第40話 本心なんです
それからしばらく歩いて、目的地に到着した。
少しオシャレというか、大人っぽい感じの落ち着いた雰囲気のある一軒家のような外見のイタリアンレストラン。
華美に着飾ったマダムみたいな人が上品に食事をしていたり、これぞできる社長! みたいなピシりとしたスーツを纏ったおじ様がワインを嗜んでたり、どっかで見たことあるような有名人っぽい二人組がお忍びデートみたいな雰囲気を感じさせてたりと、一見さんだと思わず入るのに躊躇うような光景が広がってる。
実際にそれを見た月菜は、ちょっと居心地悪そうにしてるしね。
まぁ、俺は慣れてるので月菜をエスコートしながらさっそく店内に入って、電車を待ってる時にスマホで予約しておいたので自分の名前を伝えると、奥の方の席へと案内された。
店内は焦げ茶をベースにした落ち着いた雰囲気で、クラシックなBGMがゆったりと流れてる。
「お、お洒落だね」
チラチラと視線を彷徨わせた月菜が、ちょっと落ち着かない感じに小さな声でそう言う。
「こういうお店は嫌だった?」
「う、ううん! なんか緊張するけど、お嬢様になった気分」
「今日の格好なら全然違和感ないから大丈夫だよ。どこからどう見ても正真正銘のお嬢様だし、改めてすごく似合ってるよ」
「あ、ありがと‥‥‥そう言う星夜は、なんか通い慣れてる感じがするね」
「まぁ、ほら、父さんって一応、世界的名医とか言われてるじゃん? だからたまに会食に付き合わされたりすることがあるから」
そう、映画デートでかめはめ波を見に行くようなあの人でも結構有名人なのだ。
昔はよく、大物政治家さんだとか、ホテル王を名乗る人とか、ライオンのマスク被ったプロレスラーの人とかにこういうお店で会わされたっけなぁ。
あぁ、そういえば確か十歳になった時、父さんに「息子よ、女を知れ」とかなんとか言われて、お見合いなんかもさせられたっけ。
そういう話をしてると、お見合いのことで月菜がジトッとした目を向けてきた。
「ふ~ん、お見合いね‥‥‥受けたの?」
「い、いやいや、会ったことは会ったけどそれっきりです、はい。自分家事とかで忙しかったので!」
今のは藪蛇だった! デートしてる時に他の女性とのお見合いの時の話するなんて! くっ‥‥‥これが宵谷の血か‥‥‥っ!?
「そ、それよりそろそろ料理を取りに行こう! ここのイタリアンは美味しいよ」
「あ、逃げたー‥‥‥待って!」
慌ててついてくる月菜を少し待ってから、二人で料理をとっていく。
各種パスタ、ピザ。それからリゾットやラザニア、トルティーヤにカルパッチョ。デザートだとティラミスとかが美味しそうだ。
「あ、カタツムリだ」
「エスカルゴな」
「美味しいのかな?」
「んー、エスカルゴ自体には味はないよ。ガーリックバターの味がすると思う」
「うわっ、ほんとだ‥‥‥ニンニクムリ‥‥‥」
あ、そうだった! 月菜はニンニクが無理なのを、いい店にしようと思ってすっかり忘れてた‥‥‥。
「わ、悪い。そのことすっかり抜けてたよ」
「ううん、入ってないのも美味しそうだから大丈夫だよ!」
そんなやり取りなんかをしながら、お互いに好きな料理を選んで席に戻る。
月菜が選んだのはニンニクの入ってない料理だから、ちょっと偏りがある。甘いもの好きだからデザートが多めだな。
俺の方もなるべくニンニクを使って無さそうなやつを選んだけど、少量だと月菜みたいに臭いで判別できないから、ちょっとは入ってる奴があるかもしれない‥‥‥後でブレスケア買ってこよう。
そんなことを思ってると、さっそく月菜が盛ってきたマルゲリータを一口。
「美味しいね! 本場の味がする!」
「本場の味って、イタリア行ったことあるの?」
「え? 無いけど」
‥‥‥いや、無いんかい。
「でも、確かにこれは美味しいけど、やっぱり私にとって星夜が作ってくれる料理が一番好きだよ」
「へ‥‥‥?」
突然の好き宣言に、俺はパスタを巻いたフォークを思わず止めてしまう。
見ると、月菜はちょっと照れ臭いのか、もじもじしつつもしっかりと見つめ返してきて、瞳から今の言葉が本心なんだってことが伝わってくるようだった。
——なんだこの生き物‥‥‥可愛すぎか。
「じゃ、じゃあ今度、今日ニンニクで食べれなかったヤツはアレンジしてニンニクなしで作ってみるよ」
「ほんと! 楽しみにしてるね」
俺がそう言うと、月菜は満面の笑顔を返してくれた。
‥‥‥ふむ、食事は己の細胞、すなわち肉体を作る。
そして、月菜が口にするのは俺の作った料理、さらにはたまに文字通り俺の血を飲んでたりするわけで‥‥‥それはもう、月菜の身体は俺が作ったと言っても過言ではないのじゃなかろうか。
俺が突然手を止めて何かを考え始めたのが不思議なのか、月菜はキョトンとした表情を向けてくる。
それがまた、なんとも愛らしくて‥‥‥この時から、俺の月菜ちゃん餌付け計画は本格的に始まった。
それから二人で談笑したり、父さんに『今日はイタリアンなんだぜうぇ~い!』って自慢メッセ送ったら、『こっちは本場なんだぜうぇ~い!』って言葉と共にマジもんのイタリアンレストランの写メが送られてきてなんだか二人で負けた気分になったりしながら、それでも楽しく食事を進めて。
ふと、まだしっかりと言えてないことがあったのを思い出した。
「月菜」
「うん? どうしたの?」
名前を呼ぶと、俺の声で真面目な話ってことが伝わったのか、月菜も背筋を伸ばして聞く体制をとる。
「昨日のこと、なんだけどさ」
「あっ‥‥‥う、うん」
月菜は何かを耐えるように、ギュッと身を縮こまらせる。
それでも、しっかりと聞き入れるように顔だけは真っすぐ前を向いてて。
「その‥‥‥悪かった!」
「え‥‥‥ど、どうして星夜が謝るの?」
俺が机に頭に付けるようにして謝ると、月菜は困惑の表情を浮かべた。
「あの後、俺も色々考えたんだよ。俺は月菜が来てからずっと月菜のことを妹なんだって思い込もうとしてた。なるべく、そういう風に接するように心がけてた。けど、もしかしたら月菜はそれで嫌な思いをしてたんじゃないかって思ったんだ——」
俺と月菜が初めて会った時から、もう何か月も経ったような気がする。それくらい月菜との生活は濃い時間だったってことなんだろうけど、実際はまだ一か月も経ってない。
今更だけど、そんな短時間じゃ兄妹と思えなくたって仕方ないと思う。
それに月菜にとっては家も、近所もどこもかしこも新しい環境で、しかも人間じゃなくて吸血鬼だから色々と勝手が違くてなかなか慣れないこともあったかもしれない。
なのに俺は、ただただ憧れてた妹ができたことに舞い上がって先走って、きっと知らず知らずのうちに月菜に無理をさせていたんだと思う。
「だから、ごめん!」
改めて俺は、深く頭を下げる。
すると、月菜のほうもゆっくりと頭を下げてきた。
「私の方こそ、ごめんなさい。強引に迫まって、しかも最後にあんなことを言っちゃって‥‥‥」
妹になんてなりたくなかった‥‥‥か、確かにすごいショックだったな。
でも、今日一日を振り返れば、月菜とは結構いい感じだった気がするし、きっと明日からはそんなこと気にならないくらい元通りになれると思う。
「本当は、言いたくなかったの」
「ほ、ほんとに?」
「うん」
それを聞いて、俺はすごい安心感が湧いてきた。
いやー、ほんとに良かった。ガチでもう嫌われたかと思ってたから。
「じゃあまた、改めて兄妹として——」
「けど、あれは私の本心なんです」
俺が言おうとしたことに、被せるように月菜がそう言ったその時、ピシりと何かがひび割れるような音が聞こえた気がした。
それはきっとレンズだ。妹フィルターのかかったレンズ。
「それは、今も変わらない‥‥‥ううん、むしろ今日でさらにそう思った——」
そうして、それが壊れた時。
「——だからやっぱり、私はあなたの妹には……なりたくないです」
——パキン。
瞬間、兄としての俺は完膚なきまでに振られて‥‥‥もう、目の前にいる月菜のことを妹として見れなくなっていた。
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