、あなたの胸にそっと触れた手のひらが感じた、一泊の大きな鼓動に。
——私は‥‥‥微かな希望と、確かな勝利を見出した気がした。
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