☆円谷辰生の昼休み‐2
思わず呟いていた。片手で口を塞ぐ。そうでもしないと、大声で喚き出してしまいそうだった。
「少尉……?」
『へぇーえ、もしかして、コイツのクラスメートだったりするわけぇ?』
赤メッシュが下卑た笑いを口元に浮かべる。すすす、とカメラが移動して、赤メッシュと新たな標的を両方写せる位置取りになった。辰生はまた息を呑んだ。
(気のせいじゃなかった、望月だ! ……もしかして、コイツに何かされて、今日も休んでるのか? 詳細を聞いたらまずかったか? いや、だって、まさか、こんなに深く関わっているとは、知らなかったから……)
動揺する辰生に、さらに追い打ちをかけるように、
『そんなに女子に飢えてんのか? このクズ』
青尉の声が言った。
赤メッシュが振り返り――『……あ?』『お前さぁ、今の自分の立場分かってんのかぁ? あぁ?』『そんな状態でよくもまぁ、くそ生意気な物言いが出来たもんだなぁオイ。てめぇの命、今、俺の手の中。はっ、クズはてめぇの方だろ、この、クソガキがぁっ!』――手ではなく、足が上げられる。
辰生は奥歯を噛み締めて、容赦なく振るわれる暴行の様子を見ていた。別に辰生は、バイオレンス物は苦手ではない。スプラッタもホラーもどんと来い! と公言しているし、むしろ自ら好んで観る傾向がある。しかし、どうしてその被害者が自分の知り合いだと、こうも身体中が痛くなるのだろう? 青尉が能力者だった、という衝撃は確かに今も衝撃的だが、そんなことより赤メッシュを憎いと思う気持ちの方が強くなっていた。
青尉が動かなくなる。
『ふんっ、手間ぁかけさせやがってよぉ、ったく』
『おいっ、ニシっ、何遊んでやがる。済んだなら早く来い。サツの連中が集まり始めやがった』
『マジっすかぁ? すんません、今行きやぁっす』
『
『いやぁ? 殺ったつもりはねぇっすよ。結構蹴りましたけど、まぁ〜、人間そう簡単にゃ死にませんて』
『じゃあ、大人しいうちにさっさと縛っちまえ。目ぇ覚ましたら、また絶対暴れだすぞ』
『うぃーっすぅ。ま、目ぇ覚ましたところで、武器は全部奪っちまいましたからねぇ〜』
物騒な会話が交わされる。辰生は顔色を悪くした。
(おい! おいおいおいおい、少尉! おま、お前、何やってんだよ! そんな奴らに負けんなよ! 少尉!)
その時だ。
画面の隅を何かが掠め飛び、赤メッシュの後頭部に当たった。赤メッシュが振り返る。視線が青尉から外れる。その隙に青尉が立ち上がった。
『っ、まさかっ、』
などと赤メッシュが言った時には、青尉はすでにカウンターの上にいた。
(しゃあっ!)
見ていた辰生は思い切りガッツポーズをした。青尉の飛び蹴りが完っ璧に入ったのだ。
「行けっ!」
小さく呟く。まるで辰生に応えるように、青尉はどこからともなく漆黒の日本刀を取り出して、坊主頭に斬りかかった。流血を覚悟したがそれは無かった。峰打ちだ。からの、ハイキック。まるで格闘ゲームを見ているかのような鮮やかなコンボに、辰生は息をするのも忘れる。
坊主頭を下し、バックステップ。刀を拾って一閃。飛んできた火球が打ち払われた。
(危ないっ!)
赤メッシュが起き上がって、青尉の背後から忍び寄っていた。思わず身を乗り出す辰生。青尉が赤メッシュの影に隠れる。
次の瞬間、赤メッシュの身体が宙に浮いた。
「っ?!」
辰生は目を剥いた。背負い投げにしては荒々しすぎる。だけど青尉は赤メッシュを床に投げ落とし、素早く立ち上がって前を睨んだ。
火球を飛ばしてくる能力者が入口に立っている。
『退けよ、『マッド=コンクェスト』。俺はお前らには絶対に負けない。まだやる気があんなら付き合ってやるけど、これ以上やり合って、お前らに何かメリットあんのか?』
(おおおおおお、かっこいいぃーーーっ! 一度でいいから言ってみたいぜこんな台詞!)
辰生は興奮して足踏みをした。
あまりに興奮していたせいだろう、クラスメートが寄ってきて、辰生の視界に入った。
「何見てんだ、辰生?」
「……え? あぁ、能力者バトル」
「またそれかよお前」
「昨日あった、っていう、駅前のテロのやつか?」
「そう、それ」
「青尉が巻き込まれたんだって?」
「あー……えっと、巻き込まれた……うん、そう、みたい?」
巻き込まれたどころか、制圧までしちゃってんだけどね――と、辰生は言うに言えず、言葉を濁した。
橋谷が首を傾げた。
「なんだよその微妙な言い方。お前何か知ってんのか?」
しまった、怪しまれたか。辰生はどうやって誤魔化そうかと考えて、咄嗟にスマホの画面をちらりと見てしまった。『マッド=コンクェスト』の連中はもういなかった。画面の中央に、青尉が背を向けて立っている。動画はこれで終わりだろうか?
その時不意に、青尉が振り返った。カメラを睨んで、そこでようやく動画が停止する。
(っと、やべぇ!)
辰生は焦って動画を止めようとした。
が、遅かった。
「えっ、ちょ、おいこれ、青尉じゃないか?!」
案の定橋谷が目敏く気付いて、大声を上げた。途端に辺りが騒がしくなる。
「辰生、今の、今のところに戻せ!」
「え? あ、ううん……」
逆らえずに言われたとおりにする。青尉が画面上に映る。橋谷が辰生のスマホを奪った。
「ほら、やっぱこれ、青尉だよな! なぁ!」
「本当だ、青尉だー」
「え? コイツ何やってんの?」
「うわ、めっちゃ怪我してる」
「休んでんのってこの所為?」
「なんでこんなに怪我してんの?」
「誰か動画最初からにしろよ」
あっという間に、他人のスマホで観賞会が始まる。
拡大していく騒ぎを輪の外から眺めて、辰生は冷や汗を流した。
(やっべぇ、どうしよう……たぶん少尉、こういうの嫌がるだろうなー……能力者だってこと、俺にも隠してたくらいだからな……)
と、ここまで考えて、はたと思い出す。
(そういやアイツ、能力者ってこと俺に隠してたんだな。俺が散々、能力者っていいなー、って言ってるのを横目に……?)
そう思ったらだんだん苛々が募り始めてきて、辰生は唇を尖らせた。いつから能力者だったんだろう、なんで言ってくれなかったんだろう、そんな疑問が頭の中でぐるぐると回り出す。
(くそっ、復帰したら絶対に質問攻めにしてやる!)
むすっとしている辰生に、
「青尉がどうしたって?」
「葉山」
その彼女の後ろに望月がいた。
「あれ、望月、お前いつ来たの?」
「さっきよ。あんたら盛り上がってて、気付かなかったでしょうけど」
なんだかとっても不機嫌そうである。辰生はちょっとたじろぎながらも、好奇心に負けた。
「なぁ望月、お前、テロ現場にいたんだろ? それもめっちゃ近くに! どうだった?」
「刀堂が頑張ってたよ」
一言でばっさりと返されて、辰生は続く質問を封じ込めた。一瞬忘れかけていた青尉への怒りが再燃する。再び渋面になって、頬杖を突き、ふと思って柚姫を見上げる。
「葉山ー、お前、知ってたの?」
「何を?」
「少尉が能力者だってこと」
「……え? 何アイツ、能力者なの?」
「あぁ、やっぱり知らなかったんだ」
綺麗な眉を思い切り歪ませた柚姫を見て、本当に知らなかったようだと確信した辰生は溜息をついた。
「アイツ、俺らにも隠してやがった。能力者みたいだよ。昨日のテロ、アイツが制圧したみたいだし。なぁ、望月?」
「うん。能力者とか、よく分らないけど。私も助けられた」
「へぇー、青尉が、ねぇ……」
「ったく、何でわざわざ隠してたんだよ、アイツはよぉ!」
むかつく、とこぼした辰生に、近くの椅子に座った望月が言った。
「あんまり、責めない方がいいと思うよ」
「へ?」
「刀堂にも何だかいろいろ、事情があるみたいだし」
「事情?」
「私はよく知らないけどね」
と、望月は前置きしてから、気に病んでいるような面持ちで言った。
「動画見たなら知ってるでしょ? アイツさ、あれだけ怪我しておいて、救急車に乗らずに自力で帰ったの」
「はぁ? なんで?」
「救急車に乗ったら、どこに連れて行かれるかわからない、ってさ。そう言ってたけど」
辰生は言葉を失い、柚姫は「馬っ鹿じゃねぇの?」と吐き捨てた。
「ね、理由、予想付く? 私にはさっぱりなんだけど」
望月にそう尋ねられて、辰生は脳みそをフル回転させた。
(救急車に乗れない理由? 能力者……警察……『stardust・factory』か。もしかして、少尉、アイツまさか、どこの組織にも入ってないのか? いや、はぐれの能力者は少ないけど、いないわけじゃない。少尉が救急車を警戒する、その訳は――)
「――あれ?」
ふと引っかかるものを感じて、辰生は男子連中の輪の中に押し入った。
「ちょ、お前ら、俺のスマホ返せ!」
「なんだよケチー」
「いいから返せっての! 自分ので見ろよ!」
「ちぇー」
奪い返したスマホを操作し、動画を巻き戻す。さっきは聞き流してしまったあの会話。
『〜〜〜〜〜〜〜つもりはねぇっすよ。結構蹴りましたけど、まぁ〜、人間そう簡単にゃ死にませんて』
『じゃあ、大人しいうちにさっさと縛っちまえ。目ぇ覚ましたら、また絶対暴れだすぞ』
『うぃーっすぅ。ま、目ぇ覚ましたところで、武器は全部奪っちまいましたからねぇ〜』
赤メッシュと坊主頭の物騒なやり取りだ。
大人しいうちにさっさと縛っちまえ。坊主頭の言葉が頭の中でリフレインする。
「……どうして、縛る必要がある? テロを邪魔された仕返しなら、もう充分だよな……縛ったら、どうするつもりだったんだ?」
「普通、拘束したら連れ去るよな」
葉山がさらっととんでもないことを言った。
「だってそうだろ? 殴って気絶させて、縛って連れて行く。常套手段じゃん」
「お、おう……確かにな」
若干引き気味に、だが納得した辰生。
「つまり、『マッド=コンクェスト』は少尉を誘拐しようとしてた……? 救急車を警戒するのは、『stardust・factory』にも、同じように誘拐される可能性があったから、ってことか?」
「なんで?」
「ニュースで見ただろ? 『stardust・factory』っていう能力者組織は、昨日、警察の一部になったんだ。つまり、救急車にも働きかけることができる」
「そんなことは知ってんだよ。私が聞きたいのは、なんで青尉が誘拐されそうになってんのか、ってこと」
「それは……」
柚姫の詰問に、辰生は言葉を詰まらせた。
「……知らねぇよ。そんなところまで分かるか」
「なぁんだ」
柚姫はつまらなそうに机に腰掛けた。
黙って話を聞いていた望月が、ぼそりと呟く。
「……誰かを誘拐する時の目的ってさ、身代金目当てか、その、誘拐したい人が、何か特別な物を持ってる時だよね」
柚姫が補足する。
「身代金ってのは無いだろうな。金が欲しいなら、わざわざ捕まえにくい能力者を狙う訳が分からない。金持ちの一般人なんていくらでもいるだろ。ましてや、青尉の家を相手にしたら――リスクの方が、大きすぎる」
言いつつ、肩をすくめて少し身震いした。刀堂一家の異常さを柚姫はよく知っているのだ。
辰生は腕を組んだ。
「じゃあ、少尉が“何か特別な物”を持ってる、ってことか……。それなら、辻褄が合うな」
『マッド=コンクェスト』や『stardust・factory』が求めるような特別な物。
(それっていったい何だろう? たぶん、能力に関係することだと思うけど……)
柚姫は机から軽快に飛び下りて言った。
「あとは本人に聞いてみないとわかんねぇな」
「そう、だな……」
頷いて、もう一度動画をよく見る。そこではちょうど、青尉が日本刀を出した瞬間がスローで再生されていた。どこから出したのか、どんな能力なのか、不思議でならない。
(ハンニバルさんに聞いてみるかな……。あの人なら、もしかしたら分かるかもしれない。組織の連中が求めていて、少尉が持っているらしい“特別な物”が)
チャイムが鳴る。青尉が能力を隠していたことについては、やっぱりまだちょっとムカつくが、だいぶ許せるような気分になっていた。
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