第35話 おまたせ!


 ◇◇星夜side◇◇



 時刻は昼過ぎ。


 待ち合わせの駅前の広場に俺は結構早くたどり着いた。


 家を出る時間がかぶったりしたらよくないかなって思って指定した時間より一時間近く早く家を出たからね。


 今日は昨日約束した月菜とのデートの日だ。


 昨日喧嘩別れした時から月菜には会ってない。


 部屋から出てこなかったため朝食はドアの前に置いておいたら、ちゃんと空になった食器が廊下に置かれてたから起きてはいるんだろうけど。


「‥‥‥来てくれるかな」


 なんせ、あんなことがあった日の次の日だ。


 正直、気まずさは満点だと思う。


 もしかしたら、デートに行くのはもう少し時間を空けてからの方がよかったかもしれない‥‥‥早まったかな?


 まぁ、あのみぞれが任せろって言ってたから、来てくれるかどうかは実際にはそんなに心配してない。


 心配があるとすれば‥‥‥。


 今日のデートプランは誘った俺が色々考えたけど、それを月菜が楽しんでくれるかどうか。


 それと、これが一番重要なことなんだけど。


「俺がちゃんと月菜を女の子として見られるかどうか」


 なにせここずっと、必死に意識して妹と思い込もうとしていたから、それのせいで無意識的に妹フィルターをかけてしまうかもしれない。


 その時、ふと、周りの空気が変わったのを肌で感じた。


 よく見ると、俺と同じように誰かと待ち合わせをしていた人たちがみんな同じ方向をみてポカーンと時が止まったように固まっている。


 俺はこの現象に度々出会うことが多い、大抵は女子が何気ない言葉で詠唱を唱えると起こる。実は密かに女の子はみんな、時を止める魔法少女なんじゃないかと思ってたりするくらいだ。


 最近だと入学式の時に月菜が教室に入った時だな。


 きっと月菜は高位の魔法少女なため無詠唱で時を止めることができるんだろう。


 うん、俺もこんなどうでもいいコトを考えるくらいは緊張してるらしい。


 まぁ、ちゃんと来てくれたみたいでよかった。


 ここからはもう、月菜の兄である宵谷星夜は封印だ。俺は一人の男として、月菜のことをしっかりと見る!


 でも、そうやって決意を新たにしても、やっぱりどうしても少しの不安だけは残ってしまう。


 だけど、そんな不安を一瞬で吹き飛ばすことが起きた。


「せ、星夜! おまたせ!」


 そんなどこか緊張気味な声が後ろから聞こえてきて、


「——っ!?」


 振り返って月菜を瞳に映した瞬間、魔法にかけられたように俺の時が止まった——やはり月菜は魔法少女なんだ。



 ◇◇月菜side◇◇



 こ、こんなにもドキドキすることなんて生まれて初めて‥‥‥。


 はやる気持ちに少しだけ早足になって待ち合わせ場所の駅前に着くと、星夜の姿すぐに見つけられた。


 正直、昨日のことがあってすごく気まずい。


 みぞれは気まずくて仕方が無くなったキスしちゃえばいいよ! とか言ってたけど、そんなことできるのはあの最強の幼馴染コンビだけだと思う。


 そもそも、キスのせいでこんな気まずい思いしてるのに。


 周りの視線を感じるけれど、そんなことを気にしてる余裕もなくて、変な風にならないように意識して声をかける。


 私の格好は変じゃないかな? ちゃんと似合ってるかな?  


 さっきまではすごく自信があって早く見てもらいたいと思ってたのに、いざその時になるとどうしても大きな不安に駆られる。


 だから、振り返る星夜の気配を感じて思わず俯いてしまった。


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


 ‥‥‥えっと、どうしよう? 星夜が何も言ってくれない。


 たぶん本当は、ほんの数十秒くらいだったのだろうけど、私かしたら何時間もの時間が経ったような気がして。


 実はやっぱり、昨日のことを怒ってるのかな? 本当はこれ、デートじゃなくて何か別の‥‥‥もしかして、兄妹さえも止めようっていう絶縁宣言を言うためっ!?


 そんなことに思い至った私は、我慢できなくなって恐る恐る顔を上げると、数歩先の目の前に振り返った姿から瞬き一つしていないような星夜がいた。


「あ、あの‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


「ね、ねぇ‥‥‥星夜?」


「——はっ!?」


 声をかけても反応してくれなくて、ちょこんと裾を引っ張ると星夜は我に返ったようにやっと動き出してくれた。


 キョロキョロとせわしなく視線をさまよわせた後、その惹きこまれそうな黄昏色の瞳が私のことを捉える。


「え、えっと、月菜‥‥‥なのか?」


「う、うん‥‥‥おまたせ」


 そんなお互いカタコトな会話とも言えない会話をして、再び訪れる静寂。


 き、気まずい‥‥‥でも、なんだか星夜の様子が少しおかしいような気がする。


 初めて会った時でさえこんな風にコミュ障みたいな感じにはならなかったのに。


「星夜‥‥‥? 大丈夫?」


 もしかしたら具合が悪いのかもしれないと思って、顔色を覗き込むように一歩近づくと。


「わっ、ちょっ! ちょっとタンマっ!」


 急にバッと後ずさったと思ったら、後ろを向いて深呼吸を始めた。


 えっと‥‥‥これは、やっぱり相当嫌われちゃった‥‥‥? 今まであんなふうに避けられたことなんてないし、近づかれるのも嫌だったり‥‥‥?


 うぅ‥‥‥やっぱりもうダメなのかもしれない。


 そう失意のどん底に引き込まれそうになってると、深呼吸が終わったらしい星夜がこっちを振り向いた。


「えっと、取り乱してごめん。ちょっと覚悟ができてなくて、驚いちゃった」


 覚悟? 驚かせる? いったい何のことを‥‥‥はっ!?


 き、昨日のせいか! 私が急に近づいたから、また襲われると思われた? これってあれだよね、やっぱり星夜は私のこと性的に襲ってくる変態エロ吸血鬼って思ってて‥‥‥。


「しないから! もういきなりあんなことは! 確かにそう思われるようなことを昨日はしちゃったけど‥‥‥」


「うん? ‥‥‥あっ!? えーっと、うん。それはわかったけど‥‥‥」


 一瞬ぽかんとした星夜は、何かを思い出した様な反応をして気まずそうに私から目をそらした。


 ‥‥‥あれ? この反応、もしかして違った? ということは私、星夜に余計なこと思い起こさせて‥‥‥。


 そのままお互い、またすごく気まずくなって黙り込んでしまう。


 ど、どうしよう‥‥‥? これはやっぱり、みぞれが言ってたようにキスして空気を有耶無耶にして。


 そう思ってると、今度は星夜の方が先に口を開いた。


「えっと、その服着て来てくれたんだ」


「う、うん! どう、かな? 似合ってる?」


 スカートが広がりすぎてショーツが見えないように気を付けながら控えめにクルリと回って星夜に全体を見てもらう。


 今日の服はみぞれとお母さんにも手伝ってもらって、今までで一番最高な私だ。


 もしも星夜に酷評だったら‥‥‥流石に立ち直れないかもしれない。


 私は、異端審問会で魔女裁判にかけられる吸血鬼のような気分を感じながら星夜からのコメントを待つ。


「え、えっと‥‥‥その、だな」


 うーん? やっぱり、気まずいっていうのもあるのかもしれいけど、何かそれ以上に星夜の歯切れが悪い気がする。


 さっきは避けられちゃって顔色がうまく見れなかったから判断が付かないけど、もしも本当に具合が悪いなら無理はしないで欲しい。


 改めて、じーっと星夜を観察してると。


「す、すごく似合ってる、綺麗だよ」


「えっ‥‥‥」


 突然言われた言葉に、思わず呆けてしまった。


 だけど、その意味をだんだん理解してきて、内側から熱が溢れるみたいに嬉しくなってくる。


 でも、その言葉以上に私を歓喜に震わせるのは、星夜の今の表情。


 少し顔を赤らめた顔を左手で隠すようにして目をそらしながら綺麗って褒めてくれた時の星夜は、出会った今日まで一度も見せてくれたことのない顔で。


 つまり、私のことをちゃんと女の子として見てくれたっていう証拠。


 そのことが何よりも嬉しかった。


 それに、いつのも何事もそつなくこなすかっこいい星夜と全然違う、そのたどたどしく必死な様子の彼にすごくキュンッ! ってきてヤバい。


 なんだかそう、庇護欲を燻るような、支配してあげたくなるような‥‥‥って、私が庇護欲に駆られてどうするのさ!


「ありがとう! その、星夜もかっこいいよ!」


 星夜の様子を見てると、逆に冷静になれた私は素直に言葉が出てきた。


「あ、ありがと。それじゃあ、行こうか」


「うん!」


 それから、また少し深呼吸をしてちょっと落ちついたのか、そう言って歩き出した星夜についていく。


 よしっ! 掴みは結構よかったはず! このまま何としてでもこのデートで星夜を堕とすよ!



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