第三章 兄妹デート

第11話 いってきます!


 月菜がこの家にやってきてから、一週間が経とうとしていた今日このころ。


 明日からは高校が始まるから今日は春休み最後になる。


 そんな日に俺と月菜は外に出かける準備をしていた。


「兄さん! 早く行こ」


「へいへい、ちょっと待ってな」


 玄関からいつもよりテンション高めな月菜の俺を呼ぶ声が聞こえてくる。


 その声を聴く俺も、やれやれ全くせわしない妹だぜって感じを出しつつも実は結構テンション上がってたりする。


 この一週間、ゴキパニックが起きたり、俺の耳が開発されたりと、まぁそれなりに事件が起きたり起きなかったりしながら過ごしてきて、お互い探り探りながらもなんとなく家でのスタンスも決まってきた。


 基本はやっぱり俺が家事をして、月菜はゴロゴロして、たまに手伝ってくれるって感じ。


 まぁ、家事は嫌いじゃないし頼られるのも悪くないと思ってるからそれはいいんだけど。


 で、なんで俺もちょっとテン上げなのかというと、さっきも言った通り月菜の生活は基本ゴロゴロでそこらへんに掃いて捨てるくらいいるニートみたいな生活だ。


 つまり、外に出るのはここに来てから初めてで、吸血鬼だけどちょっとは陽を浴びたほうがいいんじゃないのかとお母さんの心境で思ってた俺には月菜の外出は嬉しかったりする。


 それ以外にも、普段スウェットとか楽な格好ばかりの月菜だけど外出着はどんなだろうとか、そういうまだまだ知らない月菜のことを知るのが楽しみだ。


「兄さ~ん! まだ~!」


「はーい、今行く~!」


 月菜の催促の声が大きくなってきたので、足早に俺もそっちに向かう。


 今日は、ここらに引っ越してきたばかりの月菜に街を案内することになってる。


 まぁ、そんなこと言ってもこの街に特に何か有名なものがあるわけではないけど。


 それでも案内して欲しいって言われてそういうことになった。


 でもせっかくだから楽しんでほしいんだけど……さて、どっから連れて行くべきか。


 そんなこと考えながら玄関に向かうと。


「兄さん、遅い」


 我が妹、マイエンジェルシスターな月菜がいた。


 ……うん、我ながらシスコンになってしまったかもしれない……けど。


「は~や~く~!」


 まぁ、それはそれでもういっか!


 ぷく~っとほっぺを膨らませる月菜がなんと可愛いことか。


 まったく、こんなに可愛いとお兄ちゃん、もっと妹の困る姿が見たくなっちゃうぜ。


 そう思いながら普通に靴を履いて、俺も準備完了となる。


「お待たせ、行こっか」


 玄関前の鏡を見て前髪を直してる月菜に声をかける……ただまぁ、鏡に月菜は写ってないんだけど。


「う~ん……写らない……。兄さん、変じゃない?」


 鏡から視線を外した月菜が俺の方を向いたので、おかしなところがないかチェックしてあげる。


 月菜は吸血鬼だから普通の鏡には写らない。


 例外として、棺桶の中……つまり、月菜が持ってた棺桶モチーフのギターケースに付いてる鏡だけは写るらしい。


 慣れてきたとはいっても、やっぱりこういう人間と吸血鬼の違いに時々驚かされることもしばしば。


 それから、ちょこんと跳ねてた月菜の髪を手櫛で整えてあげて、他におかしなところがないか確認。


「うん、変じゃない」


「ありがと」


「いえいえ。てか、今日は妙に気合入ってるね」


「あ、わかる? どうかな?」


 くるっと俺に見せてくれるようにその場で回る月菜は、普段は特に何もしない艶やかな黒髪をワンポイント三つ編みにしてリボンをつけていて、服装は白いブラウスに黒いカーディガンを羽織って、ミニスカートで生足を……ってことはなく、ニーソを履いて露出は少ないものの、それが逆に魅力的というか。


 ……これは、悪い虫がつかないようにお兄ちゃんが監視の目を強化しなくては。


「よく似合ってるよ、可愛い」


「えへへ、今日は兄さんと兄妹デートだから頑張りました」


 あぁ……はにかむように笑う月菜がなんて可憐で可愛らしいことか……。


 しかも聞いたかい? 兄弟デートだってよ! これはますます月菜に楽しんでもらうために行くところを考えないと。


「それじゃ、さっそく行くか」


「うん!」


 軽く最初に行く目的地を決めて、玄関を開ける。


「「いってきます!」」


 図らずも月菜と声が重なって、思わずお互いに見合って、笑みがこぼれる。


 その瞬間、やっぱり兄妹っていいなって思った。




 ■■




「~~♪」


 上機嫌な月菜の鼻歌と一緒に彼女が差した日傘も月菜の心情を表すよう楽し気に揺れる。


 さっきは月菜もちょっとくらい陽の光を浴びたら? って思ったけどやっぱり吸血鬼だから日光は苦手らしい。


 だけど、あまりにも強い日差しならまだしも普通のならば多少日に当たっても灰になって消えたりはしないそうな。


 せいぜい、昼間は夜よりも力が弱くなったり、怪我をしやすくなったりって感じで弱体化するくらい。


 我が家へ来る前は夜に起きて昼に寝るっていういかにも吸血鬼らしい生活習慣を送っていたよう。


 だから家でゴロゴロしてるのも、なんとなく気力が湧いてこなくてってことらしい。


 なるほど、確かにいきなり昼夜逆転すると俺も身体がだるくなるし、月菜に無理をさせてたかと反省した。


 だから学校はまだ始まってないし無理しなくていいんだよって言ったんだけど……。


 その時の月菜、何て言って返したと思う?


『兄さんと一緒に過ごす時間が少なくなるからいい』


 だよ?


 いや~、もう、やばいね! 可愛すぎかっ!


 ……本当にシスコン街道まっしぐらだな。


 そんなこと思いながら、ちょっとにやけそうになってると、我がマイプリティーエンジェルが声をかけてきた。


「兄さん、最初はどこに連れってってくれるの?」


「ん? そうだな~、色々考えたんだけど、駅のほうに向かおうと思う」


 というか、ここは都内だけど普通に住宅街だから特に何があるわけでもないし。


 駅前なら色々あるし、その途中に見てもらいたいっていうか覚えておいて欲しいところがいくつかあるからそっちに向かってる。


「一応改めて聞いとくけど、月菜はどこか行きたいところある?」


「ん~ん、兄さんが連れってってくれるならどこでもいい」


「了解」


 相変わらず可愛いコト言ってくれるな~……いくら兄妹といっても月菜は女の子だし、あまり女子と出かける機会もないことは無いけど多いわけでもないんだけど。


『兄さん、デートのセンスないね』とか言われたら、一日はノックダウンしそうだ。


 月菜と会話しながら頭の片隅でそんなこと考えて歩いてると、さっそく一つ目の目的地に着いた。


「月菜、ここの場所は覚えといて」


「ここは、病院?」


「うん、一応父さんの仕事場だから、何かあった時の為に覚えておいて」


 そう、俺がまず連れてきたのは大学病院。


 ここら辺ではかなり大きく、最新設備とかもあるからか結構有名な病院だ。


「へ~、じゃあお母さんもここで働いてるんだ」


「月美さんもここで働いてるの?」


「うん、お母さんは看護師だから」


「……」


 ……ウチの父さんとあんな美人が何処で知り合ったのかとずっと思いつつ、なんとなくそうだろうなぁ、とは思ってたけど。


 やはり、我が父よ。


 ナースさんが好きすぎではないか。


「ちなみに、どんなナースさんだったかわかる?」


「う~ん……あ、お母さんは夜勤が多かったから"夜"のナースって言ってた」


「……」


 おいおい、我が父よ。


 なんだかルンルン気分が急に生々しくなったんだが、いい加減性癖を抑えてくれたまえ。


 今頃あの新婚の二人はいったい何をしてるのか、そんなことを考えながら駅に向けて歩きを再開した。


 ……きっと先生とナースのお医者さんごっこプレイに違いない。


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