第16話 勝負しない?



 ウィーンって自動ドアをくぐると、中からゲーセン独特の色んなゲームのBGMが混ざった雑多な音が響いてくる。


 この音、慣れないうちは耳障りに聞こえてしょうがないんだよな。


 案の定月菜はその音を聞いてちょっと顔を顰めてる。


 それを横目で見つつ、俺はサッと辺りを見回す。


 ……いた。


 一番左のクレーンゲームの前に一人の男がいて、そいつが一瞬だけどチラッとこっちを、というより月菜を見てた。


 その一瞬を見逃さずに俺は、そいつにキッと睨みつけて眼を飛ばしておく。


 そうすればその男は「チッ」って舌打ちして、奥の方に離れて行った。


 これでよし、安心するのはまだ早いけど一先ずは大丈夫だろう。


『ゲームセンター・ヴァンピィ』はここらでは有名なナンパスポットだったりする。


 これがさっき言った心配事で、俺がゲーセンに入ることを渋った理由。


 見目麗しい月菜が一人でこんなところに入ったら飛んで火にいる夏の虫でカモられるのが目に見えてるからね。


 それが分かってるのか分かってないのか……たぶん分かってない月菜は、騒音にもう慣れたのか辺りを見回してちょっと興奮気味だ。


「お、おぉ……これがゲーセン! 初めて来た!」


 まぁ、でも楽しそうな姿を見てると狙われてるって言って怖がらせたくないな、このことを言うのはゲーセンを出てからにしよう。


 そんなこと思ってると、月菜が俺の方を振り返ってニヤリと笑みを浮かべてきた。


「兄さん、今から勝った方が負けたほうの言うことなんでも一つ聞くっていうのをかけてゲームで勝負しない?」


 ほう? よっぽど俺になにかさせたいのだろうか。


 いつまでも警戒してるわけにもいかないし、せっかく久しぶりに来たんだから警戒ばかりしてないで俺も楽しむことにするか。


「いいよ、ルールは?」


「お互いが交互に勝負するゲームを決めて先に二回連続で勝った方が勝利」


「おっけ。じゃあ、月菜から選んでいいよ」


 ということで俺と月菜は勝負をするために、三階に上がってアーケードゲーム等が置いてあるフロアにやってきた。


 クレーンゲーム系でもできなくはないけど、やっぱりゲーセンで勝負と言ったら直接対決ができる奴だろう。


 ちなみにこの階にもナンパ師がいたからしっかり睨みつけておいた。


 月菜に手をだすんじゃねーぞ? ああん? って感じ。


 そうしてると、月菜が一つのゲーム台の前で立ち止まる。


「兄さん、まずはこれにしよう」


「まぁ、そうなるよな~。まずは手堅くってか」


「そう、兄さんにはなんとしてもやってもらいたいことがあるから……さっきの恨みを返すために」


 え、え~……俺なんか月菜にしたっけか……?


 なんかすごい闘気をみなぎらせてる月菜が座ったのは格闘ゲームだ。


 月菜の得意分野のゲームだろうな、家でいつも大乱闘やってるくらいだし。


 俺も誘われてやるけど月菜との勝率は三割くらい、正直分が悪いことこの上ないが、まぁいい。


 いくら月菜が格闘ゲームを得意だと言ってもテレビゲームとアーケードゲームは操作方法が違う。


 そして初めてゲーセンに来た月菜と違って、久しぶりだとしても前にこれで遊んだことある俺には一日の長がある。


 そうなれば普段の勝率なんてあてにならない。それでもきっと月菜はすぐ慣れてくるだろうし、ここは速攻で攻めて攻めて攻めて直ぐに勝負を決める……よし、それでいこう! 


 悪いな月菜、大人気ないかもしれないし、月菜のお願いなら聞いてあげたい気もあるが勝負ごとなら手加減無しだ!


 ——レディー!? ファイッ!!


「ソッコーーっ! ッ!? ちょっ! まっ! あっ……あぁ……なんちゅう動きや……」


 ——K.Oッ!! カンカンカンカンッ!


 作戦通り速攻で決めようと一瞬で月菜のキャラに近づいた瞬間、まるでそれを待ってたかのようにコンボをキメられて俺のキャラはサンドバッグになって吹っ飛んで行った……哀れ。


 ていうか、ゲーセン初心者の月菜がなんでこんな一方的に即死コンボキメられるんだ。


「兄さん、甘いよ。このゲームのプレイ動画は何回も見たから、これであと一勝!」


「くそう……」


 でも、まだだ! 次は俺がゲームを選ぶ番だし。これで俺が得意なゲームか月菜が苦手なゲームを選んで、俺が勝てばいい!


 気を取り直した俺と月菜は次なるゲームを求めて席を立つ。


 さて、選ぶゲームは慎重に考えないといけないな。次月菜が勝ったらゲーム勝負で負けることになる。


 まずはどんなゲームがあるか見て回るか。新作が出てるかもしれないし。


 ということで、三階を歩いて回ってると、音ゲーがまとまってるところまでやってきてちょうどいいのを見つけた。


 これならたぶん俺が勝てるだろう。


「月菜、これにしようと思うんだけど……月菜?」


 返事がしないなって思って振り返ってみると、ちょうどドラム缶洗濯機みたいな音ゲーのところで立ち止まってるのに気づいたから急いで傍による。


 月菜はその音ゲーのプレイをジーっと見てた。


 わかる。なんかゲーセンで音ゲーやってる人のプレイってつい目で追いがちになるよね。


「……兄さん、maimaiをやってる女の子はパイパイがナイナイってほんとだったんだ」


「……やめなさい」


 確かに、服の上から見る限り、今プレイしてる子は月菜に比べれば貧相だけども、実は着やせするタイプなのかもしれないでしょう。


「それで、兄さん。次の勝負は何にするか決めた?」


「あぁ、アレにしようと思う」


「へぇ~、私はいいけど兄さんは私のもう一つの趣味を忘れたの?」


「いいや? けど、たぶん俺が勝つんじゃないかなぁ?」


「ふ~ん、じゃあまずは私がやるね」


 そう言うと月菜は俺が指定したゲームにところに向かう。


 ちなみに俺が指定したゲームは、リズムゲーだ。


 それで、月菜のアニメ・ゲーム以外のもう一つの趣味とはギターだ。


 あの月菜が持ってたアコギはただの飾りじゃなくてしっかりと弾けて、月菜にはリズム感覚がある。


 だからこそのあの既に勝利を確信した笑みなんだろうけど……それこそ甘いよ月菜。


「それじゃあ、兄さんいくよ!」


 ——MUSIC START!!


「ほっ! はっ! よっ!」


 ちなみに、俺が選んだリズムゲーはタイミングよくボタンを押すヤツじゃなく、身体を動かしてスコアを稼ぐダンスゲーだ。


 だから、いくらリズム感覚がよくても……。


「あれっ!? 右左右左……あああっ間違えた! ちょっ、ストッ……あわわわわわわっ!!」


 途中まで食いついてた月菜もやがて一つ間違えれば、手足の動きがずれ始めてグダグダな踊りになっていった。


 ——GREAT!!


「はぁ……はぁ……はぁ……これ、思ったより難しい……」


 さらに言うと、日ごろからゴロゴロしてるからだろう、終わった時にはちょっと息もたえたえになってる。


「さて、次は俺の番かな」


 そんな様子の月菜にさっき向けられた勝利を確信した不敵な笑みを同じく向けてから、俺はゲームの前に立つ。


「なによう、どうせ兄さんも私と同じように——」


 ——PERFECT!!


 これで、俺の勝ちってことで次の月菜が選ぶゲームで勝てば、このゲーム対決は俺の勝ちだ。


「……(どやぁ(σº∀º)σ)」


「むぅぅ……夜じゃないからだもん……夜だったら私だってもっとできたしっ!」


「けけけっ、負け惜しみにしか聞こえないなぁ」


「もうっ! 次は絶対勝つから!」


 既にどのゲームにするのかは決めてたのか、頬を膨らませた月菜はずんずんと向かっていく。


 そんな様子を微笑ましいなぁって思いながら俺もついていく。


 しかしこのゲーセン勝負、まだまだ始まったばかりだった。


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