第19話 あなたで本当によかった



 それから数十分後。


 さて、怖いことにもう女装するのに何も抵抗がなくなってきたところだけど、夕飯の支度をしないといけないしそろそろ帰ることにしよう。


「あ~、月菜? そろそろ終わりにしよう? いい時間だし」


「え~……」


「まぁ、その代わりってわけじゃないけどせっかくだから一緒に撮ってみない?」


 そう言って、たくさんあるプリクラを指さしてみる。


 今時こういうのはスマホアプリで撮れるようになったけど一回くらいやってみたかったんだよね、こういう所に来ることはそうそうないしせっかくだからこの機会にと思ったんだけど。


 俺の意図に気づいた月菜は、なぜかちょっと申し訳なさそうなというか、悲しそうな顔をしてた。


「ごめんね兄さん。私、写真に写れない」


「え? そうなの?」


「うん、鏡と同じで吸血鬼だから……」


 そう言われて、さっきクレーンゲームの前で撮ったヤツを見てみると……シャッターを切った時の画面には確かに月菜は写ってたのに、今は何もない空間だけの写真になってた。


えっ……待ち受けにしようと思ってたのに……。


「それじゃあ、今まで写真撮らなきゃいけない時はどうしてたの? 写らないってことがバレたら吸血鬼であることもわかっちゃうよね?」


「そういうときはなるべく写らないようにしてたよ。もしも、どうしても必要な時は限りなく写真に近い似顔絵書いてた」


「えっと、それは……」


 似顔絵……遠足とかの集合写真で来られなかった人がいた時に、その人だけ右上とかに証明写真みたいなのを貼られることはよくある悲しいことだけど、まさかの似顔絵は初耳だ。


 どういう反応していいかわからん。


「あはは、もう慣れたからそんなに気にしないで。それにあのギターケースの中だけなら何故か写れるから、どうしても必要な時はそこで撮れば大丈夫だし」


 そう儚げに微笑んで言ったことにふと、ピンとくることがあった。


「…………ん? もしかして」


 少し考えて、自分の思ったことが結構的を射てると思った俺は、とりあえずコスプレを着替えてから数あるプリクラの違いなんてわからないしぱっと見一番かわいい子がモデルになってるプリクラ機に月菜を連れて行くことにした。


 さっきの月菜の話聞いて、俄然月菜と一緒に撮りたいなって思ったし。


「兄さん、ほんとに撮るの? 私、写れないよ?」


「いいから、たぶん大丈夫だよ」


「でも、兄さん、一人でプリクラに写ってるイタイ男子になっちゃうよ?」


「うっ……まぁ、さっきまでの女装を思えばそれくらい。とにかく、一回騙されたと思ってやってみよう?」


「う~ん、そこまで言うなら」


 おずおずって感じに月菜が入ってきたの確認した後、さっそくお金を入れると撮影がスタートする……んだけど。


「……月菜、操作方法とか分かる?」


「……分かんないに決まってるじゃん」


 ですよねー……俺も月菜もやった経験ないんだから当然、どんな手順でやるとかは知らない。


 入ってお金入れたらすぐにカメラが回ると思ってた俺は、いきなり出てきたいくつかの選択画面に戸惑る。音声がガイドしてくれるけどさっぱりだ。


 背景ってナニ? シロとかピンクとか何がチガウノ?


「ええい! こういうのはフィーリングだ!」


「待って待って兄さん! なんか背景すっごい萌え萌えでハートピンクだよ!? って、もう撮影始まってるっ!?」


「え? わっ! ほんとだ! まだ準備できてないんだけど、タイムタイム!」


「兄さん見切れてるよ! もっと近寄って!」


「ちょっ! 月菜っ!?」


 ——カシャッ!


 それから、わからないながらも連続して数枚撮影した俺たちは、その後の落書きタイム? みたいのも、これまたぎこちなく、それでも楽しく終わらせて。


 そうして、できた写真は……。


「写ってる……」


「ん? どう? どんな感じ?」


 出てきたプリクラを唖然として見てる月菜の横から俺も見て見れば、そこには最初の慌てて撮られた不意打ちのやつから、普通にピースしてるやつ、徐々に慣れ始めてプリ機の指示に従ったウサギポーズやラブラブにって言われて、控えめに頭をくっつけあったやつ等々、しっかりと月菜も写ってる状態で印刷されてた。


 よかったよかった、しっかりと俺の予感が当たってたみたいで。


 それにしても、プリクラってすごいな。月菜はともかく俺の肌とか真っ白だし、派手に加工したやつとか目ん玉でっか! あれ? ここに写ってる俺、結構可愛くね? なるほど、可愛いは作れるとはこういうことか。


 そんなふうにちょっとプリクラのすごさに感心してると、興奮気味の月菜がグイグイと詰め寄ってきた。


「兄さん、私が写ってる! な、なんで!? どうして!?」


「おおう、ちょっと落ち着いて」


「落ち着けないよ! ほんとにどうやったの!?」


「ん~、吸血鬼が川を渡る時は棺桶に入って渡るって聞いたことがあってさ」


「……?」


 突然なんの話を始めたのかわからないって感じの月菜に、もう少しかみ砕いて説明すると。


 まず、吸血鬼の弱点として流水を渡れないっていうのがある。それは、月菜がお風呂に入るのや手を洗うのを苦手としてることから本当だろう。


 だから、本来吸血鬼は川を渡れない。しかし、棺桶に入ってる時は渡れるそうだ。それはつまり吸血鬼としての特性を無視できるということになる。実際に月菜も棺桶モチーフのギターケースの鏡なら写るし、中に入ってる時は写真が撮れたようだし。


 それで棺桶って、その用途とかを考えると色々あるけれど、ぶっちゃければちょっと頑丈なただの箱だと思った。それなら、プリクラ機の中も箱みたいなものだし棺桶と等しいと考えてもいいんじゃないかと思ったわけだ。


 そして、その予感は見事的中して、しっかりと月菜も写ってる写真が撮れた。


 俺の説明を聞いて、納得したように頷いた。


 そして月菜は改めて手元のプリクラを見て、ぽつりと。


「……初めて」


「ん?」


「誰かと一緒に写った写真は初めてで……」


 プリクラを優しくなぞる月菜の指に、雫が一粒落ちる。


「それが、星夜……あなたで本当によかった」


 それを聞いて、俺は胸がすごく熱くなるのを感じて、気が付けば月菜の頭を優しく撫でてた。


「そっか、そしたらまた機会があったら一緒に撮ろうな」


「うんっ!」


 その時に見せてくれた今日一番の月菜の笑顔は、写真に残せなくても一生忘れないだろう。



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