第10話 ——おっふぅ!



 ——羊が二四五匹、羊が二四六匹、羊が……二四七匹。


 思ったより、羊が増えすぎて脳内牧場がそろそろ羊毛で埋め尽くされそうな頃。


 もう、何分間くらい数えてただろうか。


 ——羊が二四八匹……羊が~~二四九匹? うん、二四九匹。


 たぶん結構な時間羊を数えてたけど、そろそろ眠気もピークで眠れそうだって思った時だった。


 背後で動く気配がしたと思ったら、背中にふにゅんと柔らかいものが当たった気がした。


 ——羊が……ん? おっぱいが二五〇匹!


 瞬間、脳内牧場の羊たちが柔らかそうな双丘に早変わりして……わ~、おっぱいがいっぱいだ~。


「……え?」


 そうして、せっかく落ちかけてた瞼が完全に開く。


 いったい全体どうして突然羊がおっぱいに? と思って、そこでやっと自分の状況を察した。


 背中に感じる温もりと、身動きが取れない身体。


 そう、俺は月菜に背後から抱き着かれているのだと。


「お~い……」


「ぅ……みゅ……」


 ちょっと離れてって言おうと思ったけれど、月菜は普通に寝てるらしく、可愛らしい寝息が聞こえてくる。


 ついでに、俺を拘束してる腕の力が強くなって、さらにぎゅうぎゅうと胸を押し付けられる始末。


 ていうか、やっぱり月菜、結構ボリューミー。


 しかもこの裸で抱き着かれてるような異物感の無さ……なりほど、月菜は寝るときつけない派なのか。


 でも確か、幼馴染から寝るときにブラをつけない人は将来垂れるって聞いたな、起きたら月菜に言ってあげたほうがいいだろうか? 成長して、あの月美さんみたいになるなら必須なような気がするし…‥ううむ。


 はッ!? 俺はいったい何を悩んでるんだ! 月菜の胸が垂れるかもしれないのは問題だけど、今はこの状況をどうにかすることの方が先決だ。


 だってほら、このままこの柔らかさを堪能してたらきっと捕まるかもしれないし! ※捕まりません。


 が、月菜の拘束はちょっとやそっとじゃ抜け出せそうになかった。


 結構力を入れれば無理やり抜け出せそうだけど、それじゃあムニャムニャと気持ちよさそうに寝てる月菜を起こしちゃうかもしれないし。


「こ、これじゃあ、どうしようもできねぇ……」


 月菜は、夜になると人間よりも力が強くなるらしい。


 だからまぁ、これはこれで俺は身じろぎも寝返りもできないから、ある意味俺が変に暴走することも無くて安心だけれど…‥なんていうか、生き殺しさせられてる気分。


 もう完全に目が覚めちゃったし、この状況をなんとかしたいけど……どうしたもんか。


 と、そう考えてはじめて、事態はさらに俺の理性を追い詰めてくる。


 ——ペロッ。


 ゾクッと、一瞬だけ脊髄に電流が流れてくるようだった。


 そして生暖かいものが離れたと思ったら、少し湿ったところが空気に触れてひんやりしてくる。


 いったい何が起こったのかとパニックになりそうだったけど、フッと息が吹きかけられたことで後ろの状況が分かってくる。


 たぶん、月菜が俺のうなじを舌で舐めたんだろう。


「ちょっ、月菜?」


 これが吸血鬼ゆえの寝ている時のなんとなくの癖なのか、ただ寝ぼけてただけなのかわからないけど、これはもうこのままじゃまずいと思って声をかけるのと同時に、ちょっとだけ力を入れて寝返りをしようと身体に力を入れる。


 けど、それがまたあだとなった。


 ——かぷっ。


「うひゃいっ」


 今度はゾクッて感じより、くすぐったくて変な声が出た。


 寝返りをしようとして、ちょうど仰向けになった時に、月菜の抱擁の力がさらに強くなって動けなくなったその瞬間、耳たぶに感じた甘い疼痛。


「なっ……なななっ!?」


「はむっ……んっ……」


「——っ!?」


 これは……やばい……。


 優しく、啄むように俺の耳たぶが甘噛まれる度に、クチュッとかチュルッって音が耳元で弾けて、そのたびに月菜の吐息が耳にかかって……これが、リアルASMRか。


 って! 感心してる場合じゃなくて!


 このままじゃ俺のアレがアレしてアレになっちゃう! あとなんか……なんか、耳が開発されそうで嫌だ!


「月菜、ちょっと一回起き——おっふぅ!」


「はむうぅ~……」


 月菜の甘噛みが緩んで声をかけようとした瞬間、俺の耳たぶを甘やかしていた月菜の唇がグイって近づいてきて、一気に軟骨辺りまで口に含まれる。


 なんかちょっと気持ち悪い声出た気がしたけど、今はとりあえず月菜をなんとかして……。


「んっ……ちゅっ……」


「——っ! 月菜っ……くぅ……」


 今日、初めて気が付いたけど、俺はもしかしたら耳が弱点なのかもしれない。


 幸いなのは月菜の力がさらに強まって、良くも悪くもちょっと力を入れたくらいじゃ腕一本動かせないこと。


 きっと、こうやって拘束されてなかったら俺はナニをしでかすか分からなかった。


 それくらいに、月菜の甘噛みは正直…………気持ちい。


 甘く噛まれる度に刺激が全身を貫いて、たまに嬲るように舐めてくる舌に力が抜けて、くすぐるように感じる吐息が愛の囁きみたいで身体がしびれる。


 あぁっ! もうっ! そんな風に優しく、切なく、甘く、いじらしく、焦らすようにするのなら、いっそ……。


「……痛いくらいに思いっきり噛んでくれ」


 ——ガブリっ! (ゴリッ!)


「いっつあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!」


 それからしばらくの間、思いっきり噛んだところを直すみたいにペロペロなめられて、俺の耳が月菜によってすっかり開発され尽くされて拘束が解かれた頃にはもう、東の空が明るくなり始めてた。

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