☆2‐7
片手運転に疲れてきて、青尉は途中から歩いて帰ってきた。
「ただいま」
ドアを開けながら中に向かって言うと、
「ほれ見ろ! やっぱり帰ってきた!」
「おかえり、青尉! うっわぁ、酷い怪我だねぇ」
「ただいま。……誰かいるの?」
「まぁおいでよ。手当しながら話すから」
青尉は不審に思いながらも黄佐の手招きに応じて家に上がった。
リビングに入ると、ソファーには朱将が腕を組んで座っていて、その向かいには、
「やぁ、青尉くん、昨日ぶりだな。佐久良たちを振り切ってきたのか」
と弱々しく苦笑いをする山瀬が正座していた。
まったくもって、意味がわからない展開である。青尉は思わずバックを取り落とした。
「お前っ、何でウチに」
驚いた青尉だったが、すぐに気を取り直して言った。
「とりあえず、一発殴っていいか?」
山瀬はその巨体を縮めて、青尉を見上げた。
「それはどうか勘弁してくれるか。もう既に、君のご家族から一発ずつ殴られているのでね」
と、山瀬は赤く腫れ上がった頬をさすって小声になる。
「……久々だよ、一般人に殴られてしばらく起き上がれなかったのは」
本気で落ち込んでいるような様子の山瀬を見て、青尉は毒気を抜かれた。「あ、そ、ご愁傷様」と冷たく言って、その場に腰を下ろす。
「それで、何でいんの?」
「青尉が家を出た二十分後くらいに、訪ねてきたんだよ」
黄佐が答えた。
「『stardust・factory』の山瀬だっていうから、昨日のことを確認して、朱兄ぃと一発ずつ殴ったら伸びちゃって。ようやく起き上がったと思ったら、何か爆破テロが起きてて青尉がそれに巻き込まれているって言うから、よーし、もう一発殴ろうか、って考えているところに父さんが起きてきてさ、それで、」
「黄佐」
息継ぎの瞬間に朱将が待ったを掛けた。
「説明は俺がするから、先に手当てしてやれ」
「アイサー! んじゃ青尉、上脱いで」
「うん」
青尉はボロボロになった学ランを脱ぎ、ワイシャツと下着とを丸めて床に投げた。たくさんの生傷がついた上半身が露になる。ガラス片は思っているより鋭いもので、いくつかは肌に食い込んだまま残っていた。蹴られた腹にも爪先の跡が丸く残り、赤く腫れている。額から流れ出た血がこびり付いて固まっていた。中でも一番酷いのは左腕だった。打撃を受けた場所を中心に、裂傷が渦を巻いて深々と残っている。
「それで、結局、なんで山瀬――さんが、ここにいるんだ?」
青尉の怪我を見て目元を険しくさせていた朱将は、自分がどこまで話したかを忘れて呆けた声を出した。
「あぁー……どこまで話した?」
応急処置を始めた黄佐が冷静に答える。
「父さんが起きてきたとこだよ」
「そこか。ええとじゃあ……親父が起きてきて、昨日の夜からのことを事細かに話して聞かせたんだ。したら、問答無用でコイツをぶん殴って、その拍子に気持ち悪くして吐き出したから、それを始末して、もう一回伸びたコイツが起きるのを待ってたんだよ。で、起きたのが三分前くらい。そしたらコイツが“青尉はきっと救急車に乗ってそのまま病院に行くだろう”とか言うし、それよりも俺らに話があるらしいから、じゃあその話を聞いてやろうって思ってたところに、青尉が帰ってきたんだ」
「ふぅん、なるほど。――っぃ、てぇっ!」
事態を理解し頷いた青尉が、傷口に染み込んだ消毒液に驚いて叫んだ。
「がまんがっまん~」
黄佐はおちゃらけた口調で言うが、目は真剣に患部を診ている。怪我のことは黄佐に全部任せて大丈夫だ。朱将は視線を山瀬へと戻した。
「で、話ってのは?」
「……はぁ、ようやく話せるのか」
山瀬はうんざりとした声音で呟いた
正座を胡座に組み換えて、山瀬は話を始めた。
「私がここへ来たのは他でもない。刀堂くん――青尉くんに、協力を要請するためだ」
「協力?」
朱将が代表して聞き返す。
「あぁ」
「何の」
「能力者たちを統制するための、だ。我々『stardust・factory』は、二〇二九年一月二十一日本日付で警察の
と、山瀬は小馬鹿にしたように肩をすくめた。
「たとえ自衛隊が出てこようと、組織を丸々1つ潰すのは難しいな。おそらく、青尉くん一人止められないだろう」
話に出た青尉はつい、自分が自衛隊と戦う姿を想像してしまった。
(銃弾は全部防げるだろ。戦車はどうにかできる。ヘリ、は少しキツいか? いや、プロペラに届けばいけるな。戦闘艇は近付ければいける。となると、一番厄介なのは戦闘機だけど……)
確かに、能力者を相手にするよりは楽だな、という結論に至る。
「今回の決定では、試験的に、一番テロ被害の多いこの県の県警の麾下につくことになった。実用性が認められたらすぐにでも、全国規模での運用が始まるだろう」
山瀬はそこで反応を窺うように言葉を切った。
「……それで?」
仕方がないなと言いたげな雰囲気を滲ませて、朱将が促した。
「それと青尉に何の関係がある?」
「青尉くんには、その一員になってもらいたい」
三人とも黙って山瀬を見た。口にしなくとも目が語る――またその話か、と。
山瀬はまったく怯まなかった。
「どんなに強い能力であっても、あの人数の能力者テロリスト達を一人で制圧することなど、本来は不可能なのだ。いろいろと――」
山瀬はふいに言葉を濁した。
「――訳あって。私にだってそんな芸当は出来ない。けれど、君はやってしまった。そしてそのことは、世界中に知られてしまった。見てみろ」
と、山瀬はスマートフォンを操作して、三兄弟の前に突き出した。
いち早く事態を理解した黄佐が、「うわ、四ツ葉動画に載せられちゃったか。これはヤバいなー……」と、冷や汗を滲ませた声で言った。
ビルの上から撮っていたもののようだ。安全圏にいる人特有の呑気な感想が時折聞こえる。ネックウォーマーで顔を隠した人物がコンビニへと吹っ飛ばされ、悲鳴が上がった。青尉は自分がコンビニに突っ込んだ瞬間の映像を客観的に見て、目を逸らした。思い出すだけで身体中が痛くなる。
山瀬はスマートフォンを懐にしまった。
「これから今以上に、君の周りを組織がうろつくだろう。七大組織である『賢老君主』や『マッド=コンクェスト』も、本部の連中が本腰を入れてくる。残りの五つ、この県に支部を持たない組織もやってくるだろうな。特に研究組織が、血眼になって君を引き入れようとしてくるだろう」
またも、真っ先に反応したのは黄佐だった。
「研究組織?」
「あぁ。基本どの組織も、“最強の能力者になる術”を求めてはいるのだが、中でも七大組織の一つ『ユウレカ』――そこを筆頭にした、あらゆる研究組織は特に必死になって探している。……そして青尉くんは、現時点でそれを持っている可能性が一番高い」
「待って、なんで青尉が? シャーシンの変形ってそんなに珍しいの? それに研究組織って――入ったが最後じゃないか!」
黄佐が悲痛に叫んだ。山瀬は黄佐を一瞥し、我が意を得たりと言いたげに力強く頷いた。
「そうだ。だからこその私たちだ。私たちは別に、“最強の能力者”などに興味はない。そして、国家権力を味方に付けた私たちには、七大組織でも手出しは出来ない」
山瀬が青尉の方に向き直った。切れ長な目の奥の鋭い光が青尉を捉える。
「互いのメリットを考えてみろ。我々は一騎当千のエースアタッカーを手に入れる。君は、自分の身を――そして、大切な家族や友人を守る盾を手に入れる」
「っ……」
身を切られたような気がして、青尉は思わず唾を飲み込んだ。
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