【第三夜】刀堂青尉の周りの人々
☆円谷辰生の昼休み‐1
市内を騒がせたテロ事件から、一夜が明けた。
(あぁあ、青尉のやつ、今日も休みかー。つっまんねぇのー)
巻き込まれたもう一人、望月
「はぁー……あ?」
ぽんっ
軽快な電子音がメールの受信を知らせた。
(なんだ、ニヤ動のお知らせ通知か)
青尉でも望月でもなくて、辰生は少しがっかりした。
しかしその内容を見て目を見開いた。
(ハンニバルさんの能力者バトル検証動画! マジか、キタコレ!)
ハンニバル、というハンドルネームで活動しているその人は、能力者について調べまくっている一般人、いわば辰生の同志だ。能力者バトルの動画を集め、編集し、的確な分析を組み込むことで有名なユーザーである。辰生と彼とは、お互いチャットなどを通して情報交換や分析をし合うような仲だった。
辰生は嬉々として動画サイトにログインした。ハンニバルさんからメッセージが来ている。
『りんどぶるむさんへ』
りんどぶるむ、というのは辰生のハンドルネームだ。
『今回の動画はなんと、自ら撮ってきたものです! 幸か不幸か、偶然にもマッド=コンクェストが起こしたテロ現場に居合わせてしまいまして……。怪我はありませんでしたが、めっちゃ怖かったです(泣)ただ、おかげで能力者バトルを間近で観戦・撮影することができましたー! 病院行ったり会社行ったりしていた所為で編集が遅れてしまいましたが、もし良かったらご覧下さいませ! また能力者について語りましょう(*^^)v それでは、失礼します!』
読み終えて、辰生は苦笑した。
(相変わらずテンションの高い人だな。会社員みたいだけど、普段からこのテンションだとしたらちょっとウザったいかも。でもまぁ、情報や分析の正確性という点においては信用できる。それも、今回は自分で撮ってきた、って……これはかなり期待できるね)
逸る気持ちを抑えて適当に返信を打つ。付き合いは良くしないと、貴重な情報を逃す原因になる。
「よーし、オッケーオッケー。では、さっそく、っと」
辰生はいそいそとイヤホンを装着して、動画の再生ボタンを押した。この動画サイトはコメントを自由に打てるのが一つの楽しみであるのだが、見にくくなるから一週目は非表示設定。二週目から批評に参戦する。
しばしのロード時間をおいて、動画が始まる。再生時間は四十分弱。うち、最初は普通に全ラウンドを流して、残りは一時停止やスローを多用した解説をするのが、ハンニバルさんの特徴だ。
コンビニの中から撮っているようだ。見覚えのある風景が広がっていて、辰生は眉を顰めた。
(あれ? ここ、駅前じゃないか? ってことは……これ、昨日の『マッド=コンクェスト』のテロ事件か! っつーことは……へぇー、ハンニバルさん、この辺に住んでるんだ)
昨日のテロの動画なら、他の動画サイトにもいくつか上がっていた。もちろんすべてチェック済みである。けれど、昨日の時点で上がっていた動画は全部ビルの上からの撮影で、戦っている人たちの顔はもちろん、立ち回りも良く見えなかったし、聞いてもいない感想やら意味のない喚声やらが入っていてイラつく上に、カメラワークが素人すぎて、辰生としては非常に気に入らないものばかりだった。
それに比べて、ハンニバルさんのこの動画は。辰生はここが学校であることを忘れて頬を緩ませた。
(真横からの撮影、完璧なカメラワーク、変にズームしたりきゃあきゃあ言ったりしない――うわ、さすが、もう、最っ高じゃんか!)
ついつい、我を忘れて見入ってしまう。
激闘を演じているのは、過激派異能力組織『マッド=コンクェスト』と一人の青年である。数十名の組織の人間が青年を囲って、四方八方から攻撃を加えている。多勢に無勢の状況で、しかし青年は落ち着き払っていた。
(へぇえ、戦い慣れしてんな、コイツ)
辰生は感心した。
(たぶん、コイツ、学生だよな? 紺のズボンが制服っぽい。ネックウォーマーで顔を隠しているからよく分らないけど、同い年くらいじゃないかな。でもまー、一人でよくやるなー。むしろ、数の多い『マッド=コンクェスト』の方が、連携を上手く取れなくて焦ってる。数の利をまったく活かせていない。あぁあ、過激派といえども、まだまだだな)
上から目線の批評を入れつつ、動画に集中する。
唐突に轟音が響き、画面が真っ白になった。
(雷撃?)
誰かの悲鳴がずいぶん近くから聞こえた。たぶん、ハンニバルさんの声だろう。
画面が徐々に元に戻る。戦場には大きな変化があった。標的にされた青年はそのまま立ってるのに、『マッド=コンクェスト』の前衛連中は二人しか残っていなかったのだ。
(おおおお、すげぇ、何をどうやったんだ?)
辰生の理解が追い付くのを待たずに、バトルは進んでいく。
残った二人は赤メッシュと坊主頭だ。赤メッシュは風系の能力者か、よく見ると髪や服が異常な動きをしている。坊主頭はテレキネシストで、後衛。二人になって連携が上手くなってる。けれど、青年を仕留めるには至らない。
(それにしても……)
辰生は画面を注視し、眉をひそめた。
(コイツの能力、これ、いったい何なんだ? 黒っぽい……アメーバ状の物体を操ってるみたいだけど、これは何なんだろう? 手には剣も持ってるし……)
ふいに、磁力を利用した砂鉄の剣が脳裏に浮かんだ。昔のマンガに出てきたものだ。たとえば彼が電撃使いだとしたら、さっきの雷を無傷でやり過ごしたのにも頷ける。が、それならどうして電撃で制圧しない? 剣でちまちま倒していくより簡単だと思うが。
(……代償と制限の関係、かな?)
思考を断ち切るように、再び、轟音。
『うわぁああ!』
破砕音。
画面が大きく揺れる。どうやら、ハンニバルさんのいたコンビニに青年が突っ込んできたらしい。
(めっちゃ危険じゃん! ……それでも撮影を止めなかったのか、ハンニバルさん……流石っす)
砕け散ったガラスの中で、青年が身体を重たげに持ち上げようとする。苦しげに肩を上下させるのを見て、辰生は自分まで苦しくなってきてしまった。
(あ、ネックウォーマーが落ちた! ……? あれ? 何か、コイツ、見覚えがあるような、無いような……?)
ぴこぴこぴこーん、ぴこぴこぴ〜
入店時に鳴る電子音が場にそぐわぬ陽気さでメロディーを歌い、入ってきた赤メッシュが青年に近付く。
腹の辺りを蹴られた青年が、力なく転がってドリンクボックスにぶつかった。
『ひぃっ!』
『いようし、一丁上がりぃ!』
ハンニバルさんが息を飲み、赤メッシュが楽しげに拳を鳴らす。
倒れている青年は、まだ意識を失っていないらしい。動画では頭頂部しか見えないが、少しその頭の角度が変わって、赤メッシュを見上げる体勢になったのが分かる。
一瞬。赤メッシュの動きが止まった。表情はよく見えないが、たぶん怒っているんじゃないかと、雰囲気で思った。
赤メッシュが青年の胸ぐらを掴み、持ち上げた。辰生は一瞬(うわ、すげー怪力!)と思ったが、直後に(あ、能力使ってんのか)と思い直した。
胸ぐらを掴まれ、足が浮かんでいる状態で、それでもまだ青年は睨んでいたらしい。相変わらず顔はよく見えない。
『んだよてめぇ、その目はよぉっ!』
赤メッシュが一声、そう叫ぶなり、片手で青年を軽々と投げ飛ばした。
辰生は息を飲んだ。
(お、おいおい、大丈夫かアレ。大丈夫なのか?)
激突したような音がして、カメラが二人を見失う。コンビニの一番奥の通路を通って、ハンニバルさんが移動する。
(……ん? 今そこに座ってたの……?)
望月だったような気がした。気のせいかもしれないが。
確認する間もなく、カメラは赤メッシュの方を向いた。赤メッシュは、再び倒れて、今度は意識も失ったのか微動だにしない青年の横で、何やらごそごそやっている。
『――……トウドウ?』
右のイヤホンから、小さいが聞き慣れた声がした。
その声に反応して、赤メッシュと青年がカメラの方、正確には、カメラの横の方を見る。
青年の顔がはっきりと映し出された。
それを見て、辰生は、
「……嘘だろ」
思わず呟いていた。
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