☆8‐17
和室は二間あり、奥の部屋には黄佐が一人寝かされ、手前の部屋には朱雀荒神の一部メンバー、M=C、マッド=グレムリン、ユウレカ、青尉と辰生と柚姫、という大所帯が押し込められていた。
沢木が現れてからずっと、その胸に縋りついてぐずっていた速美がようやく落ち着きを取り戻し、子供らしく寝息を立て始めている。まるで親子みたいだ、と青尉は思った。
奥に繋がる襖が開き、佐藤が出てきた。青尉の注目に応えて微笑む。
「大丈夫だよ」
佐藤は真っ先に結論を言った。青尉の前の、空いている場所に胡坐をかいて座る。
「黄佐ちゃんなら心配はいらない。撃たれたと思しき場所は完全に塞がっていて、呼吸も安定してるし、それ以外の外傷は、銃創に比べたらまったく大したことない、軽い打撲程度だったから」
「そうでしたか。ありがとうございます」
青尉は深々と頭を下げた。
「いえいえ、どういたしまして」
佐藤はひょいと肩を竦めた。
「にしても、無茶したねぇ、黄佐ちゃんってば。普段あんなに冷血人間気取ってんのに」
「冷血……人間?」
聞きなれない評価を耳にして、青尉は覚えずオウム返しにした。
「そーそー、冷血人間。人当たりは物凄く良くって、良く言えば対人能力が高い、悪く言えば八方美人って感じなんだけどさ。黄佐ちゃんって、なかなか懐に入らせない感じがあるんだよねー。壁が高いっていうか、距離を保ってるっていうか。線引きがはっきりしてんだよ。ここまではいいんだけど、こっからは駄目、ってさ」
「あぁ……そうかもしれませんね」
否定する要素が無くて、青尉は頷いた。そして柚姫に後頭部をはたかれた。
「いってーな、なんだよ柚姫」
「別に。深い意味は無い」
青尉の鋭い眼光を意にも介さず、柚姫は飄々と言った。意味分かんねぇ、と青尉は呟いて、
「おっしゃっ! キタっ!」
辰生の唐突な叫び声にびくりとそちらを振り返った。
辰生は携帯を片手に、顔中を笑みで満たしていた。
「少尉! やったぞ! やった! これで全部終了だ! 綺麗に揃った! 終わった!」
「……え、何が?」
辰生が散々こちらに協力してくれたことは分かっているし、心から感謝している。その有能さには感服した。が、意味不明な言動は意味不明な言動だ。
青尉の、不審なものを見る目に向かって、辰生は携帯画面を突き付けた。そこはどうやらチャットルームのようで、
「M=C第一支部は解放――っていうか放棄された! んで、M=Cによる宣戦布告は撤回されたから……これで戦争回避完了だ!」
青尉が文字を読む前に、辰生がそう宣言した。その言葉に和室中が沸いた。M=C関係者の歓声、ユウレカの嘆き、stardust・factoryの嘆息、悲喜交々の声が一瞬だけ和室に充満し――すぐに軍武のことを思い出して――収束した。
その中で辰生の声だけが朗々と響く。
「いやぁ、良かった良かった。さすがに、ユウレカ上層部が動いたみたいだなー。M=Cの方も、あの状態で全面衝突は出来ないもんな。うん、うん。――良かった」
自分のことのように喜ぶ辰生に、青尉は何と言ったらいいのか分からなくなって、俯いた。そして柚姫に後頭部をはたかれた。
「さっきから何なんだよ、柚姫!」
「別に」
柚姫はどこまでも冷たい声をしていた。
「ただ――礼はきちんと言いなさいって、黄佐さんに散々叩き込まれてんの、私は知ってんだからな」
「っ……」
青尉は柚姫を睨み、またそっぽを向いた。
「分かってるよ、んなこと」
険悪な調子で言い合う二人の間に、辰生はからからと笑いながら顔を突っ込んだ。
「え、なになに、お礼? 礼を言われるようなことしてないんだけどなー俺。でもしょうがないなー、どうしても少尉が言いたいってんなら謹んで受け取ってやろうじゃん、あっはっは!」
「ありがとう、辰生」
言い淀むと言いにくくなる。それを分かっていて青尉はすぐさま言った。
「何から何まで……本当に、助かった。ありがとう」
改まって言われるとちょっと照れくさいな、と思いつつ、辰生は青尉に向かって握り拳を突き出した。
「いいってことよ。なっ!」
「ん」
拳を打ち合わせる。皮膚の裂けている青尉の拳に衝撃が響いて痛んだが、辛い勝利にはちょうど良い祝砲だと思えた。
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