第9話 もう寝ちゃった?
何とかあの悶々とする軽く拷問みたいな時間を俺は耐えきった。
まぁ、あの後、月菜が上がる時になって脱衣所から出て行こうとしたら、またしても「……行かないで」って言われて、すぐ後ろで美少女が生着替えしてるのに耐えることになったりしたけど。
とにかく何とか耐えきって、月菜の大好物だというふわトロ♪ オムライスを夕餉に頂いた俺たちは、お互いの部屋に入り、後はもう就寝するだけになった。
「それにしても、あれだけ美味しそうに食べてくれると本当に作り甲斐があるなぁ」
ベッドに腰かけながら夕餉の時の月菜を思い出す。
チキンライスの上に乗った閉じた卵を、グルメ番組みたいにナイフで開いて中の半熟の黄身が蕩けだした時なんて「ふあああぁぁぁ!」って声だしながら目を輝かせて。
待ちきれないとばかりに一口食べた後は「うんまぁぁぁああーーいっ!」って漫画みたいなリアクションしてくれたし。
なんというか、俺の今までの主婦力で磨かれた料理スキルは父さんのためじゃなくて、あの時の月菜の輝くような表情を見るためだけに磨いてきたような気さえした。
それに、やっぱり誰かと食べるご飯は美味しいしね。
「~~~ぁ! ……そろそろ寝るか」
声にならない欠伸を噛み殺しながら、電気を消したその時。
「……兄さん? もう寝ちゃった?」
扉を叩く音がしたと思ったら、ゆっくりと開いてパジャマ姿の月菜が俺の部屋に来た。
「これから寝るところだけど、どうした?」
ちなみに、月菜のパジャマはいわゆるネグリジェって呼ばれるやつで、黒色のそれを着た月菜は西洋の方のお姫様みたいで似合ってる。
で、そんな月菜姫さんはちょっともじもじしながら傍までやって来る。
暗くてよく見えなかったけど、その手には枕を持ってた。
「……一緒に寝ちゃだめ?」
「……」
えーっと……いや、うん、たぶん他意はないんだろう。
きっと「一緒に入ろ?」ってお風呂の時と同じでゴッキーが怖いとかそんな理由なんだと思うけど。
……でも、それでもなぁ……今日は散々月菜の女の子な部分を見てきちゃったせいで、躊躇いがあるっていうか、というか妹と一緒に寝るのは同衾になるのか?
「……だめ?」
俺がちょっと固まってると、月菜はとてもとても不安そうに今にも泣きだしそうな顔をして聞いてくる。
そんな顔されると無下にするのもこれまた躊躇われるわけで。
「一応、理由を聞いてもいい?」
「その、聞こえるの……私の部屋をカサカサって這い寄る音が」
俺の予想は当たってたけど……。
う、うわぁ……月菜は具体的に何をって言わなかったけど、今日のくだりでそれがなんなのか分かるし、月菜の言葉で想像したら、それはもう寝れんわ。
聞いたとき学校の黒板を爪でひっかいたときの音を聞いたとき以上の寒気がするわ。
「……分かった、いいよ」
ほんの少しの逡巡の後、結局俺は月菜をベッドに入れることにする。
ゴッキーの気配を感じながら寝させるなんてことできないし、そもそもあんな涙目で訴えられたら俺には月菜を放置できない。
「よ、よかった……。お邪魔します」
掛け布団を軽く捲って俺が奥にずれると、ほっと息をついた月菜が枕を置いてそこに入ってくる。
俺のベッドはそこそこ大きいし二人くらいなら割と余裕をもって入れたりするけど、完全に身体が当たらないっていうわけでもなく、足同士が触れ合って思わずピクリと身体がこわばった。
さっきドライアーをかけてやったちょっと湿った黒髪からふんわりとシャンプーの香りが漂ってきて、なんだかドギマギしそうになる。
なんだろう? 俺も同じシャンプーを使ったはずなんだけど……くわっ! これが女の子の香りというやつか!
こんな風に直ぐ真横で女子が寝るなんてこと今まで無かったためどうしたらいいかわからず、とりあえず一般的な男子が女子と寝るときに考えそうなことを考えてると、枕に頭を乗せた月菜がクルリと振り返って俺と向き合う形になった。
夜だからだろう、さっきまでは気が付かなかったけど直ぐ間近で見る月菜のぼんやりと紅みがかった瞳と目が合う。
「えへへっ、こうやって誰かと寝るの初めてだけど、なんか暖かくて安心する」
「そ、そっか。それならいいけど……」
フッと、月菜の吐息が自分の唇にかかって、改めて本当に近くにいるのだと認識する。
……正直、安心しないでもう少し危機感をもってほしいって思ったり思わなかったり。
こうやって頼ってくれるのは兄として嬉しいけど、男としてはちょっと。
そう思って、俺は心の中で自分を戒める。
月菜は俺を兄として信用してくれてるんだから、俺も月菜を妹として受け入れないと。
そう、月菜は妹なんだから! ……なんかもうこれ言い訳になってないような気がしてきた。
「それじゃあ、寝よっか」
ちょっとだけ深呼吸して努めて冷静にそう月菜に言う。
「うん、おやすみ兄さん」
「おやすみ」
そうして挨拶を交わし合った後、俺はなるべく月菜に触れないようにしながら、寝返りを打って月菜に背を向けて壁側を向くようにした。
なんていうか、さっきまで眠る気まんまんだったのに、月菜が来てすっかり目が覚めた。
それで、隣にいる月菜の寝顔を見ようものならさらに目が冴えて眠れなくなるのは自明の理。
ということでまた眠気が襲うまで、まぁ古典的だけど羊の数でも数えてよう。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹——頭の中で想像しながらゆっくり数える。
うん! なんだか直ぐに眠れる気がしてきた。
だけど、吸血鬼の女の子と同じベッドで寝るっていうことはそんなに甘いもんじゃないと、この時の俺はまだ気が付いてなかった。
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