第18話 ……恨みってこのことだったのか



 月菜が狙ってた黒猫が落ちた時、ちょうど頭半分くらい穴に出してた俺が狙ってた白猫に当たり、そのまま二つ同時に落ちるという予想外の展開が巻き起こった。


「えっと、兄さんどうする? 確かルールでは先に落とした方が勝ちだったけど、同時落ちだし……でも次の勝負するにしても、もうお金が無いし……むむむっ」


 そんな、腕を組んで悩んでる月菜に俺はなんだか晴れやかな気分で言う。


「いや、もうこれは月菜の勝ちでいいよ。一人で両方落としちゃいけないなんてルールなんていし、あれは月菜のダブルゲットの神プレーってことで」


「いいの?」


「まぁ、楽しかったからいいよ。ていうことで、はい。運命の猫ちゃんたち」


「おぉ!]


 取り出し口から二匹の白黒猫を取り出して月菜に渡すと、右腕と左腕にそれぞれ抱きしめて、あどけない笑みを浮かべながらぎゅうっと頬に摺り寄せてる。


 え、なにこれかわいい! ……ここはエデンだ。


 そんな様子を無意識のうちにパシャリとスマホで撮ってると、それに気づいた月菜はおずおずと白猫のぬいぐるみを俺に向けてくる。


「こっちは兄さんにあげる」


「ん? いいの? 二つとも月菜が獲ったようなものだけど」


「うん! もらってくれると嬉しい……」


「それじゃあ、もらっておくよ。ありがとう」


 月菜から、白猫のぬいぐるみを受け取る。


 改めて触ってみると、白猫はゲーセンの商品にしては結構肌触りも良く、もう少し大きければ抱き枕によさそうだ。


「えへへ……お揃い……」


 黒猫で照れ臭そうに口元を隠しながらそう言う月菜は、なんかもう天使すぎてヤバかった! 


 このぬいぐるみは部屋の目立つところに飾ろう!


「それじゃあ、そろそろいい時間だし帰るか」


 なるべく、違和感なく自然に俺はそう言って、踵を返そうとする。


 だって、このままいい感じの空気のままそれが当たり前のように振舞えばきっと……。


 が、そうは問屋が卸さなかった。


「何言ってるの兄さん? 最初の約束、二回連続でゲームに勝った方の言うことを今日一日なんでも聞くってやつがまだなんだけど」


 あ、バレた。くそう、このまま二つ同時に取れてすごかったね! やったね! で、平和に帰れると思ったのに!


 ていうか、なんか一つなんでもが今日一日になってない?


「そ、それってここでなんかやるの? 家帰ってからじゃなく?」


「そう! ていうことで、行くよ!」


 そう言って、逃げないようにか俺の腕をグッと引っ張って月菜に連れてこられたのはヴァンピィの地下一階だった。


 そこは、あること自体は知ってたけど俺は一度も入ったことがなく、遠目に見るだけだった男子禁制の場。


 プリクラエリアである。



 ■■



「兄さん、まだ~?」


 カーテンの向こうから、月菜の声が聞こえてくる。


「……なぁ、月菜。これほんとに大丈夫? 捕まったりしない?」


「しないしない! 女子と一緒なら大丈夫らしいし! てことで、はやく見せて~」


 そういうことじゃないんだけどなぁ……。


 改めて目の前にある姿見で自分の格好を見て、本当に捕まりはしないかと超心配になってくる。


 でもまぁ、約束だし……何でもするって言っちゃったし……覚悟を決めよう。


「はやく~!」


「……それじゃあ、開けるよ」


 そうして俺は、シャッとカーテンを引いて、その姿を世間に知らしめた。


「お、おぉ~っ! やば! 兄さんすごいかわいい~!」


「うぐ……スカートなんて、初めて履いた」


 そう、月菜の俺にやらせかったこと、それは俺の女装コスプレである。


 俺は今、腰まである茶髪のウィッグを被って、膝上十センチのプリーツスカート、赤いリボンのブラウスという女子高生の格好をしてる。


「兄さん、中性的な顔立ちしてるから似合うと思ってたけど、これは想像以上だよ」


 そんなどこに需要があるのかわからない俺の格好をパシャパシャとカメラに収める月菜。


 俺は死んだ目をして、もうどうにでもなれの心境だった。


 ……あぁ、そこのプリクラから出てきたカップルよ、そんなにギョッとしないでくれ……そんな反応されたら、ちょっと心に来るぞ。


 あれ? なんかカレシが俺のことを熱い瞳じっと見つめてきて……あ、カノジョさんに殴られてらぁ……あはは、俺に見惚れてたのかな? んな訳ないか……はぁ。


「ぐへへぇ……いいねいいね、見えそうで見えない!」


「なんでそんなローアングルで……なぁ、月菜? もういいか?」


「ん、そうだね。制服はもういいかな」


「それじゃあ、着替えて……え? もう?」


「はい、じゃあ今度はナース服ね」


「……え?」


「ほらほら、着替えた着替えた~」


 渡された薄ピンクのナース服片手に茫然としてた俺は、グイグイと押されて着替え室に入れられカーテンをぴしゃりと閉められる。


「…………恨みってこのことだったのか」


 なんとなく、わかった。服屋で月菜を着せ替え人形にしたのに恨みを持ってるんだ。


 でも、これはないよ月菜ぁ~……俺はちゃんと月菜に似合うやつを着せてたのに。


 改めて、渡されたナース服を見てみる。


 これ、スカート丈が五センチくらいしかない……流石に似合うわけないだろう。


「兄さんはやく~!」


 しかし、着替え室の入り口は月菜に抑えられてるわけで逃げられることもできず、俺は渋々とナース服に袖を通した。


 くっそう! 股がスースーするぜ!


 それから、もちろんナース服で終わるわけもなく、俺の女装コンテストは何度も続いた。


 セーラー服、メイド服、チャイナドレス、女刑事などなどの度定番なものから、アニメのキャラクターのコスプレまで……なんだかもう、何かに目覚めそうだ。


「いいよ~いいよ~、はいっ! そこでキメ台詞!」


「ごほんっ……あんたバカァ?」


「おぉ~! すごいすごい!」


 でもまぁ、目の前で月菜がはしゃいでるのを見てると、俺のSAN値と尊厳なんてどうでもよいかと思えた。



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