第37話 すごく幸せだな



 ◇◇月菜side◇◇



「う~ん! 面白かったね!」


「あ、あぁ、そうだな」


「……?」


 映画を見終わった私たちは、シアターを出て駅へ向かっている。


 次に星夜が連れて行ってくれるところは電車に乗った先にあるらしい。


 映画の内容は控えめに言ってよかった。ああいう人間関係の儚い感じの映画でヒロインたちが頑張ってるのを見てると、自分も頑張らなきゃって思えるよね。


 ちょっと星夜の歯切れが悪いのが気になるけど‥‥‥映画楽しめなかったのかな? 


 う~ん? 様子を見る限りじゃそういう感じではないけれど。


 それにしても、まだ少しドキドキする。


 上映中、星夜にこっちを見られてるのに気が付いて、どうしたんだろうと見つめ返したとき。


 ふと、ドラマや漫画なんかで、不意に恋人の手を握るシーンがあるなって思いついてしまった。それと同時に、やりたいな、とも。


 でも、私には昨日の前科があるから、もしかすると嫌がられるかもしれない‥‥‥けど、握りたい。


 数瞬の間、葛藤した私は、結局我慢できずに恐る恐る手を伸ばした。


 もしかしたら、振り払われるかもしれない。驚かれるかもしれない。


 そうやって、ドキドキしながら重ねた手は‥‥‥驚かれたようだけど、そのまま受け入れてくれてすごく嬉しかった。


 まぁ、席を立つときに離れちゃって、今はもう繋がっては無いんだけど。


「(もう一回、繋ぎたいな‥‥‥)」


「月菜?」


「ううん、なんでもない」


「そう? あ、今から行こうとしてるところはレストランなんだけどさ、月菜は食べたいものとかある?」


「う~ん、星夜にお任せする」


「りょーかい」


 それから、さっきの映画のこととか学校のこととか、たわいもない話をしながら歩いていく。


 隣をゆらゆらと揺れる彼の手に自分の手を当ててみたり、チラって目で視線を送ってみてみるけど、星夜は、私がもう一度手を繋ぎたいって思ってることに気が付かない。


 いや、もしかしたら気が付いてるけど知らんぷりしてるのか‥‥‥。


 やっぱり、本当は私と手を繋ぐのは嫌なのかな? もしそうなら‥‥‥ううん、今日は弱気になっちゃダメ。


 私は攻めて攻めて、星夜を堕とさないといけないんだから手を繋ぐことぐらいで躊躇してられない! 


 そもそも昨日はもっとすごいことしたんだし! ‥‥‥今のは藪蛇だった。


 ごほんっ! とにかく、もっと強気に! がんばれ、私!


 そう、覚悟を決めて手を伸ばした時。


「——あっ」


 星夜の手に集中してた私は、足元の注意がおろそかになってて、つまずいて転びそうになる。


 思わず、目を瞑って来るべき衝撃に備えようとして‥‥‥ポフッと柔らかく包まれた。


「——っと、悪い。そういえば今日履いてるのヒールだったな、もう少し気を遣えばよかった」


 と、直ぐ真上から声が聞こえて、私は星夜に真正面から支えられてるのだと、やっと気が付いた。


「あ、えっと‥‥‥ありがと」


 私はちょっと恥ずかしくなって、視線をそらしながらぽつりとこぼすようにお礼した。


 だって、言えないじゃない。実はあなたと手を繋ごうと夢中になってて転びそうになりました‥‥‥なんて。


 しかも、気を遣えばって星夜は言うけど、今の歩くペースもいつもより結構ゆっくりにしてくれてるのだってわかってるから。


 うぅ‥‥‥今日の私は大人の女なのに‥‥‥きっとこういう所があるから、星夜も妹としてしか見てくれなかったんだ。


「大丈夫だった? 足とか痛めてない?」


「‥‥‥うん、ありがと」


 心配そうに聞いてくる星夜に、ちょっと落ち込みながら答える。


 そうして、再び歩き出そうとした時だった。


 ふと、目の前にジャケットに覆われた腕が出される。


「星夜?」


「いや、その、こういうのには慣れてないから気が付くのが遅れたけど、たぶんデートのエスコートってこうじゃないかって思って」


 ‥‥‥えっと、つまり、腕を組んでもいいってこと? 


 しかも、星夜からそれをしてもいいって‥‥‥え、なにそれ合法!?


「‥‥‥おいくらですか?」


「はい?」


「う、ううん! なんでもない! じゃあ、ちょっと失礼して‥‥‥」


 私は少し緊張しながら、右腕を星夜の左腕に絡める。


 さっきまで空いていた二人の隙間がぐっと縮まって、腕の触れている部分から少しだけ星夜の体温を感じた。


 そのまま、腕を組んだことなんてないためぎこちないながらもゆっくりと駅に向かって歩みを再開する。


 その様子が微笑ましいのか、たまにすれ違う人たちに我が子を見守るような視線を向けられるのが恥ずかしい……けど、絶対に離したくない。


 だから私は、星夜の腕に左腕も回してギュって抱き着くみたいに力を入れて。


「えへへっ、ちょっと照れ臭いね」


「そ、そうだな!」


 少し見上げれば、すぐそこに星夜の顔があって、彼も照れたようにちょっと頬染めてそっぽを向いてる姿に胸がどきどきと高鳴ってく。


 そうして、いつもよりも何分も時間をかけて駅の改札にたどり着いた。


 星夜はICカードを持ってるみたいだけど、私は今までそんなもの必要なかったため持ってない。


「ちょっと切符買ってくるね」


 そう言って、星夜に目的地を聞いた後、名残惜しいけど一旦組んでいた腕を外して手早く切符を購入。


 直ぐに戻ってくると、星夜は既に改札の中に入ってて、脇の逸れたところで手を振って待ってた。


「お待たせ! 結構人が多いね」


「休日だからな、はぐれないように行こう」


「ふぇっ!?」


 スッと手を握られて、それがあまりにも自然すぎたものだから、思わず変な声が出てしまった。


 ‥‥‥こういうの、自分からやろうとするのはドキドキするだけで何ともないけど、いきなり相手からやられると、やっぱりちょっと恥ずかしい。


「うん?」


「な、なんでもない‥‥‥」


「そう? じゃあ、行こうか」


 手を繋いだまま、私は気恥ずかしさを隠すようにちょっと俯きながら星夜についてく。


 腕を組むのも良かったけど、手を繋ぐのもやっぱり好きだな。


 そう思って、握る手にちょっと力を籠めれば、星夜も少しだけ握り返してくれて…‥‥あぁ、今、私はすごく幸せだ。


「‥‥‥えへへ」


「どうした?」


「今、すごく幸せだなって思ったの」


「そっか。俺も、月菜と出かけられて嬉しいよ」


 お互いに見つめ合いながらはにかみ合う。


 ‥‥‥今なら、言えるかな。


 雰囲気は良い感じだし、つないだ手から言葉以上の想いを伝えられるような、そんな気がする。


 でも‥‥‥でも、やっぱりちょっと怖いな。


 もしも、ちゃんと伝えて、それで振られたら、私は‥‥‥ううん、今日はちゃんと言うって決めたんだから!


 首を振って、弱気な私を振り払う。


 深呼吸をして、覚悟を決めて、私はグッと星夜の腕を引っ張った。



―――――

【あとがき】

メリークリスマス!

いつも読んでいただきありがとうございます!



クリスマスプレゼント、くれてもいいのよ?壁|ω・`)チラッ


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