第50話 やはり悪女のままのクロエ・ランドン公爵令嬢

私は、お金持ちの屋敷で小間使いとして働いている。

いつからなのか、記憶が定かではなかった。

幼い頃から小間使いだった気もするし、そうでなかった気もする。


「今日は、特別に夕食に使用人にも肉が出されるらしいよ。おめでたい日だからなぁ。王太子妃が正式に決まったそうだ」

「あぁ、聞いたよ。素晴らしい美貌の女性らしい。賢くて、思いやりがあるって専らの評判だよ」

「王太子妃・・・?どなたがなるのですか?」

「オリビア・ベンジャミン男爵令嬢だとさ。元は平民出身だって噂だ。でも、これは俺たちにゃぁ、嬉しいことさね。平民の気持ちが少しでもわかる方が王太子妃になるなんざぁ、いまだかつてなかっただろう?」

「んだ、んだ。めでたい、めでたい!!」


ちょっと、待って?

オリビア・ベンジャミン・・・ひどく懐かしい響きだった

オリビア・・・オリビア・・・

平民の卑しい者のくせに、ハミルトン様を私から奪った女?


そうだ!私は、ハミルトン様のことも、オリビアのことも・・・知っている。

オリビアは王子と結婚するならば・・・なぜ私にハミルトン様を譲ってくれなかったの?

私は、なにも悪くないのに。なぜ、平民に落とされたんだっけ?記憶がところどころ曖昧で断片的にしか思い出せなかった。

そして、何年も前に思っていたことが、それほど前でもないことにも気づき始めていた。

5年も10年も小間使いをしていたような感覚があったのに違ったようだ。


けれど、これだけは、断言できる。今の私の不幸はオリビアのせいだと!!

あの女を、このまま王太子妃にしてはいけないと思った。



来月には婚姻の盛大なお式がされて、王太子と王太子妃のパレードが行われると聞いた。

私は、良く切れる長いナイフを購入した。

これで、パレードの人が少ない場所を見計らってオリビアを刺せば・・・

想像するたび嬉しくて、ニマニマしながら仕事をしているとこの屋敷のお嬢様から耳を殴られた。

私のような身分の高い者が、平民の小間使いになるだなんて、笑っちゃうけれどこの我が儘なお金持ちのお嬢様も、顔を切りつけて台無しにしてあげよう。





待ちに待ったパレードの日。その日は快晴で、まるで私を励ましているかのように澄んだ青空が広がっていた。

そのお金持ちのお嬢様の顔をナイフで傷つけた私は、すぐさま屋敷を逃げ出し、大混雑しているパレードルートで身を潜めていた。


豪奢な馬車がやって来て、皆が国旗を振りお祝いの言葉を投げかけている。

その幸せなムードは、ますます私を苛つかせた。


幸い、オープンタイプな馬車で天蓋がなかったからチャンスはありそうだった。


けれど、なかなか、近づけない。どうすればいい?

そうか、このナイフをあの女に向かって投げればいいんじゃない?


私は、ナイフを渾身の力で放り投げた。思ったよりいい具合にナイフは女へと向かって行くが男が身をもって庇った。

男の背中にナイフが刺さり、周りは絶叫の嵐になった。


いい気味だわ。これで、満足だ。私は人混みのなか、逃げようとしたところを次のオープンな馬車に乗った女の投げた薄いナイフで足を刺されたのだった。



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