☆2‐3
ビルの中という安全圏にいる人々は、青尉が一人でテロリストたちに立ち向かっていった辺りからテンションが上がり始め、戦いの様子を録画しながら“ヒーロー現る!”などと好き勝手なことを言い合っていた。
見下ろされている戦場で、『マッド=コンクェスト』の沢木は、ペットボトルに半分ほど残っていたミネラルウォーターを一気に飲み干した。空になったそれを道端に放る。手の甲で口元を拭い、その手を前に。
集中。指先に五つ小さな火球を生み出して、一息に射出。最前線、刀堂青尉の頭上にまで来たところで、火球を一塊に。巨大化させて落とす。
ボンッ
火柱が上がり、街路樹の先を焦がした。
が、当の青尉は平然としたもので、シャーシンの盾で炎を相殺すると、むしろ味方の援護に怯んでしまった沢木の部下たちを、順に戦闘不能へ追い詰めていった。その手際の良さは、およそ高校生のガキとは思えない。
(相変わらず、気味が悪いほど強いな……)
沢木が青尉と戦うのはこれで三度目だ。三度目になるというのにまったく攻略できていない。それというのもすべて、青尉の能力が常軌を逸しているからなのだが。
沢木は溜め息をついて、改めて戦場を注視した。
(手には剣。背後に盾。盾は見ないで操ってる。時折それを分離させて、攻撃やら移動やらに使ってて……うわ、アイツ、剣の一部を針みたく飛ばしやがった! ったく、ワンマンアーミーも大概にしろよな……)
沢木は舌を打った。攻略法がまったく思いつかない。人間である以上、どこかに必ず隙が生まれるはずなのだが。
(この人数差にもたじろがない奴を相手に、どうやって隙を作れと?!)
そこに小学生くらいの少女が、活発な印象のおかっぱ頭をゆらゆら揺らしながらやってきた。
「沢木さん、沢木さん!」
「なんだ」
援護射撃として火球を放ちつつ、沢木は無愛想に返した。
「沢木さんっておひつじ座なんですね! 私、初めて知りましたよーええ今日初めて知りましたとも! まったくもー水臭いなぁ沢木さんったら、もっと早く教えてくだされば良かったのに。ところで沢木さん!」
少女の呼びかけに、沢木は振り向きもしなかったが、それでめげる彼女ではない。
「沢木さんってば、ねぇねぇねぇねぇ! さーわーきーさんっ! 沢木さーん、聞こえてます~? もしかしなくても、もう耳遠くなっちゃいましたか? ヨワイ三十七歳にして? モウロウするにはまだ早いのでは? ねぇねぇ、沢木さん、沢木さんってば……沢木さん!!!!!!」
少女の突然の大声に片耳をやられた沢木は、いい加減我慢の限界を超えた。
「うるっさいぞ
「うわぁ、さっすが沢木さん! 何だかんだ言っても私の話をちゃ~んと聞いてくれている辺り、大好きなような気がしますよ!」
「せめてそこは言い切ってくれよ……で? なんだ」
「沢木さんのお誕じょ――」
「くだらないこと聞いたら燃やす」
「――……私は、何をすればいいですか?」
沢木の本気の目に、この速美ですら空気を読んだ。ちなみに彼女の星座はさそり座である。
沢木は少し考えて言った。
「援護射撃しろ。お前なら、ここから狙って落とせるだろ?」
「もっちのろん子ちゃんで~す! 私を誰だと思ってんですか? 雷使いの
どこか古くさい言い回しとともにポーズを決めた速美だったが、頭を戦闘モードに切り換える速さは誉められるべきものだった。
速美は、すうぅぅぅぅー、と音を立てて息を吸い、止めた。くりくりした大きな目は、瞬き一つせず最前線に向けられる。
戦場では青尉が縦横無尽に跳び回っていた。黒い影のようなものが伸び縮みし、彼を重力の法則から解き放っている。青尉一人に対して、『マッド=コンクェスト』の前衛は十八人。完全に囲んで連繋プレーを駆使しているにもかかわらず、決定打は与えられていない。与えられそうにない。むしろ一人、また一人と前衛が削られていっている。
速美はニヤリと笑った。
(むっふふ~推定とはいえ、さっすが
速美はずっと息を止めたまま、全身を集中させた。顔が赤く色付いていく。青尉の動きは目で追っていたのでは間に合わない。だから速美は視野を広く持ち、青尉ではなく戦場全体に注目していた。
静電気が速美の周囲で発生し、髪がふわりと持ち上がった。それに合わせるように、ピンと伸ばした右の人差し指を天に向ける。
(私は電気。私は雷。何よりも速く、美しく、敵を貫くの!)
速美が手を振り下ろすと同時に、上空五メートル程度の位置から大きな雷が発生して、ちょうど着地した瞬間の青尉目掛けて落ちた。
轟音が地を揺るがし、埃のような煙が舞い上がる。
「ぷわっはぁっ! きっついですわー!」
速美は数分ぶりに新しい空気を肺へ送り込んだ。
「やりましたかね? 何っか、手応えがあったよーな無かったよーな、微妙な感触なんですけど。」
「……速美、もう撃つな」
「はい?」
沢木は眉間の皺を解しながら苦々しく呟いた。
「忘れてた……」
「何をです?」
砂埃が晴れていく。
――そこには、青尉が無傷で立っていた。
反対に『マッド=コンクェスト』の前衛たちは激減していた。まるで彼の身代わりとなったように、そのほとんどが痙攣しながら倒れている。青尉が腕を軽く振ると、倒れた奴らの手や足から黒いアメーバ状の物体が剥がれ、主の元に帰っていった。
「……そうだよな。アイツがこれを利用しないわけがないよな。確実に狙ってたよな、あれは」
沢木はため息をついた。
「シャーシンってグラファイトだから、電気通すんだった」
「……あっちゃー、それ先に言ってくださいよ~。やっちゃいましたね……」
いつものような口調で言いつつも、速美は少し落ち込んでいた。自分の所為ではないのだが、結果的に自分の能力が仲間を傷つけたという罪悪感は拭いきれない。
(ふむぅ、何か私にできることは……)
ふと、速美は道路の脇に目をつけた。
「あ、そだ。あれに落とせばいいんだ。」
「速美? お前、何をやるつもりなんだ?」
「沢木さん、
速美は年相応の悪戯っ子らしくにやりと笑った。
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