☆2‐4

 残る前衛は二人となった。

 しかしこの二人が一番の強敵だった。『マッド=コンクェスト』の前衛たちの中でも五本の指に入る強さをもつ二人なのだから当然である。一人は西陣という名の、髪に赤いメッシュを入れたビジュアル系バンドの一員のような青年。もう一人は鮫嶋という、サングラスをかけた坊主頭の、正直ヤの付くご職業の方にしか見えないおっさんだ。

 二人は慣れたコンビのようで、良い距離を保ちながら青尉を追い詰めていく。人数が減った方が動きやすくなったようで、青尉にとってはむしろ捌きにくくなった。しかし青尉はあまり慌てていなかった。


(さすがに、最後まで残ってるだけのことはあるな……雷でほとんどを一気に制圧できたのは良かったけど、さて、ここから、どうしようか)


 青尉は攻撃を躱しながら詳細に観察する。


(赤メッシュは風を操る能力者らしい。範囲は自分の身体の周りだけ、か。風を纏った拳がめんどくさいな。格闘技を本格的にやってたみたいな感じ。一撃一撃が的確で重い……)


 青尉は西陣の右ストレートを紙一重で躱した。拳からは逃れたが、風までは避けられず、ネックウォーマーの一部が裂ける。


「うらっ! らぁっ!」

「っ!」


 立て続けのラッシュをどうにか捌き、距離を取る。離れた瞬間、別の攻撃が降ってきた。ガラス片やら金属片やらが意志をもって襲いかかってくる。青尉は冷静に、避けられるものは避け、弾けるものは弾き、無理なものは防ぎきった。


(坊主頭はテレキネシスか。あれ、コイツさっきまで前衛的に突っ込んで来てなかったか? ってことは、操作可能範囲はそう広くないな。近、中距離担当ってところか。でも後衛も上手いな。昨日の奴と違って何でも動かせるみたいだけど、重たいもんはどこまで出来んのかな……試してみるか)


 青尉は防御に使った3Bシャーシンを縄状にし、落ちていたトラックのスペアタイヤをぶん投げた。


「よっ、と。」


 咄嗟に避けられないような速さで、まっすぐ鮫嶋へと向かっていくタイヤ。すかさずその射線上に西陣が滑り込み、「だらっしゃあっ!!」と気合い一発、青尉へ打ち返した。

 青尉はそれをあっさりと躱す。


(なるほど。この重量のものは少ししか動かせないのか)


 青尉には西陣がタイヤを殴る直前、それが一瞬、急激にスピードを落としたのが見えていた。


「ぃ行くぜコラぁっ!」


 西陣が思いきり踏み込むと、両者の距離が一瞬で縮まった。

 何重にも重ねられたコンボが絶え間なく打ち込まれる。

 青尉は3Hの剣と3Bの盾を併用し、しゃがみ、跳び、受け流しては斬り返し、時折飛んでくる凶器も見落とすことなく、危なげない立ち回りで二人に対処する。やられることはない。が、いまいち攻めきれない。

 青尉が耐久戦を覚悟した時。

 視界の端に、おかっぱ頭が片手を上げたのが映った。


(雷!)


 青尉が悟った瞬間、西陣が華麗なバックステップで距離を取った。開いた隙間にガラス片が降り注ぎ、青尉は前進を制止される。おかっぱ頭が手を降り下ろした。

 青尉は舌打ちを堪えて、気休め程度の防御を頭上に展開しながら後ろに跳んだ。


 ドンッ!


 轟音は青尉を貫かず、左の鼓膜を打ち据えた。

 青尉は不覚にも動揺した。その隙に、雷の直撃を受けた街路樹がバチバチバチバチッ! と音を立てて燃え上がりながら、青尉の方へと自然の摂理を無視した異常なスピードで倒れてくる。


「ちょ、待っ……っ!!」


 迷っている暇など与えられなかった。ただただ、この火だるまの大木を避けるためだけに本能で身を投げ出す。それでも無様に寝転がることなく、地面に手を突き滑らかに受け身を取って、敵の方へ向き直れたのは兄たちによる訓練の賜物か。

 しかし、向き直った方向には坊主頭しか見えなかった。


ったぁああああああっ!」


 無駄に熱い声がすぐ近くで響き渡り、風の力を借りて人間の限界を超えた回し蹴りが青尉を襲った。

 腕一本。

 青尉はどうにか左腕を防御に回せた。その腕一本が無かったらおそらく砕けていたのは頭蓋骨であっただろうから、無意味ではない。しかし、踏ん張りはまるで効かず、青尉は宙を真横に飛んでコンビニに突っ込んだ。


「うわぁああっ!」


 叫んだのはコンビニの雑誌コーナーの辺りで、バトルを間近から録画していた人だった。

 青尉はガラスを突き破り、商品棚に激突した。日用品や雑誌にまみれて、セラミックタイルの床に落ちる。店内で悲鳴が響いたが青尉の耳には届かなかった。


「う……痛ぅ……ってぇー……」


 青尉は呻きながら身を捩った。意識を失っていないのが奇跡に思えた。いつだったか、“生身でガラスに突っ込んで無傷とかあり得ないよね~”と、アクション映画を見ながら黄佐が言っていたのを思い出す。その通りだった。右半身のあらゆるところが小さく痛む。瞑っていたとはいえ目を潰されなかったのは僥倖と言えた。ボロボロになったネックウォーマーが、遂に力尽きて青尉の首もとから立ち去った。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……っ」


 朦朧とする頭を瞬きではっきりさせ、息を整え、肘を突き、唾を飲み込んで立ち上がろうとする青尉。

 その横にゆったりと歩み寄った西陣は、まるでサッカーボールでも蹴るように、青尉の腹を蹴った。

 普通の蹴りだったのにもかかわらず、簡単な防御も出来ずに転がった青尉が、背中からドリンクボックスにぶつかって崩れ落ちる。


「ひいっ!」


 懲りずに動画を録り続けていた人が息を飲んで跳びすさった。


「いようし、一丁上がりぃ!」


 パキポキと拳を鳴らしながら近付いてくる西陣を、青尉は下から睨んだ。漆黒の瞳が痛みに暗く淀みながらも、それでも消えない強い意志を孕んで、西陣を威圧する。


「……あ?」


 良いように痛めつけられているのに、決して負けようとしない青尉の態度に苛立ちを覚えた西陣は、青尉の胸ぐらを掴んで高々と引き上げた。風の力が加わり、青尉の足が宙に浮く。

 青尉は睨むのを止めなかった。

 対抗して至近距離から睨み返していた西陣が、つい、青尉の真っ黒な瞳に吸い込まれるような恐怖を覚えた。奥歯を噛みしめる。


「んだよてめぇ、その目はよぉっ!」


 悔し紛れにどすをきかせた声で言い、勢い青尉をぶん投げる。それほど大きくもない青尉の身体は軽々と宙を舞い、背中からカウンターに激突した。  


「っ……!」


 青尉の意識が一瞬遠のいて、すぐに引き戻された。肺が圧迫され無理やり押し出された呼気が、固まりになって口から飛び出る。目の前に白とグレーと黒のドットが散らばっていて、世界がよく見えない。自分の身体が自分のものでなくなったように、息が上手く出来ない。床に落ちた衝撃は感じなかった。


「っとぉ、そうだ。シャーシン回収しねぇとなぁ」


 ズボンのポケットからシャープペンの芯を根こそぎ奪われる。しかし青尉は何をすることもできず、歯嚙みした。さすがに焦りが心中を吹き荒れる。


(どうしよう。どうすればいい? どうすればアイツに勝てる? どうすればこの場を凌げる? どうすれば……)


 そこに、


「……刀堂?」


 まったく、別な声が割り込んだ。

 青尉と西陣がほぼ同時にそちらを見遣る。

 県立あずま高校の制服を着た女子生徒が二人、床に座り込んで、青尉を凝視していた。一人は全身に細かい傷を負っていて、攻撃されたのか爆発に巻き込まれたのか、とにかく人一倍の災難を被ってしまったようだった。もう片方、青尉の名前を呼んだ方は無傷で、青尉は彼女に見覚えがあった。アイツは確か、同じクラスの……ええと、望月……?


「へぇーえ、もしかして、コイツのクラスメートだったりするわけぇ?」


 西陣の興味がそちらに向く。

 自分の目の前で方向転換し、女子たちの方へと進んでいく足を見て、青尉は咄嗟に手を伸ばした。西陣の足首を片手で掴み止める。それから、意地と根性で目線を尖らせ、口角を上げ、精一杯の挑発を。


「そんなに女子に飢えてんのか? このクズ。」


 一瞬の硬直。それから、


「……あ?」


 西陣は顔中を凶悪に歪めた。足首にかかる手を蹴り払い、振り向きざまに生意気な少年の頭を蹴る。


「お前さぁ、今の自分の立場わかってんのかぁ? あぁ?」


 説教をするように高くから言い、容赦なく足を振り下ろす。


「ぁ、ぐっ……」


 側頭部を靴底で押さえ込まれて、青尉は呻き声を噛み砕いた。


「そんな状態でよくもまぁ、クソ生意気な物言いが出来たもんだなぁオイ。てめぇの命、今、俺の手の中。はっ、クズはてめぇの方だろ、この、クソガキがぁっ!」


 頭から離れたと思った次の瞬間には、軽いステップを踏んで繰り出された西陣の爪先が、無防備だった青尉の腹にめり込む。


「っ……はっ」


 青尉は声も出せず、ただ空嘔からえずきに身悶えし、数回咳き込むように背中を震わせると――やがて、完全に沈黙した。


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