第六章 本気デート
第34話 『最高の自分に』
◇◇月菜side◇◇
私は今日、珍しく自分で早起きをした。
なんてったって今日は、星夜とデートする日で、私の人生の中で最も気合を入れないといけない日だから。
そうやって意識して寝たからか、今朝はいつもみたいにふにゃふにゃしてないで頭がシャキッとしてる気がする。
「さてと、さっそく準備を始めようかな」
まだ起きたばかりで時刻は8時。待ち合わせの時間は13時で、まだ何時間もあるけど、私が気合を入れてオシャレしようとしたらたくさん時間がかかるから。
今日はちゃんとお化粧もしようと思ってる。昨日のあの後にお母さんに電話して頼んだら教えてくれることになった。
もうすぐしたらビデオ通話がかかってくるはずだから、まずはお母さんの部屋からメイクセットを持ってこないと。
そうして立ち上がって、部屋を出ようとしてドアを開けた時だった。
「ん?」
ふと、いい匂いが漂ってきて、香りのもとをたどって下を向くと、そこには私の大好物の兄さんのふわトロ♪ オムライスが出来立てほやほやでおいてある。
たぶん、兄さんが私が起きたのを察してすぐに作ってくれたんだ。
「ふふっ‥‥‥あなたが応援してどうするのよ」
しかも、オムライスにはケチャップで『がんばれ!』って文字が書かれてて。
これからデートして告白しようとしてる相手に応援されるのはなんだか変だけど、でも不思議と気持ちがポカポカして俄然やる気がみなぎってくる気がした。
それはきっと、これは星夜であって星夜じゃない。私のお兄ちゃんが応援してくれてるって思えたから。
「よしっ!」
私は改めて気を引き締めると、ふわトロ♪ オムライスを食べて、食器を廊下に置きなおしたらお母さんのメイクセットを取ってきて、意気揚々と準備を始めた。
■■
『そうそう、私たち吸血鬼は血色が薄いから口紅はちょっと濃いのがいいわ。でも、あんまり濃すぎると汚くなっちゃうから、その真ん中のがいいんじゃないかしら?』
「わかった」
お母さんに教えてもらいながら、メイクを初めてかれこれ一時間近く経とうとしていた。
やっぱり、私がオシャレをしようとするとどうしても時間がかかる。
それは私が普段から化粧なんてしないから慣れてないっていうのもあるけど、一番の理由は鏡に写れないから。
しかも、唯一姿を映すことができる、ギターケースの鏡は普通に小さいから化粧をするには向かない。
それでも、どうしようもないからその小さな鏡でやってるけど、慣れない作業を教えられながらやってるため何回も失敗して時間ばかりが過ぎていく。
本当に早起きして正解だった。
「どう?」
『う~ん、月菜は手先が器用だからずれてはいないけど、ちょっとムラがあるわね』
「むぅ、やり直す」
私は抵抗なくメイクを落とした。
いつもなら化粧なんてしないし、したとしてもちょっとくらいならいいかってなるけど、今日だけはそれは許せない。
何が何でも最高に自分にならなきゃいけないから!
そう決意を新たにやり直そうとしたその時、バンッとドアが開いてみぞれが部屋に突撃してきた。
「うぃ~、もうかってまっかぁ~?」
「あんた誰よ」
違った。なんかきな臭い商人みたいな奴だった。
「誰って、みんな大好きみぞれちゃんよ!」
「私、嫌い」
「せっかく様子を見に来てあげたのに態度が悪い!」
「うるさい、邪魔しに来たなら出てって」
そう睨んですごんでみるけど、みぞれは意に介したようにやれやれと肩をすくめて、堂々と私の聖域に踏み込んでくる。
ほんとに、みぞれが近くにいるとなんだか言いようのない苛立ちがこみあげてくるんだけど。
「メイク中? って、なんでそんなちっちゃな鏡でやってるの? そんなんじゃうまくできないと思うんだけど」
「えっと、それは‥‥‥」
まだみぞれには私が吸血鬼であることを話してないため、思わず口ごもってしまった。
別にみぞれには話してもいいかなとは思うけれど、やっぱりまだ星夜以外に話すのは少しだけ怖い。
と、どうはぐらかそうか悩ませてると通話がつながったままのお母さんがみぞれに話かかけた。
『あら? あなたがみぞれちゃん?』
「ん? ビデオ通話? うわっ‥‥‥すっごい綺麗な人」
『初めまして、月菜の母です。よろしくね』
そう画面の向こうでお母さんがニッコリとほほ笑むと、みぞれはびっくりしたように私の方を見つめてきた……なによ?
「(ちょっと! 月菜のお母さんが、というか星夜パパの再婚相手がこんな美人とか聞いてないんだけど! なんか負けた気分なんだけど!)」
「知らないよ、そんなの」
「(はっ!? あの日、お父さんがママに再調教されてたのは月菜のお母さんにデレデレしてしっぽ振ってたからか!)」
え? なに? 再調教? ‥‥‥大狼家ってどんな家族なの?
コソッと耳打ちされたことにちょっとびっくりしてると、みぞれは画面に向かって頭を下げた。
「初めまして、大狼みぞれっす! 星夜の幼馴染やってるっす! よろしくおねがいしゃすっ!」
「なんでそんなへりくだってるの?」
『うふふ、元気で可愛らしい子ね、月菜のことをよろしく頼むわ。あ、そうだ、よかったら月菜にメイクしてあげてくれないかしら? さっきからちょっと時間がかかりすぎちゃって、もしかしたら待ち合わせに間に合わなくなっちゃうかもしれないから』
「ちょっと、お母さん!?」
いきなりのことに私は思わず、声を荒げたけど。
「了解っす! みぞれちゃんにお任せ!」
何故か、お母さんの忠犬みたいになったみぞれは、グイグイと私の目の間に座って。
というか、みぞれにメイクなんてできるの? こんなガサツでお淑やかさも化粧っけもない犬みたいなみぞれに。
と、思ってたのに、数十分後。
小さな鏡には普段の自分とはかけ離れた、自分がいた。
「おぉー! さすがみぞれちゃん! 完璧だね!」
『ほんとね! 月菜がすごく大人びて見えるわ!』
「くっ‥‥‥!」
まさかみぞれがこんなにメイクがうまいなんて‥‥‥すごい悔しい!
「ふ、ふん! 私の素材がいいからだし」
「な~に、あたしの方がメイクの腕がうまくて悔しがってるの~?」
「う、うるさい」
『ふふっ、それじゃあ後は髪と服装ね』
「服はもう決めてある」
私は立ち上がって、クローゼットから取り出したのは、兄さんと兄妹デートした時に買ってもらった黒いミニワンピース。
昨日、デートの約束を聞いたときからこれしかないだろうって、そう思った。
お母さんとみぞれは、私が身体に当てた黒ミニワンピースを見ながら意見を言い始める。
『そうね、いいんじゃないかしら』
「でもこれって、夏服だよね? 最近は温かくなったとはいえ陽が出てる間は大丈夫だと思うけど、夜は寒いと思うよ」
『あら? みぞれちゃんもまだまだね。女の服装はちょっと寒いくらいがいいわよ』
「え、どういうことです?」
『女が少しでも震えてたら男が自然と上着を貸してくれるのよ、少しか弱いところを見せておけば男は庇護欲を掻き立てられて自然と守りたくなっちゃうものだから。そうしたら彼に大事にされてるって思えるし』
「な、なるほど! 勉強になります!」
みぞれはどこからか取り出したメモ帳に何かをメモってるようだった。
というか流石はお母さん。伊達に夜のナースと呼ばれてるだけあって男心がよくわかってるみたい。私は吸血鬼だから寒さはあまり感じないから大丈夫でしょ、としか思ってなくてそんなこと考えてなかった。
『でも、そうね‥‥‥ちょっと子供っぽいかもしれないわね。星夜君って結構大人びてるじゃない? 今のままだと隣に並んだ時にそれが顕著になりそうだわ』
「確かに、星夜のことだからデートってなると結構きっちりした格好するだろうし‥‥‥そうだ! ならベルトで腰を絞ってスタイルを強調すれば」
『いいわね! 髪型はあえて何もしないでいきましょう、月菜の髪は綺麗なストレートヘアーだからそっちの方が映えるわ。あとはイヤリングとヒールを履いて‥‥‥うんうん! いい感じね! バッグも必要かしら?』
なんだかだんだんと二人の方が、熱くなってる気がしてきた‥‥‥けど。
「ちょ、ちょっと待って! 私、二人が言ったものなんて持ってない!」
そう、今までオシャレに無頓着だった私は、二人が言ったアイテムなんてこれっぽっちも持ってない。
まさかこんなことになるなんて、こんな強く人を好きになって振り向かせたいと思うことなんてないと思ってたから、本当はかなり後悔してたりする。
二人が言ってることもよくわかってないし‥‥‥うっ、今までの私、いったい何してたのよ! ‥‥‥周りをみたら一目瞭然だけど。
ちょっと自分が不甲斐なくて、思わず俯いてしまいそうになった時、みぞれに肩をポンっと叩かれた。
「それくらい貸してあげるよ。今日は月菜の大一番なんだから」
「でも、みぞれ‥‥‥あなたは」
「あ~もう! 自惚れすぎ! そもそも、あたしと星夜の関係はどっちかに恋人ができたくらいで変わったりしないの! 最強の幼馴染なめんな! 月菜は自分のことだけを考えなさい!」
『そうよ~。母親が娘のために何かを貸してあげるなんて普通のことじゃない。部屋に何個かアクセサリー置いてきたから好きなのを使っていいわよ』
「二人とも‥‥‥ありがとう」
私がぽつりと感謝の言葉を紡ぐと、二人は軽く微笑んで再び服装談義に戻っていった。
それから数時間後、星夜が出て行った気配を感じてから私も家を出ることにした。
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