☆1‐2

 昼休み。

「何やったんだよ少尉~!」としつこく聞いてくる辰生をはぐらかして、青尉は教室を出た。職員室も遠い。早く行ってさっさと帰ってこないと、弁当を食べる時間が無くなってしまう。

 職員室に行くと、学年主任の杜本もりもとと神島先生が怖い顔で青尉を待っていた。


「来たか、刀堂。……まぁ、座れ」


 簡素な丸椅子を勧められ、大人しく腰掛ける。担任が背後で仁王の立ち姿を真似た。


「――さて、」

「昨日の夜は家でゲームやってました」


 先手必勝。青尉は無駄と知りつつそれを実践し、ふてぶてしい態度で杜本先生に向き合った。

 杜本先生はメガネの向こうの意外につぶらな瞳を光らせ、ため息をついた。


「あのな、あのあと誰が応戦したと思ってる? 防犯カメラの映像も残ってるんだ。正直に言うのが身のためだぞ」


 青尉は人を小馬鹿にしたような仕草で肩をすくめ、開き直った。


「正当防衛っすよ。勧誘があまりにもしつこかったから、はっきり断ったんです。そしたら向こうが襲ってきたから、自分の身を守った。ただそれだけのことです」

「学校の塀にあんな傷まで付けといて、“ただそれだけのこと”か?」

「不可抗力です。死体が残ってるのとどっちが良かったですか?」


 皮肉げに笑うと、杜本先生はしばし押し黙った。それから、絞り出すように言う。


「いつまでも独り身でいるから悪いんだよ」

「だから、『賢老君主』――」


 それはこの街に支部を持つ七大異能力者集団の一つだ。その名の通り“賢く”て“老獪”な連中が好んで集まっている。“先生”と呼称される奴らはだいたいここに入っているのではなかろうか。頭でっかちだが、それなりに強い一団ではある。


「――に、入れと?」

「君の身の安全は保証する。他の輩どもに手出しなんかさせないぞ」

「聞き飽きましたよ、その文句」


 話は終わりですか? とそっぽを向きながら言った青尉。

 杜本先生は相変わらずの素っ気なさに歯噛みした。何度勧誘しても、餌をちらつかせても、頑として首を縦に振らない。彼の異能力と運動神経が融合した一騎当千の武力は、組織にとって必要なものだ。『賢老君主』だけじゃない、彼のことを知っている組織はどこも狙っている。


「壁の修理費は持ってやる」

「学校が、ですね? ありがとうございます」


 言外に、『賢老君主』に恩を着ることは無い、という断固たる意思を込めて、青尉は軽く頭を下げた。

 杜本先生は苦笑した。本当に、一筋縄ではいかない生徒である。組織に守られた能力者たちが蔓延るこの世界で、どこまで一匹狼を貫き通せるのか――正直、見ものだ。

 青尉が席を立って、背を向けた時、杜本先生の老婆心がふと余計な言葉を呟かせた。


「気を付けろよ」

「……何に、ですか?」


 杜本先生の口調に深刻さを感じて、青尉は振り返った。大きな黒縁メガネがきらりと光る。学校ではあまり見せない、能力者の目になっていた――常識を忘れた、戦闘を望む目。


「最近、上位組織同士のぶつかり合いが激しくなってきている。それにつられて、配下組織の小競り合いも急増しつつある。そのうち大きな抗争が起きるだろう。……お前も他人事じゃないぞ、有名人」


 まぁ、巻き込まれたところでお前じゃ大丈夫だろうけどな――目の輝きを和らげた杜本先生に対し、青尉は不敵に笑って、今度はしっかりと頭を下げた。


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