☆2‐5


「ふんっ、手間ぁかけさせやがってよぉ、ったく」


 西陣は肩を回して小気味の良い音を立てると、ふと振り返り、さっきからずっと彼らを撮り続けているスマートフォンに向かってピースを決めた。

 そこに、外で負傷者の処理をしていた鮫嶋が顔を出した。楽しげにカメラに向かう西陣を呆れたように見遣って、叱責を飛ばす。


「おいっ、ニシ、何遊んでやがる。済んだなら早く来い。サツの連中が集まり始めやがった」

「マジっすかぁ? すんません、今行きやぁっす」


 西陣は口先だけで謝りながらカメラ目線を止めた。

 外を警戒しながらコンビニの中を覗き込んだ鮫嶋が、ぐったりとして微動だにしない青尉を一瞥し、また外に向き直った。背中越しに聞く。


ったのか?」

「いやぁ? 殺ったつもりはねぇっすよ」


 西陣は飄々と答え、青尉の肩を足で揺り動かした。


「結構蹴りましたけど、まぁ~、人間そう簡単にゃ死にませんて」

「じゃあ、大人しいうちにさっさと縛っちまえ。目ぇ覚ましたら、また絶対暴れだすぞ」

「うぃーっすぅ」


 ま、目ぇ覚ましたところで、武器は全部奪っちまいましたからねぇ~。と言いつつ、西陣は青尉を見下ろして、


「っ?」


 後頭部に何かが当たった。思わず振り返る。

 カツーンッ、と、音を立てて床の上を跳ねた小さな物を拾い上げる。パッケージに入ったままのシャーシンのケース。そこの棚にあったやつだ。それがどうして――


「――……っ、まさかっ、」


 西陣が振り返った時にはもう遅かった。

 いつの間に目覚めていたのか――もしくは、最初から気絶などしていなかったのか――音も気配もなく起き上がっていた青尉が、カウンターを足場に跳び蹴りを放つ。完全に虚を突かれた西陣は呆気なく吹き飛ばされ、棚の間に転がった。

 少しよろけながら着地した青尉は、


「ニシっ!」


 鮫嶋の声に追撃を諦めた。首を刈るように飛んできたガラス片を避けつつ、体勢を低くし駆け出す。


「ちっ!」


 舌を打った鮫嶋が、周囲に散乱するあらゆる凶器を中空に浮かべ、青尉を撃墜しようとする。

 が、青尉の方が速い。

 ダメージを感じさせない爆発的な踏み込みと加速。もともと、両者の間はそう離れていない。肉薄するのは一瞬だ。

 青尉はその一瞬で、胸ポケットから、奥の手として隠し持っていたシャーシンを抜いた。内心は安堵でいっぱいだった。


(気付かれなくて本当に助かった)


 片手で蓋を回し開け、中身を無造作にこぼす。と、同時に変形。使うシャーシンはF。HARDでもBLACKでもない、FIRMしっかりしたという名の中途半端な素材である。Bほど伸びず、Hほど耐久性がない、本当にどっち付かずの性質を持つのだが――それが、ちょうどいいのである。

 青尉の手の中に、闇で塗り込められたような一振りの『日本刀』が生み出された。


 一見するとただの黒い棒のようにも見えるのだが、よくよく見ればそうではないことに気付く。

 つかつばしのぎはばきむね、反り、切っ先、ふくらに至るまで、実に精巧に詳細にかたどられている。刃文と、各部品の境目が暗闇に沈んでいるだけで、あとは完璧な『日本刀』だ。ここまで拘っているのはひとえに兄たちの影響による。武器にうるさい黄佐と、精巧な作りの物に目が無い朱将。この二人に日本刀の構造を徹底的に叩き込まれたのだ。


「っ!」


 青尉は鋭く刺すように息を吐き、逆手に持った刀を逆袈裟に振り抜いた。


 ゴッ


 鈍い音。それが打撃音なのは、鮫嶋の脇腹に食い込んだのが刃ではなく峰だったからである。

 息を詰まらせた鮫嶋がよろけるように後退するが、青尉は逃がさない。

 インパクトの直後に手を放していた墨染の刃が、背後の床に突き刺さった。

 青尉は振った勢いを殺さず、斜めに踏みこんだ。一回転。

 渾身の回し蹴り。

 完璧なタイミング、十二分の威力の蹴りを顎に叩き込まれて、鮫嶋はゆっくりと、後ろ向きに倒れていった。

 青尉は結果など見ていない。


(次が来る!)


 直感でバックステップ、床に刺さった刀を抜き、思い切り、今度は刃の方で一閃。鮫嶋の背後から飛来した火球を切り裂く。

 火球は雲散霧消し、刀は真ん中から崩れ落ちた。やっぱり、火とは相性が悪すぎる。

 青尉は舌打ちを堪え――背後からヘッドロックを狙ってとびかかって来た西陣をしゃがんで躱すと、その懐に潜り込んだ。片手で胸ぐらを掴み、巻き込むようにして自分の身体ごと前方に投げる。投げながら体勢を整え、西陣が床に落ちる瞬間に合わせて肘を打ち込む。


「ごふっ」


 少々当たりが強くなってしまうのは不可抗力。さっきまでのお礼だ。

 青尉は素早く起き上がりながら床に落ちていたFシャーシンを数本拾って瞬時に短刀を作ると、西陣の首筋にぴたりと押し当てた。

 そして、自分の方へ手を向けている人物――沢木を睨みつける。


「退けよ、『マッド=コンクェスト』。俺はお前らには絶対に負けない。まだやる気があんなら付き合ってやるけど、これ以上やり合って、お前らに何かメリットあんのか?」


 沢木は溜め息を吐いた。


(刀堂青尉はこれ以上戦えないだろう。……だが、それはこちらも同じこと。残った戦力は俺と速美だけ。水はもう無いし、サツも来てる)


 状況の悪さを認め、手を下ろす。


「仕方がないな。ここは一旦退いてやろう。……だが、刀堂青尉」

「……」

「この借りはいずれ必ず、返させてもらう」


 指差しで宣告された当の本人は、別段気にした様子もなく、鼻でせせら笑って立ち上がった。


「来てもいいけど、俺が一人の時にしてくれよ」

「考えておこう」


 沢木はひょいと肩を竦め、踵を返すと、どこかあらぬ方向に向けて手を挙げた。

 間髪入れずに、沢木の隣に二人の男が現れた。片方は狐のような面の優男、もう片方は両手にカメラを持ち、フードで顔を隠した少年。青尉は目を疑った。


(あいつら、一体どこから来た? テレポート、ってやつ、か?)


 狐面がにたりと笑った。


「おや、マジでやられとりやすねぇ、かのお二方が。珍しいこともあるもんで。佐伯、鮫嶋のあにさんのやられ姿なんざ滅多に拝めたもんじゃあねぇから、ちょっと撮っておいたらどうでぇ」

「ん」


 佐伯と呼ばれたフードの少年が小さく頷き、一眼レフを構える。


「佐伯、鹿足かのあし、そんなのはどうでもいいから」と、沢木は顎で青尉を示した。「とっととやれ」


 青尉は警戒心をあらわに短刀を握りなおした。


「へいへい、相も変わらず、沢木の兄さんはせっかちさんでいけねぇや。で、こちらさんが」と、狐面は青尉を見て微笑んだ。「噂の、刀堂青尉さんで?」


 青尉は何も言わずに彼を睨んだ。

 狐面は青尉の睨みなど歯牙にもかけず喋り出した。


「へぇ、確かにいい目ぇしてんなぁ。これじゃ、敵わねぇのも頷けらぁ。あぁ、心配せずとも、俺らにゃ戦う術はねぇよ。俺ぁ鹿足かのあし。こっちは佐伯っつって、どっちも『マッド=コンクェスト』のもんですわ。以後お見知り置きを、ってね。んじゃ、刀堂さん、記念に一枚、失礼しやす」


 その言葉が終わるか終らないかのうちに、フラッシュが瞬いた。


「どうでぇ、佐伯?」

「……ん」


 一眼レフを抱えた佐伯がゆったりと頷く。小さな声はどんな感情も含んでいないように聞こえたが、


「そうか、よく撮れたか。そいつぁ良かったなぁ」


 鹿足は満足そうに佐伯の頭を撫でた。


「頷いただけなのによく分かるな……」

「ま、付き合い長ぇんで。さて、沢木の兄さん、これで用事は全部済みやしたかい?」

「ああ」

「そんじゃ、帰りやしょうか」


 と、鹿足が諸手を打ち鳴らすと――その場にいた『マッド=コンクェスト』全員の姿が掻き消えた。

 嵐が過ぎ去った後のような沈黙の中に、パトカーや救急車のサイレンが響く。遅ぇよ、と思ったのは幾人ほどか。


「……ほんっと、面倒くせぇやつらだな……」


 ぼんやりと呟いた青尉の手の中で、短刀はひとりでに元の姿に戻ると、真っ直ぐに落ちて砕け散った。



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