【第七夜】刀堂青尉と兄貴たちの受難

☆7‐1 朱将side


 十二時になる数分前。

 元パークウェイだった、南側の山の周囲を巡る道路。その麓の駐車場に、二十名ほどの走り屋たちがたむろっていた。言うまでもなく、『朱雀荒神ゴッドバード』の連中である。凍り付くような寒さの中、今から飛ばそうというらしい。とはいえ、風邪をひくことは万に一つも無いだろう。

 リーダーである青木拓彌たくやが、中央でバイクの上に胡座をかき、煙草をふかしている。


「うっし、そろそろ行くかぁ!」


 怒号のような雄叫びを銘々に上げつつ、出発の準備を始める。


「拓彌さーん」


 相変わらず、もこもこに着膨れている良平が、とてとてと拓彌に近寄ってきた。


「あ? んだよ、良平?」

「あいつらッて、パンピーッすかね?」

「あぁ?」


 良平が指差した方向を見ると、駐車場の入り口付近に、四つか五つほどの人影があった。暴走族のチームを恐れることなく、むしろ真っ直ぐこちらを目指してくる様子は、明らかに、一般人からはかけ離れていて。


「……良平。朱の大将に連絡入れろ」

「ッ! ――うッす」


 その頃には、ほぼ全員が謎の来客に気付いていて、リーダーが臨戦体勢に入ったのを察しそれに倣っている。

 かろうじて点いていた小さな売店の外灯が、たちこめる殺気にたじろいで意識を飛ばした。




 朱将あけまさの携帯が鳴り出したのは、さてそろそろ寝ようかと、腰を上げたその瞬間だった。酷く焦った様子の良平が、いつもより『ッ』の勢い数割増しで現状を説明してくれた。


『朱将さんッ! 朱将さんッッッ!』

「良平か。どうした?」

『大変ッス! まッど……まッど、何でしたッけ?』

「グレムリンのことか?」

『そう! そうッス! そいつら、来たんス! 来たんスよッ!』

「何処にいる?」

『いつもの飛び台ッスッ! うあッ、もう始まッたッス! 数は五! 全員 男ッス!』

「分かった、すぐに行く。作戦通りにやれよ」

『うッッすッ!』


 気合の入った返事を最後に、通話が切れる。朱将は準備をしながら、片手で西浦の携帯に繋いだ。


『――ふぅーい、にーしうーらでぇーすぅ』

「ばんわ。当直?」

『うーん、そーうだよぉー。どーしたんー?』


 眠さの所為か、いつも以上に伸び伸びした口調の西浦。澤城さんがいたら問答無用でぶっ叩きそうだ。


「今、拓彌たくやたちから連絡が来ました。マッド=グレムリンの連中が来たそうです」

『……』


 おたまじゃくしでも無理に飲み込んだような間を置いて、西浦は覚醒した。


『場所は?』

「パークウェイ麓の駐車場」


 上着を洗濯物の山から掘り出しながら、朱将は間髪入れずに続けた。


「それでですね西浦さん。stardust・factoryの奴ら、止めておいてくれませんか?」

『えー? それって結構めんどくさいんだけどー』


 西浦の渋い顔が目に浮かぶ。

 朱将は片手を立てて拝んだ。


「そこをなんとか、頼みます」


 それが見えたわけではなかろうが、しばし悩んだ末に、西浦は承諾した。


『分かった、出来る限りのことはしてみるよー。その代わり、今度なんか奢ってねー』

「今の時期は白菜っすね。ほうれん草とかもありますけど」

『えー、まさかの素材ー?』

「料理にまでしましょうか?」

『わーお、お心遣いありがとー。んじゃ、朱将くんの手料理のために、いっちょ頑張るかなー』

「理由きもいっすね」

『作るっつったのそっちだろー。あはは』


 けらけらと笑って、『じゃあ、お互いの健闘を祈るー』と、西浦は通話を切った。

 一つ目の根回しは完了した。玄関を閉め、鍵を納屋に放り込み、バイクを引っ張り出してくる。仕事用のスーパーカブではなく、昔使っていた走り用のバイクである。昨日の内に整備しておいて正解だったな、と心の中で頷いて、二つ目の根回しへ。

 二つ目の電話はなかなか繋がらず、朱将はバイクにまたがってやきもきする。


『――はーい、どしたの朱兄あけにぃ?』

「出るのが遅ぇよ黄佐。まだ飲み会やってんのか?」

『んーん、今終わって、友達ん家行って二次会だっつってんの。あ、帰った方が良ければ帰るけど?』

「そうか」


 その口ぶりからして、あまり気が合わない連中に誘われたんだろうな、と察した朱将は、遠慮なく頼んだ。


「マッド=グレムリンが拓彌んとこに来たらしい。怪我人が出るだろうから、うちで処置してくれないか?」

『いいよー、喜んで!』


 即答だった。


『あ、でも、うちでいいの? 青尉にばれちゃうよ?』

「……それはもういい。山瀬のくそ野郎にバラされた」

『あっちゃー。んで、朱兄は青尉と一戦交えたってわけね?』

「なんで知ってっ――」


 ――瞬間、鎌を掛けられた、と自分でも分かった。

 電話口の向こうから呆れた空気が伝わってくる。


『うわぁ、マジでやっちゃったんだ。気を付けろって言ったのに。で、何? 青尉、部屋とか籠っちゃったりしちゃってる?』

「お前はいつの間に能力者になったんだ……?」

『大当たり、ってわけね』


 黄佐は溜め息のような苦笑をもらした。


『じゃあ、しばらく放っといた方がいいよ。部屋から出てきても、向こうから何か言い出さない限り、こっちからは蒸し返さないで普段通りに接すること。で、朱兄はこれから、マッド=グレムリンとやらと喧嘩してくんでしょ? 拓彌さんたちも一緒なんだよね。いい、朱兄、絶対に大怪我しちゃダメだよ。朱兄が骨折でもしたら、青尉にも家計にも大打撃いっちゃうから。朱兄は強いから大丈夫だと思うけどさ。相手は能力者だけど、その前に同じ人間なんだって、話したよね?』

「ああ、分かってる。怪我には気を付ける。んで、負ける気はない」

『それでこそ朱兄だよ! じゃ、俺、今すぐ帰るから。じゃーねー』

「ああ」


 通話を終える。僅かに溜め息。


(本当、黄佐と話してると、母さんと話してる気になってくんだよな……最近ますます酷くなってきた……)


 などと思いつつ、携帯をポケットにしまいこんで、バイクのエンジンをかける。深夜の住宅街には相応しくない音が響き始め、朱将は凶悪に頬を吊り上げた。血が滾る感じは久しぶりのものだ。

 朱将はクラッチを切るとほぼ同時にアクセルを開け、無駄な音も動きもなく、闇夜に飛び込んだ。




 同時刻。刀堂家の斜向かいにある小さなボロアパートの一室に、朱将を監視している男――成島がいた。朱将が動き出したのを感じ取って、食べかけのアンパン――張り込みの基本はアンパンと牛乳である。そしてそれは、血糖値低下という『代償』を補うためのものでもあった――を置き、電話を繋ぐ。


「あ、もしもし、山瀬さん? 対象に動きあり、です。バイクでどっか行きそうです」

『追えるか?』

「おそらく」


 成島の脳内にはマップがあり、GPSのように捕捉対象の位置を示す赤い光が点滅している。効果範囲は半径200m以内。多少の移動なら効果を維持したまま、決して気付かれることなく尾行できる。

 ところが、成島が部屋を出て車に乗り込んだその時だった。朱将が動き出した――とんでもない猛スピードで。


「えっ? 嘘! もう効果圏内抜けられたっ?」


 高速移動する赤い点はあっという間にマップから飛び出し、残像が彗星のように尾を引くのみである。一瞬で見失った成島は、嘆いてハンドルに突っ伏した。


「――あれは絶対、道交法違反してますって、山瀬さーん……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る