☆2‐8
息を吸って、長らく保っていた沈黙を自ら破る。
「なんだって?」
「『マッド=コンクェスト』や『ユウレカ』――どちらも過激派で、目的のためなら手段を選ばない奴らだ。確かに、君ならば一人でも奴らを撃退することは容易いだろう。だけど、いや、だからこそ、だ」
山瀬は一旦言葉を切って、不安をあおるような間を取ってから言った。
「奴らは、一般人である君の家族や、友人に狙いを定めるだろうな」
「……」
当然のように導き出された推論は、青尉の耳にどろりとこびりついて体内に侵入すると、脳味噌にまとわりついて隅々にまで染み込んでいく。
もちろん、その可能性は青尉も考えていた。理由は分からないが、ここまで執拗に襲われ続けたら、そのうち自分だけの問題じゃなくなるだろうという危機感は当然出てくる。青尉だけじゃない。黄佐も朱将も、いつか自分が青尉の足枷になるかもしれないと考えてはいた。
が、誰もその危険を指摘しないで、見ない振りをしてきた。指摘したところで打開策は無いのだから。それこそ青尉が、敵を完全に殲滅するか、どこかの組織に入るかしない限り、どうにもならないことを知っていて、三人は三人とも気づかないふりをしてきた。
それが今ここで、
山瀬は飄々と尋ねた。
「どうする? 悪い取引ではないと思うのだが」
「――……青尉」
山瀬を無視して朱将が言った。
「俺らのことを気にするなとは言えない。俺らが、お前の足手まといになるのは分かりきっているからな」
「
「けど、俺らのために、お前が自分の意志を殺すことはない。メリットとデメリット、お前がこれからどうしたいか、どうなりたいのか、どうなってほしいのか……よく考えて決めればいい」
そう言ってから、朱将は山瀬を見下ろした。
「何も、今すぐ結論を出さなきゃいけないってわけじゃないんだろう?」
「いや、早ければ早い方が―――」
「半端な覚悟のヤツほど使えねぇのはねぇもんなぁ」
異論を正論に封じられ、山瀬は不承不承頷いた。
「それに、まだ聞いてないことが一つある。」
「……?」
「青尉が狙われる本当の理由って、何だ?」
朱将の据わった目を、山瀬は真正面から見返した。
「青尉が“最強の能力者”に一番近いとされる理由ってのは、いったい何なんだ? まだそれを教えてもらってないぞ」
「……情報は商品だ。商品が欲しくば相応の対価を支払え」
「お前今まで散々しゃべってたじゃねぇか、頼みもしてねぇのに」
「今回のテロを制圧して、被害を最小限に留めてくれた礼だ。あとは、青尉くんを引き入れるための必要経費だな」
「ふぅん、対価、か……」
と、朱将は唐突に殺気を纏わせた笑みを浮かべた。部屋の空気が早朝の山奥のように凍り付く。
「なぁ、“未来の自分の安全”を買う気はないか?」
「……へぇ」
言葉の意味を理解し山瀬も似たような笑みを浮かべた。
「私を脅しているのか? 面白い。受けてたとう――と、言いたいところだが」
まるで計ったようなタイミングで、山瀬のスマートフォンが着信音を歌い出した。山瀬はそれを片手に立ち上がる。「時間切れだ。青尉くん、決意が固まったら電話してくれ。いつでも構わないよ。色好い返事を待っている」青尉に名刺を渡すと、勝手に家を出ていった。
「山瀬
黄佐は名刺を見てわざと明るく批評した。それから、名刺を穴が開きそうなほど見つめている青尉を覗き込む。
「ね、そうは思わない?」
「……」
青尉は虚ろな目を名刺の文字列から一ミリたりとも動かさなかった。
重症だ、と判断した黄佐は髪を掻きむしって、話を変えた。
「青尉、とりあえず病院に行こう。骨折はちゃんと見てもらった方がいい。変にくっついちゃうと困るからね。あと、このあとは熱が出るから、今日は学校はお休みだな。連絡しといてあげるから、ね。ほらほら、着替えておいで。とっとと行ってきて今日は早く寝ちゃいなよ。考え事はまた後でいいんじゃないかな? 疲れてる時はどんなに考えたって、いい答えは出ないもんだよ。人生の先輩からのアドバイスさ。今は今のことを考えようじゃん。これから考えなきゃいけないこととか、やらなきゃいけないこととか、いろいろあるけどさ、優先順位は間違えちゃいけないよ。何をするにしたって、まずは体調を万全にしなきゃ。わかるでしょ? ほら、動いた動いた!」
黄佐が急かして手を叩く。手拍子に反応して踊る玩具か何かのように、青尉がのろのろと腰を上げ、二階へ向かっていった。
それを見届けて、黄佐は振り返った。
(さぁてと、こっちの人はどうしたもんかね。厄介だな~)
朱将はソファーにぐったりと背中を預け、何もない空中を睨み付けている。何を考えているのか、黄佐にはだいたい予想が付くが、考え込まれて動作を停止されては困る。今の段階では答えは出ないし、当事者でない黄佐たちでは尚のこと、何も出来ない。
(って、分かっていても、考えちゃうのが朱兄なんだよな)
その点、黄佐は冷めていた。さて、どうやって彼を再起動させようか。再び髪を掻いて脳を刺激する。
「朱兄、俺、青尉に付き添って病院に行ってくるから。学校に連絡しといてよ」
朱将は無言で頷く。
黄佐は慎重に言葉を選んで言った。
「あのさぁ朱兄。心配なのは分かるし、俺だってどうにかしたいと思ってるよ。でも、青尉はもう子供じゃないんだ。自分の身の振り方くらい、自分で決めるさ。俺らは当事者じゃないし、口出しはできないよ」
「……」
「それに、これって実は、そんな深刻に考えることじゃないかもしれないよ?」
「……どういうことだ?」
朱将は初めて反応らしい反応をし、黄佐を見上げた。黄佐は努めて明るく、身ぶり手振りを付けて話し出す。
「難しく考えるからいけないんだよ。つまりこれはさ、青尉が『stardust・factory』に入るか入らないか、っていう話でしょう? あの人は何かいろいろと御託を並べていったけどさ。青尉が狙われる理由とか、俺らがどーのこーのとか、そういうのを抜けば、あの人――山瀬さん? が言ったことって要するに、“他の組織よりうちの方が得だぞ”ってことだよね。ほら、そしたらさ、あとは青尉の気持ちだけじゃない? 青尉が入るっつったらそれで良し、入らないっつったらそれでも良し。俺らは青尉の決定に応じて、サポートすればいいんじゃないかな。あんまりお節介を焼いてもしょうがないって。時には放っておいてやるのも、家族の務めだと思うよ」
「……そうだな」
朱将は今度ははっきりと頷いて、立ち上がった。
「学校に連絡して、仕事に行く。病院の方は頼んだぞ。費用は立て替えておいてくれるか?」
「はいよー」
「……悪いな」
その一言にいろんなものが込められていることに気付き、黄佐は笑って、兄の肩を軽く叩いた。
「気にしなさんな」
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