第39話 ——こいつの彼氏だ
◇◇星夜side◇◇
電車に乗って数十分、月菜に甘噛みされた喉を摩りながら、俺はやっとの思いで電車を降りた。
あのね、吸血鬼に血を吸われるのってね、なんだか変な気分になるんだよ。
だんだん頭がボーっとしてきて、身体のすべての主導権を明け渡して、甘い刺激だけを感じていたくなるような。
それこそ、公共の場でやることじゃない。普通にバレたら色々ヤバいし。
けれど、「‥‥‥ちょうだい?」とか、「……だめ?」とか、上気した頬を妖しく濡れた瞳に見つめられて言われると断ることなんてできないし。
しかも、昨日あんなことがあったせいで余計おかしなことを考えそうになって、場所も場所だしシチュエーションも何とも言えないもんだから、もう同人誌のエロ漫画みたいな感じだったし。
「はぁ‥‥‥月菜、お腹空いても次からは時と場所を考えような」
「だから、別にお腹空いたわけじゃないの!」
「えぇ? じゃあ、なんで吸血衝動が?」
「そ、それは‥‥‥」
「それは?」
「‥‥‥。(ちょっと興奮して、とか言えないっ!)」
「うん? まぁ、これから行くところはレストランだし、確かビュッフェスタイルだったはずだから好きなだけ食べれるよ」
「だ、だから! そんなに私は食いしん坊じゃないもん! もうっ!」
電車の中での蠱惑的な姿はどこへやら、月菜はキッと見上げるように睨んできて、ずんずんと先に改札に向かって行った。
ふぅ‥‥‥あの様子の月菜を見てるとほんとに安心するな。
火照った体が外の気温でだんだん冷えていくのを感じながらそんなことを思う。
‥‥‥でも、そう思うってことはやっぱりまだ、どこかで月菜のことを妹として見ようとしてるってことなのかもしれない。
今日は、そういう風に見ないって決めているのに。
俺だって月菜が魅力的な女の子だってことくらい分かってる。
恋人の関係になれたりしたら、きっと全校の男子から羨望の眼差しで見られること間違いないし、告白なんてされたら一も二もなく「イエス! マム!」としか言えないはずだ。
だけど、俺は‥‥‥。
電車に乗る前、月菜は何かを言いかけてた気がした。
それは、電車の音でかき消されちゃったけど、あの時の覚悟を決めたような表情を見れば、おのずと何を言おうとしたのかも分かる。
それでも無理に聞き出さなかったのは、俺自身の中でまだ月菜への気持ちが定まってなかったか。受け止めるって言っても覚悟が決まってなくて、その先の言葉をまだ聞きたくないと思ってしまったのかもしれない。
‥‥‥俺は、あの時もしも、月菜に気持ちを伝えられてたらなんて答えてたんだろうか。
「はぁ‥‥‥」
やりきれない胸の内をため息と共に吐き出す。
なんとか、このデートの間に気持ちの整理を付けよう。このまま二人とも気持ちをもてはやしたまま日常に戻るのはきっと無理だから。
そのための場所は、既に用意してある。だからまずはその前に腹ごしらえを‥‥‥。
「あれ? 月菜?」
と、足を改札に向けて進めようとしたその時、ふと、さっきまですぐそこにいたはずの月菜の姿が見えなくなってるのに気づいた。
——って! 今の月菜を一人で行かせるのはまずい!
流石にもう慣れてきたけど、映画館に行く途中も、映画館でも、ホームで電車を待ってる時も、実は色んな人の視線が月菜とついでな感じに俺にも釘付けで、一人になんてさせたら絶対おかしなやつが寄ってきて、いらぬトラブルを招くことになる!
俺は、叩きつけるようにICカードをかざして、急いで改札を飛び出した。
そのまま、辺りをぐるっと見回す。
「あの美少女の月菜だ、常人とはオーラが違うから直ぐに見つけられるはず‥‥‥見つけた!」
月菜は少し先にある柱のところにいた。あの腰まで伸びた艶やかなストレートヘアーは月菜だろう。
だけど、その近くには見知らぬ男が二人いて、月菜にしきりに話しかけてる‥‥‥いわゆる、ナンパだ。
それに気が付いた瞬間、自分の中で何かのスイッチが入った気がした。
真っすぐ月菜の下に向かう。
「なあなあ、いいじゃん! 俺らと一緒に遊ぼうぜ!」
「一人で暇そうにしてたよね?」
「ち、ちが、私は兄さんと——」
「月菜」
「わっ——」
月菜の肩を抱いて俺の後ろに隠すようにしたら、最初は驚いてた月菜は直ぐに俺だと気が付いたのか安堵の表情を浮かべる。
その様子を横目に、俺は二人組を軽く睨む。
「なんだよ、お前? 急に出てきやがって」
「あ~、もしかしてお兄さん? はっ、だったら分かるよな? 妹ちゃんの邪魔しないでくれます?」
「違うぞ、俺は——」
怯えたように、俺の裾を掴んでくる手を優しく握る‥‥‥指と指を絡め合う恋人繋ぎ。
そう、違うんだ。今日の俺は月菜の兄さんじゃなくて。
「——こいつの彼氏だ」
「ぁ‥‥‥」
月菜が声を漏らした気がするけど、気にせず俺はもう一歩前に出て、さらに強く睨み据える。
すると、二人組の男は引きつった顔でのけぞって、慌てて後ろに下がった。
「わ、わかった! 俺たちが悪かったよ」
「あ、あぁ、もう行くからそんな睨むな!」
そうして、威圧的な態度は鳴りを潜めて、二人組の男はひるんだように人混みの中に消えて行った。
‥‥‥なんていうか昔から、この母さん譲りの紫がかった眼で睨むと大抵の人はビビッて逃げてくんだよね。
昔はよくこれでみぞれにおちょくられたっけ、「せいやは レベル51 に あがった てーんててててーてーてーてー せいやは あたらしく にらみつける を おぼえた! ふははは! 星夜ざっこ!」みたいな感じに。
事実、みぞれだけには睨んでもひるみもしないからな‥‥‥あの時はモンスターボックスに引きこもりたい気分だった。
どれもこれも発端は父さんがみぞれに初代ポケモンを渡したからだ‥‥‥この恨み、忘れん。
あっと、今はこんなことどうでもいいか。
「月菜、悪い。こうなること分かってたのに離れちゃって‥‥‥月菜?」
「‥‥‥(ぽ~~~)」
な、なんだろう‥‥‥なんだか月菜が心ここにあらずって感じに、潤んだ瞳で熱い視線を向けてくるんだけど。
「お~い月菜? 大丈夫か?」
「か、かっこよかった‥‥‥」
「え?」
「守ってくれた時、キュンってして‥‥‥その、ありがと、助けてくれて」
空いている手で胸の前で握って、膝をこすり合わせてもじもじと恥ずかしそうにしながらそう言う月菜を見て。
「——っ!!」
さっきの自分がなかなかすごいことを言ってたことに今更ながら気が付いて、急激に体温が上がってくのを感じる。
「さ、さっきのは! 咄嗟に出てきたことで! あぁ! は、早く行こう! ご飯が俺たちを呼んでるぞ!」
「ふふっ‥‥‥もう、だいすき」
俺が慌てて歩き出そうとすると、小さく呟いた月菜がつないだ手をそのままに、もう片方の腕を抱き着くように組んでくる。
もちろん、俺たちの間はゼロ距離になって、むしろ普通に組むよりも密着してるから、それはもう俺の腕が食い込むように月菜の胸の形を変えて‥‥‥。
今は、電車の中での隠れ吸血とか、さっきあんなことを言ったからか変に意識しちゃって仕方ない。
「る、月菜‥‥‥その、胸が当たって」
「なぁに? いいじゃん、私の‥‥‥その、彼氏なんでしょ?」
月菜も自分で口にして気恥ずかしいのか、そのまま顔を赤くして俯いてしまって‥‥‥俺たち二人は黙々とレストランに向かって歩き出した。
組んだ腕と、繋いだ手は離さずに。
それはもしかしたら今日一番、恋人っぽい雰囲気だったかもしれない。
‥‥‥けれど、俺は少しだけ胸がちくりと痛んだ、そんな気がした。
—————
【一言】
初代ポケモンのファイヤー:L51って分かる人いるのかな?
いるといいなぁ、その人とは仲良くなれそうw
ちなみに、ファイヤー:L51とは、初代ポケモンのファイヤーさんの冷遇っぷりを表したネタです。気になった人は調べて見て!
いつも読んで頂きありがとうございます! これからもよろしくお願いします!
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