第41話 聞かせてほしい
じっと見つめてくる月菜の瞳には決別の色が見て取れる。
そしてそんな瞳を見てる俺も、ふっと何かが吹っ切れたような気がした。
それは何なのかはわからないけれど、まぁそんなことはどうでもいいのかもしれない。
ただ、もうきっと後戻りはできなくて、先に進むしかないんだと思い知った。
うん、自分でも抽象的すぎて何言ってるのかわからないけど、なんとなく、そう確信が持てる。
「月菜、場所を変えよっか」
「場所?」
「そ、近くに素敵な場所があるんだ」
というか、そこに行くためにこのレストランを予約したみたいなものだし。
まぁ、本当はさっき仲直りしてまた兄妹に戻れたら行くつもりは無かったんだけど‥‥‥それはもう、無理だから。
月菜の手を引いて、パッとお会計を済ませる。
外に出れば、既に夕日も沈んで夜のとばりが降りていた。
「それで、素敵な場所って?」
レストランから出てきた月菜が、小首をかしげて聞いてくる。
「実はもう見えてるんだよね。ほら、あそこだよ」
そう言って、俺は月菜の後方を指さした。
■■
「ここって、遊園地?」
「うん、まぁ、規模はかなり小さいんだけどね」
俺たちがやってきたのは、休日であるのにも関わらずあまり人気のない小さな遊園地だ。
‥‥‥いや、それにしても本当に人がいない。
昼間なんかだと小学校低学年くらいのグループとかが来たりするんだろうけど、もう夜だから良い子は帰ってるし、中学生やましてや高校生なんかはこんなジェットコースターが一個しかないような遊園地じゃ満足できない身体だろうから来るはずもない。
一体全体どうやって収益を上げるんだろうとか思うけど、まぁ、ここの経営者は父さんの愉快な仲間らしいのできっと人知れないコネクションとかがあったりするんだろう。
毎月ポストに貯まってく無料チケットを二枚分取り出して、入り口で切ってもらって俺たちは遊園地に入る。
さて、なんで俺がこの場所に来たかというと‥‥‥それは、この時期だけこの遊園地で見られる景色がすごく綺麗だからだ。
「月菜は今年、花見した?」
「花見? ううん、してない」
「そっか、ならたぶん見惚れると思うよ」
「うん?」
不思議そうな顔をする月菜の手を引いて、しばらく歩けばやっとそれが見えてきた。
スポットライトと月明かりに照らされて煌めく淡いピンク色の花弁が真っすぐ続く、季節遅れの桜並木。
枝から花弁が俺たちを歓迎するように舞い落ちる。
「きれい‥‥‥」
月菜はその光景に両手を祈るように組んで見惚れてるようだった。
「気に入った?」
「うん!」
瞳を輝かせて頷く月菜の様子に、思わず桜よりも見惚れそうになる。
気に入ってくれたようで俺も嬉しい。
そんなことを思いながら、俺は兄としての最後の行動を移すことにした。
「月菜、せっかくだからあそこの観覧車乗っていこう」
と、俺が示したのは、ここに来る時にも指さした、桜並木の先にある観覧車。
決してすごく大きいというわけではないけれど、ゆっくりと回るゴンドラに乗れば10分くらいは二人きりの空の旅を楽しめるだろう。
そしてその10分で‥‥‥。
月菜も、俺の意図が分かったのかコクリと頷いた。
「うん、いいよ」
そうして二人、ゆっくりと桜並木をくぐっていく。
「そういえばさ、桜の季節はもう過ぎたよね? どうしてここはこんなに咲いてるの?」
「あ~、植えてる桜が八重桜っていう遅咲の種類で、ちょうど有名なソメイヨシノが散ってお花見シーズンが終わるころに開花するからね」
「へぇ~、これを売りにしたらもっと人来ると思うんだけど」
「まぁね。でも、こうやって静かに見れるのは好きだから、俺はこのままでもいいと思ってるけど」
「確かに‥‥‥来年も、また来たい」
「そうだね、また来ようか」
そんな風に会話しながら、ゆっくりと一歩一歩、足を進めて行くたびに兄としての俺が消えていく。
そうしてたどり着いたときには、俺の中で覚悟が決まった。
係の人に頼んで、観覧車を動かしてもらう。
なんだか、俺たちだけのたった一組だけの為に動かしてもらうのは申し訳ない気がしたけど、係の人は何かを感じ取ったのか二つ返事で了承してくれて、サムズアップで送ってくれる。
ゆっくりと登っていくゴンドラの中で、ガラスの向こうのさっきまで歩いていた桜並木に目をやりながら、対面に座った月菜は声を弾ませて。
「わぁ……観覧車ってこんな感じなんだね。私、実は初めて乗ったよ」
「え、そうなの?」
「うん、というか遊園地に来たのも初めて」
それはちょっと驚きだ。まぁ、月菜は吸血鬼だからっていうのもあるだろうけど、それでも一回くらいは来たことあると思ってた。
月美さんが仕事休みの時とか、あとはお父さんとか‥‥‥そういえば、月美さんの話はしたけど月菜の産みお父さんの話って聞いたことないな。
今度、落ち着いたときに聞いてみようか。
そんなことを思ってると、外を眺めていた月菜が、俺のことをまっすぐ見つめてきた。
その瞳には、今日電車で見た時以上の覚悟が灯ってていて。
情けないことに、少しだけ逃げ出したい気持ちに駆られた。
けれど、ここはもうすぐ頂点に達するゴンドラの中、逃げ場は自分で封じたんだ。
一度目を閉じて、ゆっくりと深呼吸。
視界を開けば、世界はもう、月菜のことしか映らない。
「星夜‥‥‥少しだけ、私の話を聞いて欲しい」
「あぁ、俺も……聞かせて欲しい」
俺がそう頷き返すと、月菜はゆっくりと話し始めた。
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