第4話 私の本当の姿なの



 宵谷家の屋根の上に一人の少女がギターを持って座ってた。


 声からして月菜のはずだ。


 でも、その髪と瞳の色は全く違う。


 夜空のような黒髪は銀髪に、瞳の色は紅く輝いてる。


 どこかただの人とは違う人外めいた雰囲気を纏い、今日のこの夜のお姫様のような彼女の姿は言葉に表せないほど綺麗だった。


「月菜……だよな?」


 見惚れて固まってた俺は、我に返って名前を呼んでみる。


「……」


 銀髪の少女……たぶん月菜(まだ確証はもてない)は、突然リビングに飛び出してきた俺に驚いてるみたいで。


「待って!」


「……っ!?」


 逃げ出そうとしたものだから慌てて呼び止めた。


 俺の呼び掛けにビクッとして思わずといった感じに立ち止まった隙に、俺も屋根によじ登って正面で向き合う。


「えっと、月菜?」


 そう改めて呼びかけると、キョロキョロ視線を彷徨わせて……やがて逃げることは諦めたのか、小さくコクンと頷いた。


 それを見て、俺はやっと胸の内が安心感に満たされる。


「ふぅ……よかった」


 なんだ、俺の早とちりか……ほんとに誘拐とかじゃなくてよかったよ、まじで。


 そんなふうに張り詰めてた体の力を抜いてると、俯いてた月菜が少し顔を上げておずおずという感じに口を開いた。


「その……星夜、この姿は……」


「あぁ、うん。昨日と全然違うから驚いたよ。どうしたの?」


 銀髪も紅い瞳も染めてるようには見えないし、だからといってウィッグとかカツラって感じもしない。


 瞳の色もカラコンには見えない、どっちも最初からその色であったみたいに自然に見える。


 改めてまじまじと見れば、おとぎ話とかに出てくるような妖精みたいだ、なんか燐光みたいのが見えそう。


 そんな俺の視線に気づいたのか、銀髪と紅い瞳を隠すように再び俯いてぽつりぽつりと話し始める。


「これが、私の本当の姿なの」


「本当の姿?」


「そう、私は——」


 言ってることがよくわからず聞き返した俺に、月菜が次に言った言葉は衝撃的なことだった。



「——吸血鬼だから」



「え?」


 吸血鬼。アニメやゲーム、映画とかでも頻繁に登場し、人の血を吸う怪物。


 誰でも知ってる存在だけど、しかしそれは物語とか空想上のものだと思ってたのに。


 でも、もしも月菜が本当に吸血鬼なら色々と腑に落ちた。


 もしかしたらだけど、本当は俺が嫌われて避けられてたわけじゃなくて。


「じゃあ、昼間リビングに下りてこなかったのは寝てたってこと?」


「うん、起きたのはさっきだから」


「はぁ~~~~よかった」


 それを聞いて俺は思わず長い長い安堵のため息をついた。


 本当に嫌われなくてよかったよ、もしそうだったら明日からほんとにどうしたらいいかと。


 そんな風にしてると、月菜はキョトンとした顔をしてた。


「その、信じてくれるの?」


「ん? そりゃあね」


 目の前で髪も瞳も違和感なくがらりと変わってる姿を見れば疑いようもないし。


 ていうか、俺的には月菜が吸血鬼でいてくれないと『昼間降りてこなかった+吸血鬼=俺は嫌われてない』っていう式が成り立たなくなってまあ不安になってくるから。


 だから、別に疑ってないよって気持ちを込めて頷けば、今度は途端に不安そうな顔になった。


「なら、私のこと……怖くないの?」


「怖い? なぜに?」


「それは……私、吸血鬼だから普通の人間とは違う……化物」


 そう言う月菜はどこか自虐めいたようなというか、怖がってるような、怯えているような。とにかくよくない感情がこもってる気がした。


 まぁ、確かに吸血鬼は人間にとっては化物とか怪物とか恐れるような存在なのかもしれないけどさ。


 俯いて、震えてる月菜の手を握って、俺は安心させるように月菜に言う。


「怖くなんてないよ。だって、吸血鬼とかに以前に月菜は妹だから。家族になってまだちょっとだけどさ、妹を恐れる兄なんていないよ」


「……っ!」


 俺の言葉がちゃんと届いてくれたのか、ゆっくりと顔を上げた月菜にはもう怯えてるような感じはなくなった。


 けど、その代わりにその吸い込まれそうな深紅の瞳にジワリと涙がにじんできて。


「——星夜っ!」


「うおっ⁉」


 ギュッと抱き着いてきた月菜を屋根の上ってこともあって転びそうになりながらもなんとか受け止める。


「ぐすっ……うぅ……」


 たぶん、月菜は自分が吸血鬼であることをバレるのがすっごく怖かったんだろうな。


 それじゃなくたって、新しい家に新しい家族にと目まぐるしく環境が変わって、両親の二人は出かけるしで色々無理してたんだろう。


 俺は泣いてる月菜を軽く抱きしめ返して、落ち着いてくれるように頭を優しく撫でる。


 そうしてるうちにやがて嗚咽が止まって、紅い眼をさらに赤くした月菜が顔を上げた。


「落ち着いた? もう大丈夫?」


「うん、ありがと」


「まぁ、俺は月菜のお兄ちゃんだから、これくらい当たり前だよ」


「えへへっ」


 ちょっとおどけるように笑って言えば、月菜も笑ってくれた。


 初めて見せてくれた笑みは、すごく可愛かった。


 やばいな。俺、シスコンに目覚めそうだ……いや、もう既に手遅れかもしれないけど……。


 でも、まぁ、こんな可愛い天使みたいな妹ができたら誰でもシスコンになるよ! うん!


 そんな風に自分の中にシスコンの俺が「お? 呼んだかい?」って顔を出してきた言い訳を並べてると。


 ——くぅ。


 と、そんなちょっとまぬけな可愛らしい音が鳴った。


 音の発信源——月菜を見てみると、恥ずかしいのかお腹を押さえて顔を真っ赤にしてらっしゃる。


「あ、安心したらお腹すいちゃった。起きてから何も食べてなかったし」


「あー、それなら——」


 リビングにたくさん作ってあるよって言おうとして、思いとどまって言い換える。


 月菜は吸血鬼だ。吸血鬼の食事と言えばやっぱり血だろうしね。


「——俺の血でよければ、飲む?」


「え、いいの?」


 驚いたように月菜がこっちを見た。


「いいよ、血なんて今すぐ用意できないし。それにちょっと血を吸われるの興味ある」


 痛いのか、気持ちいのか、何ともないのか、献血のような感じなのか、吸血鬼モノの作品で色々違うから、実際はどんな感じなのか試してみようではないか!


 というか、今まで食事はどうしてきたんだろう? 


 なんていう当たり前の疑問が浮かんできたけど、それは後で聞くことにして、月菜が飲みやすいように軽く襟をずらして首元を開ける。


 すると、それを見た月菜がゴクリと喉を鳴らした。


 結構お腹がすいてるのかもしれない。


「ほい、これでいい?」


 月菜が飲みやすいように軽くしゃがんで目線を合わせる。


「い、いいけど……ほ、ほんとに吸うの? 首筋から? ほんとにするの?」


「うん? 構わないけど」


 なんだろう? 吸血鬼が首筋から血を吸うものだと思ってたんだけど違うのかな?


 よくわからない俺は、とりあえずそのまま待ってると。


 月菜はチラチラと何回も俺の首筋を見ながら「く、首筋から吸うのは……」とか「で、でも星夜となら……」とかぶつぶつ言って、やがて意を決したようにこっちを見た。


 どことなく顔が赤くして潤んだ瞳の月菜は、なんというかさっきとは違って恋する乙女のようでドキリとした。


「そ、それじゃあ……私、初めてでうまくできるかわからないけど……」


 なんか言い方が別の何かをしてるみたいじゃないか? こうなんか大人なアレな感じの。いやいや、ただの食事だから!


「お、おう」


 内心の動揺を隠すように、ちょっと引きつった返事をして首筋に口元を近づける月菜を受け入れる。


 やがて、まるで月菜に支配されるようにゆっくりと首に腕を回されて、月菜が耳元で囁いた。


「いただきます——星夜♪」


 瞬間、俺の身体に痛みとも快感とも取れない、まるで微弱な電気が流れてきたような刺激が走った。


「はむっ……んくっ」


「……っ」


 はじめはゆっくりと、優しく流れるような感じだったものが徐々に激しくなっていく。それにともない、俺の感じる刺激は甘くなってる気がして。


「んっ……ちゅっ……んあっ……」


「る、な……」


 なんだろう、だんだんぼーってしてきて、ただただ月菜に身を任せたくなっていくような、そんな甘い誘惑。


 気づけば俺は月菜を求めるように抱きしめてた。


 その間も「ちゅっ……ちゅっ……」と艶めかしい音が続いてる。


「んくっ……ぷはっ!」


 やがて、血を吸うことに満足したのか月菜が口を離した。なんだか俺の方が物足りない気分で。


「ぁあ……おいしっ♪」


 妖しく深紅の瞳を煌めかせて、唇についた血を舐めとるその姿は、さっきまでとは違いすごく艶やかだった。



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