☆8‐9 星屑side

 警察署内はいつになく緊迫した雰囲気で、老若男女を問わず、刑事やら何やらが慌ただしく走り回っていた。それもそのはず、今日は『ユウレカ』と『マッド=コンクェスト』の二大組織が正面衝突すると噂の日なのである。その話がまことしやかに囁かれ出した今朝から、彼らは様々な局面を想定しての対応に追われていた。


「さぁわしぃろさぁ~ん」

「西浦、てめぇ腑抜けた声出してんじゃねぇ」


 澤城の厳しい叱責にも、西浦は一ミリたりとも動じない。もうすっかり慣れているし、何と言われようと二十数年この口調でやってきているのだ、直すには遅すぎる。そしてそれよりも重要なことが彼にはあった。


「今ぁ、朱将くんからメールが来たんですけどー」

「おぉ、何だって?」


 マッド=グレムリンやマッド=コンクェストに関する情報だろうか、と澤城は身を乗り出した。


「なんかぁー……」


 西浦は少しだけ言い淀んで、怒られる前に素早く言葉を繋いだ。


「今から、来るそうです。ここに」

「はぁっ? このクソ忙しい時にっ?」

「ていうか、もう来てるって――」


 と、言いさしたその時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは話題のまさにその人。


「ちは、澤城さんいますか?」

「……おう、朱将」


 澤城は苦々しい顔を隠そうともしなかった。


「何の用だ」


 朱将はずかずかと部屋に踏み入り、澤城の前まで来ると、単刀直入に言った。


「今回の能力者組織の戦争、サツはどう動くんすか?」


 やはりそのことだったか――澤城は無愛想に答えた。


「教えられるわけねぇだろ、機密事項だ。そんなこと聞きに来たのか?」


 朱将は辺りをくるりと見回しながら、


「いや、俺はただ、交渉をしに」

「交渉?」


 思わず鸚鵡返しにしたのは、“朱将”と“交渉”というワードが上手く結びつかなかったからだ。


(“話し合い”に“なぐりあい”ってルビ振るような奴が、交渉だと?)


 しかし朱将ははっきりと首肯した。


「あぁ。stardust・factoryの連中って、今います?」

「いるんじゃねぇのか?」

「そっすか。どうも」


 と、あっさり背を向けた朱将。

 思わず澤城は声を上げた。


「おい、それだけかっ? 朱将! てめぇら一体、何考えてやがるっ!」

「別に――」朱将は半身振り返り、ニヤリと笑った。「――悪いことは、何も」


 明らかに考えている笑みだと誰もが思った。




 警察署の最奥部、stardust・factoryのために設けられた『特殊事件担当課(仮)』の扉は、思い切り開け放たれていた。閉めるのが面倒くさいのか、そんな暇ないほど忙しいのか、おそらくはその両方だろう。朱将はそれを言い訳に、ノックもせず踏み入った。


「失礼」


 大声を上げたつもりはなかったのだが、腹の底から出た声は、室内の喧騒を一息に押し流した。

 その場にいた全員の視線が朱将1人に注がれる。


「山瀬はいるか?」

「……君か」


 一番奥の机に向かって何かをしていた長身の男――山瀬が、振り返って朱将を睨んだ。


「何の用かな?」

「この戦争、お前らだけで止められるもんじゃねぇだろ」


 ばっさりと切り込まれ、山瀬は一瞬言葉に詰まった。事実、stardust・factoryは七大組織の一つとはいえ、まだまだ新参の末端である。ユウレカやM=Cに比べたら、自衛隊と自警団ほどの差があった。が、それを素直に認めるような山瀬ではない。


「そんなことは――」

「止めてやろうか? 俺らが」


 山瀬を遮って、そう言い切った朱将に、辺りがざわめく。

 山瀬は眉根を寄せた。


(……手伝ってやろうか、ではなく、止めてやろうか、だと? 青尉くんが出てくるのは確実だろうか、何を考えての提案だ? 確かに、青尉くんがこちらに加わってくれれば、確実に戦争は終わらせられるだろうが……あんなに、こちらへ協力するのを嫌がっていた彼らが、何故、突然?)


 考え込む山瀬を余所に、朱将は自分の携帯をちらりと見て、室内を見回すと、


「――あぁ、いたいた。あんたか」


 と、一人の男を指差した。


「山瀬、コイツ貸してくれ」

「へっ? じっ、自分ですかっ?」


 指された方は大いに狼狽えて、縋るように山瀬を見た。山瀬はその視線に応えることなく、朱将を睨み見た。


「……何を考えている? 朱将くん」


 朱将は面倒くさそうに肩を竦めた。


「別に、俺は・・何も。めんどくせぇから簡単に話すぞ。お前らは俺らに治癒能力者を貸して、あとは大人しくしてる。俺らは戦争を止めて、それを全部お前らの手柄にする。っていう提案だ」

「なっ……」


 ――る、ほど。と山瀬はこっそり舌を巻いた。こちらが正式な課となるための実績を欲しがっていること、しかしそのための戦力が足りないこと、それらを承知の上での提案らしい。あくまで“取引”という形をとってはいるが、これでは実質――。


「別に、乗らねぇってんならそれでいい。こっちだけで勝手にやるからな。ただ、治癒能力があれば何かと便利っつーか、青尉がまともに戦えるようになるから、万が一を無くせるってだけだ。――で、どうする。何なら、お前もくっついてきていいぞ、山瀬。仕事はねぇけど」


 さぁ、決めろ。と高圧的に言われ、山瀬は溜め息をついた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る