☆8‐8 碓氷side

 M=C支部の地下でパソコンの残骸を眺めつつ、碓氷は誰にともなく問いかけた。


「データの復旧はどう?」

「もうしばらくかかりそうです」

「えー、マジでー」


 碓氷はあからさまに非難する声を上げた。部下たちがパソコンの残骸の中で、申し訳なさそうに項垂れる。


(本っ当、面倒なことしてくれたよねぇ)


 碓氷は床に散らばった破片を蹴って、頬を膨らませた。


(沢木、って言ったっけか。あいつがこんな風にばらばらにしないでくれれば、もっと早くここからおさらば出来たのに)


 本来の計画を脳内で反芻して、碓氷は溜め息をつく。APSの実験を兼ねてM=C第一支部を制圧、次いで刀堂青尉に関するデータを奪取、M=C本部が出てくるより早く痕跡を消して撤退――の予定だったのだが。物理的にぶち壊してくれたおかげで、データ復旧にかなりの時間が掛かっている。


「……ま、APSの有効性が実証されて、第二計画も同時進行できたからいいけれど」


 虚空に向けて呟く。


「警察は動けない。星屑もただのクズ。何の脅威にもならない。M=CはAPSがあるから大丈夫。最悪衝突することになっても勝てるのは確実。けどその前に、刀堂青尉を移送したいよねぇ」


 考え事を口にしてしまうのは碓氷の癖だ。


「部隊編成が整うのって何時の予定だっけ。……十九時か。んーと、そしたら、その間に出来ることって言ったら採血とあと、何だろう。ここの設備じゃ何も出来ないし。データが直ったらまたちょっと違うんだけどなぁ。ここには能力分析の能力者がいたはずだから、それを使っていないはずがないんだけど。本当、どうしてうちには能力解析能力者いないのかなぁ、研究組織なのに。テレポーターもいないし、不平等だ。いっそM=Cを吸収合併したいくらいだよ。あぁ、そういえば、刀堂家の様子は、っと――うん、変わりないね。びっくりするくらい変わりがないや。……無さすぎないか?」


 一時間前に見たものとまったく変わっていない――むしろ、影の位置すら変わっていない映像に、碓氷は強い不信感を覚えた。考えるより先に指が動く。キーボードを叩いて、刀堂家を見張っているはずの部下たちのパソコンに繋げる――と、アラーム音が鳴り響いた。

 罠だ。


「――へぇっ! 誰だか知らないけど、やってくれるじゃん!」


 画面いっぱいに広がったアルファベットを前に、碓氷は冷笑した。素早くネットワークからタブレットを切り離して、ウイルスを隔離する。駆除しながら、碓氷はつらつらと指示を並べ立てた。


「黒崎、一班連れて現場に急行。機器類の回収と監視任務の引継ぎ」

「はい!」

「データ班はそのまま、復旧をあと三十分で終わらせて」

「はいっ!」

「林ー、上に連絡。人員の配備急がせて。刀堂青尉の移送を十八時……いや、十七時には行なう」

「……はい」


 厄介になってきた情勢を、碓氷は酷薄な目で見ていた。


(やめてほしいなぁ本当に。こういうの僕、大っ嫌いなんだよねぇ。大体、悠長にしてる上も気に入らないし。せっかくAPSを開発したんだから、それを使って七大組織を全部傘下に収めちゃえば、丸く収まるのになぁ、馬鹿だなぁ。僕みたいな優秀な研究者を前線に出すってのもアホらしいし)


 思いながら、その手はものすごいスピードでタブレットの上を動き回っている。超絶技巧のピアニストのような指さばきが、やがてぴたりと止まった。


(……っと、はい、駆除解析完了ー。さーて、どこの馬鹿がこんなウイルスを仕掛けてくれたのかなーっと)


 表示された名前を見て、碓氷は動きを止めた。


「――……《いず・いっと・ごーすと?》……」


 《幽霊か?》というふざけた名前に、碓氷は聞き覚えがあった。いや、しかし、それはただの噂でしかない、何の信憑性も無い都市伝説じみたものだ。《IS IT GHOST?》――ユウレカ内部に、あるかどうかも定かでない極秘の諜報部局が使用するらしい、工作用のハンドルネーム――


「まさか……」


 ――まさか、内部に、裏切り者がいる?


 生来の癖でも、その考えは声にならなかった。


「……碓氷さん」

「何」


 林に話しかけられて、碓氷は苛立ちを隠そうともせずに聞き返した。


「……部隊の潜伏先が、何者かに襲撃されているそうです」

「はぁっ?」

「その所為で、配備が滞っていると……」

「はっ」


 碓氷は鼻で笑った。


「ほんっと、使えない。それで?」

「……チームα、β、γがこちらに向かっています……彼らと合流し次第、ここを放棄し、刀堂青尉の移送任務に付くように、と」


 碓氷は高らかに舌を打った。やはり、戦争なんて臆病な上の連中には出来なかったか。


「了解。データ班、援軍の到着までに復旧できなかったら全員クビだからね」

「はいっ!」


 決意を滲ませた声を背に、


(威勢のいい返事なんかより、結果で示せっての)


 と心中で吐き捨てながら、碓氷は部屋を後にした。


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