第42話 ——私と恋人になってくださいっ!!




 ◇◇月菜side◇◇



「私ね、虐待を受けてたの」


「えっ‥‥‥」


 私がそんな言葉から話を始めると、星夜は予想外といった風に目を丸くさせた。


 まぁ、そうだよね。星夜にはあの人のことは言ってないし。実際、今のこの状況ではこんなことは何も関係ない。


 ただ、私の気持ちを伝える上で、このところから入った方がいいかなって思っただけ。


「お母さんが離婚したのはそれが理由。私はあの人にお母さんが仕事に行ってる夜に殴られたり、蹴られたり、酷いときはナイフで切り付けられたこともあった」


「えっと……それはもう、大丈夫、なのか?」


 ちょっと表情を曇らせながら、心配そうに聞いてくる星夜を安心させるために、私は小さく微笑む。


「うん、大丈夫だよ。私は吸血鬼だから時間が経てば殴られた痣も、蹴られて折れた骨も、抉られた手の甲も、全部元通りになるから」


「いや、それでもさ、辛かっただろう?」


「‥‥‥‥‥‥うん、辛かった。本当に」


 ちょっとだけ、あの時の光景を思い出す。


 身体を痛めつけられて、ボロ雑巾のように転がされる。


 けど、正直、痛み何て直ぐに感じなくなるからどうでもよかった。


 それよりもあの人は、直ぐに怪我が治る私に向かって殴る度に、何度も何度も『化物』って叫んできた。


 そのことの方が幼い私にとって、身体の痛みよりもよっぽど痛くて。


「それで、だんだんと憔悴していった私をお母さんが訝しんで、仕事に行ったふりをして帰ってきて、あの人が私を殴ってるところを見ると、直ぐに離婚した」


「そんな、ことがあったのか‥‥‥」


「うん。あ、でも、今はもう大丈夫だから星夜は気にしないで! というか、ここからが大事なことなの!」


 私よりも沈痛な面持ちを浮かべる星夜を励ますように声を弾ませて言うと、星夜は「大事なこと?」って首をかしげる。


「そう。お母さんは、私のことを直ぐに病院に連れて行ってくれた。身体は無傷でも壊れかけてた私は、カウンセリングを受けることになって、そこで会ったのが健星先生」


「父さんねぇ‥‥‥」


「先生は私の担当医になって、気分とか身体の調子とかの質問をしてきた後はいつも色んな話をしてくれたの。アニメの話とか、ゲームの話とか」


「ん? ちょっと待って! もしかして、月菜がアニオタになったのって……」


「あ~、うん。たぶん先生の影響じゃないかな? あの時くらいから興味持ち始めた気がする」


 そう言うと、なんか星夜が頭を抱え始めちゃった。


 どうしたんだろう? 先生のかめはめ波伝とか結構面白かったんだけど‥‥‥まぁ、それよりも、私は別の話を聞く方が楽しみだった。


「でもね、私が一番楽しみだったのは星夜のことの話だったの」


「俺のこと?」


「うん!」


 先生はいつも、自慢するように星夜のことを語ってくれた。


 例えば、「俺の息子は母親に似て可愛い!」とか、「この前作ってくれたカレーがうまくてなぁ」とか、「なんか最近、息子との心の距離が離れてる気がするんだ。なぁ、どうしたらいいと思う?」って相談されたこともあったっけ。


 まぁ、そんな感じにいつもいつも何かしらの息子自慢の話をしてくる度に、最初はなんとなく聞き流してた私も、次第にその先生の息子さんのことが気になって、もっとどんな人なのか知りたくなった。


 心理的に問題ないってなって、もう病院に行かなくてもよくなっても、先生からの自慢の息子話を聞きたいがためにお母さんについていったこともある。


「一回だけ、会いたくなって病院の帰りに星夜の中学校に行ったこともあるんだよ?」


「え? そうなの?」


「うん。まぁ、当時の私は今よりも臆病だったから遠くから見てただけだったけど」


 驚いてる星夜に苦笑しながら、私は思う。


 先生の話を聞いて、星夜のことをもっともっと知りたくなったのは、きっと愛が伝播したからだろう。


 先生が星夜を語る口調には溢れんばかりの愛がこもってた。


 その、少しだけ溢れた愛のお裾分けを私は受け取って‥‥‥それが、知らず知らずのうちに今の別の形になった。


「それから数年がたって、お母さんと先生が恋人になって、結婚するってなった時、すごくすごく嬉しかった。星夜の、憧れの人の妹になれるって舞い上がってた。でも——」


 星夜と会って、兄妹になって直ぐに気が付いた。


 ——私の中に燻ってる先生からもらったこの愛は、先生のものとは違うものなんだと。


 頂上まで登ってきたゴンドラが、今度はゆっくりと下り始める。


 きっと、窓の外は煌めく星と輝く月に桜の絨毯が照らされて踊るような、一度瞳に映せば忘れられないような夜が広がってるはず。


 けど、今の私にはそんなのは見えない‥‥‥星夜しか見えない。


「最初に自覚したのは、初めて吸血鬼の姿を見られた時。あの日、ギュって抱きしめてくれた時にずっと私の中にあったものの正体に気が付いたの」


 ドクンドクンと心臓が高鳴って、今にも破裂しそうになる。


 少しの期待と、大きな不安に逃げ出したくなる。


 けれど、そんな弱気はこぶしを握って、押し込めて。


「——私ね、あなたが好き」


 そして私は、溢れてやまないその想いを吐露した。


「あなたと出会うずっと前から、私はあなたが好き! お兄ちゃんじゃない、星夜が大好きなのっ!」


 いつの間にか視界は赤くなって、少し滲み始める。それでもかまわず私はぶつける。


「——ねぇ、好き! 大好きっ! ‥‥‥ううん、もっと愛してる」


 口から出すほどに、溜まっていたものが言葉となって抜けていき、身体が軽くなっていく。


 怖いものなんて、もう何もなくて。


 大好きな人に、想いを伝える。


 そんなありふれた——でも出来なかったことをして、その快感に私の身体はどんどん熱くなっていって。


 そして私はあなたに。


 好きで好きで——大好きで仕方がない星夜に、一つのことを要求する。


「だからっ——」



「——私と恋人になってくださいっ!!」



 この言葉が意味することは、私もよくわかってる。


 星夜と私は義理でも兄妹だから、きっとこれはお母さんと先生への裏切りになるのかもしれない。


 兄妹でなんて不純だ、不愉快だ、気持ち悪いって世間から後ろ指を指されるかもしれない。


 だけど‥‥‥それでもいい! 


 私は吸血鬼だから、化物だから後ろ指を指されることくらいなんともない!


 お母さんと先生には申し訳ないけど、反対されたら駆け落ちでもなんでもしてやる!


 だって、この想いが成就して、その先のものを掴めたら。


 私はきっと、この世界の誰よりも幸せになれるはずなんだもの。


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