☆8‐16 朱将side

 家に着いた頃には日は完全に暮れていた。


「青尉、そっちの二人、和室に連れていってくれ」


 朱将が呼びかけると、「分かった」といつものトーンの返事が来た。


(うん、大丈夫そう、だな……たぶん……)


 朱将はまだ少し不安を残していたが、信頼することにした。大丈夫、青尉はそこまで馬鹿でも、やわでもない。それより――


「――大丈夫か、牧野?」


 目下の心配事はこちらである。牧野は、助手席で黄佐の肩を預かりながら、顔面を蒼白にし、


「……あ、はい……大丈夫、です……」


 と、明らかに大丈夫そうではない調子で頷いた。


「いや、どう見ても大丈夫じゃねぇだろ……代償ってやつか? 何か、必要な物とかあるか?」

「いえ、あの、はい……代償、は、その……寝れば、いいんで、大丈夫なんですけど……」


 じゃあ何がそんなに苦しいのだろうか、と思った朱将の疑問に答えるように、牧野はぼそりと言った。


「……僕あの実は――血が、ちょっと、苦手で……」

「……なのに治癒能力者なのか」

「……はい」

「大変だな」

「……はい……」

「あー、えっとー、ありがとうな、治してくれて。無理させたようで、悪かった。寝るんなら和室の毛布とか適当に使ってくれていいから、とりあえず降りてくれ」


 朱将は、完全に意識を失ってぐったりしている――なのに、傷口は完全に塞がれて、血まみれになった衣服がなければ撃たれたことが嘘のように思える状態の――黄佐をひょいと背負って、車を降りた。


「あ、あのあの」


 朱将に続いて、ふらふらとした足取りで降りてきた牧野が、申し訳なさそうに言った。


「その方、その、撃たれたとこ以外にも、傷がたくさんあったんですけど……すみません、肩を治すので精一杯で……」

「それだけで充分だ」


 朱将は即答した。


「それ以外の怪我なんて、死ななきゃ治る」

「あ、そ、そうですか……」

「だから――」


 と、朱将は黄佐を背負ったまま、牧野へ向けて深々と頭を下げた。


「――本当に、ありがとうございました。あんたがいてくれたおかげで、助かった」


 助かったのは黄佐だけじゃない、青尉も、そして朱将もだった。


「あっ、いえいえ、そんな……こ、こちらこそ、お役に立てたようで、何よりです……」

「いつになく神妙だな、朱将くん?」


 玄関口から嫌味な声が聞こえて、朱将は姿勢を正し、嫌々振り返った。


「うるせぇな、いちいち突っかかってくんじゃねぇよ山瀬。暇なのか?」


 朱将の言葉をすっかり無視して、山瀬は続けた。


「青尉くんを奪還して、M=Cとユウレカの幹部、そして私を集合させて……これから、どう収めるんだ?」

「さぁな」


 朱将は肩を竦め、黄佐の方を顎で指した。


「そっから先は全部、コイツの仕事だ。俺らがやることは、コイツが目ぇ覚ますまでお前らを家に突っ込んでおくこと。それだけだ」

「……ふぅん」


 山瀬は手のひらの上で転がされている感じがどうにも嫌だったが、気を失っている奴が相手では何を言うこともできず、話を逸らした。


「――それより、朱将くん?」

「なんだよ」


 山瀬は玄関の中を指差した。


「どう収拾付けるんだ、この事態?」

「? ――……あー……」


 朱将は家の中を見て、言葉を失った。――M=Cとマッド=グレムリンの連中、ユウレカの連中、それぞれがそれぞれでぎゃーぎゃー騒いでいる。その騒ぎの所為で、疲労困憊だろうに青尉は座れもせず、能力者たちが暴れ出したりしないか気を張りながら、駆け寄ってきた辰生に感謝したり、辰生の質問攻めにあったり、柚姫に詰られたり、散々な様子だ。朱雀荒神ゴッドバードは朱雀荒神で、拓彌たちの帰還と作戦の成功に狂喜乱舞し、酒はどこだ買いに行け、などとやりたい放題。


「どうすっかな……これ……」


 なんだかもう疲れてしまった。どうにでもなれよ……、と荒んだことを朱将が考えていると、不意に居間の扉が開き、


「うるっせぇぞてめぇらあっ!」


 強大な怒鳴り声がすべての混乱を一息にかき消した。刀堂兄弟の父である軍武いさむだ。朱将より迫力ある巨体に「ひぇっ」と牧野が身を縮めた。


「近所迷惑になんだろうがっ! ちったぁ考えて行動しろっ!」


 あんたの怒鳴り声が一番の騒音だ、と朱将は思った。


「朱将っ!」

「うぇっ?」


 考えていたことが考えていたことだったので、朱将は咄嗟に変な声を出してしまった。それを取り繕うように睨み見る。


「なんだよ、親父」


 軍武は腕を組み仁王立ちになった。


「黄佐を下ろしたらちょっと来い。聞きてぇことがある」

「わかった」


 朱将が頷くと、軍武は和室の方を一睨みして――その場にいた全員がさっと俯き視線を逸らした――それから居間に戻っていった。


「っつーわけだから」


 と朱将はこの機に乗じて、家に入りつつ言った。


「てめぇら、話し合うにしても静かにしてろよ。騒いだら親父をけしかけるからな」


 なんともダサい脅し文句だが、効き目は抜群だった。人数が半分に減ったような錯覚を覚えるほど、全員が委縮し口をつぐむ。

 朱将は和室の一番奥に黄佐を下ろして、自信も腹を括った。


(……さて、親父に事情を説明しに行くとするか)


 まったくもって休んでいられない。長い一日になったものだと溜め息をついた。


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