☆8‐7 朱将&辰生

 朱将と辰生が勝手口から家を出て、拓彌と良平に合流したのは、午後一時十分頃のことだった。場所は家からそう遠くないところにある、アパートの屋上である。拓彌と良平は、その給水タンクの陰に身を潜め、ここより一階分ほど低い隣のアパートを見張っていた。


(「おう、朱将、こっちだ」)

(「あー……確かに、いるな」)


 男が五人、家のある方に向かってカメラを構え、何かを撮っている。彼らは普通の大学生のようなラフな格好をしていたが、談笑する気配は無く、映画同好会やバードウォッチング部のようなものでないことは明らかだった。そのすぐ足元にパソコンが置かれていることから、映像は撮ったそばから別の場所へ送信されていることが察せられた。


(「さっさと制圧するぞ。映像については、黄佐に言われた通りに頼む」)

(「はい、了解っす」)

(「よし、行くぞ」)


 そう言うや否や、朱将は弾丸のように飛び出して、一階分の高さなどものともせず、一息に隣の屋上へ飛び移った。


「あー、これ、俺らの出番はねぇな」

「そうッスねぇ」


 拓彌と良平はあっけらかんとそう言って、ポカンとしている辰生の肩を叩いた。


「あれが農高の赤鬼ってやつよ。慣れろ」

「常識とかゆーのは捨てた方が楽だぜ」

「あ……えーと……はい」


 あっさりと制圧された隣の屋上で、朱将が『早く来い』と手招きした。




 朱将に指示され、気絶させた監視者たちを車へ運んでいく拓彌と良平。最近こんなことばっかやってるなぁ俺ら、との呟きは誰の耳にも届かなかった。それを尻目に、辰生はパソコンに指を置いた。


「あー、ばっちり写されてましたね。あ、どうやらコイツら、ユウレカの人間らしいですよ」


 と辰生は独りごちながら、素早くキーボードに指を走らせた。そして三十秒と経たない内に作業を終える。


「よし、これで、少し前のを繰り返し流し続けるようになりましたんで、一安心です。ついでに、中のデータ片っ端からコピーして……なんか怪しいのとかあったら報告します。あ、あと、GPSとか入ってる可能性があるんで、携帯とかパソコン類は全部ここに置いてったほうがいいと思いますよ」

「あぁ、分かった。……にしても、すげぇもんだな」


 その手際の良さたるや、プロのようだと朱将は思った――何のプロだか知らないが。


「あんたが来てくれて助かった。俺はそういうの向いてねぇし、黄佐にもそこまでの技術はねぇから」


 素直に褒められて、辰生ははにかむように笑った。


「いやぁ……パソコンいじるのは趣味なんで……」

「青尉と話し合わねぇだろ。あいつもパソコンの類は苦手だし」

「そんなことないっすよ。確かに、パソコンとかネットの話は全然しませんけど――」


 いや、していたかもしれない。それもかなり一方的に。でも、


「――少尉は、どんな話も律儀に聞いてくれるんで。本当、良い奴です」

「当然だろ、俺らの弟だからな」


 間髪入れずに断言された。


(ブラコンなのは青尉じゃなくて、お兄さんたちの方かもしれない。なんて、言ったら殺されそうだけど……)


 そんな風に思いながら、辰生は「そうっすね」と頷いた。その時だった。大量のファイルの中に、何か不可思議な文字列を見つけた。


「……ん? 何だこのファイル……?」

「おし、撤退するぞ、辰生」

「あ、はい!」


 朱将の指示に、辰生は慌てて立ち上がった。


(あとで黄佐さんに聞いてみよう。やけに厳重に保管されていたから、もしかしたら、とても良いものを見付けてしまったのかもしれない……あんち・ぷしちく・そにく……和訳したら何になるんだろう?)


 万全の仕掛けも施した辰生は、意気揚々と立ち上がった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る