第18話 ベンジャミン家に向かうハミルトン
翌日は、霧のような小雨が降る肌寒い日だった。
朝、起きると、パリノ家の侍女が、いつもオリビアがいれてくれたお茶を持ってきた。
「奥様のようには上手にはいれられませんが、お飲みくださいませ。それと、奥様が焼いたクッキーもまだ残っておりますよ。お持ちしましょうか?」
昔から、私に仕えていた侍女の言葉に私は即答した。
「あぁ、頼む」
クッキーを噛みしめ、オリビアの肖像画を眺め、彼女が刺繍してくれたハンカチを見つめる。
徐々に募るオリビアへの恋慕。自分の身勝手さに、我ながら呆れる・・・
今更、オリビアの心が戻るわけがないじゃないか・・・
私は、冷たい細かな雨の粒子に包まれながら馬車に向かって歩く。
オリビアの温かい笑い声のしない庭園は、太陽を失った楽園のようだ。
しんと静まりかえった空間に、私の心は更に重く沈んでいく。
馬車は勢いをつけ、ベンジャミン家へと急ぐ。
しかし、会ってもらえるとは、限らない。
それでも、行かなければならない。
失った妻が、”天使”だったことを今更気づいた私を、いっそ、罵倒してくれればいいと願いながら・・・
☆
ベンジャミン家の門は二重構えになっている。
いつもは開放している最初の門が閉められており、ベンジャミン家の護衛兵が厳重に警備していた。
「私は、ハミルトン・パリノ公爵だ。開けてもらえないだろうか?」
「今はダメです。誰もお通しできませんよ。昨夜、侵入者が紛れ込みましてね」
「侵入者?私はオリビアの夫だ。怪しい者では、決してない」
私の言葉が言い終わらないうちに、スローイングナイフが顔すれすれの位置を通っていった。
「夫ですってぇー?あれだけのことを、私達のお嬢様にしておいてぇー。一回、地獄に墜ちるといいですわぁ」
ピンクのふわっした髪をポニーテールにした侍女が、にっこりと微笑みながらちかづいてきた。
「今のはね、わざと外してさしあげたのですよぉ。次は、どうしようかなぁー」
「ラナ、そこまでよ。ハミルトン様、あなたをオリビアお嬢様に会わせるわけにはいきませんよ。理由はおわかりでしょう?」
「あぁ、もちろんだ。けれど、できれば会って直接、謝りたいだけなんだ。魅了の魔法にかけられていて、正常な判断ができなかった・・・」
私は、エマに熱心に頼んだ・・・
「魅了の魔法だと?禁忌の黒魔法じゃないか!誰がかけたんだ?」
侍女のゾーイが、赤く染まった掌を拭きながらやって来た。
多分、それは・・・血?
ベンジャミン家でなにが起こっているんだ?
「クロエだ。クロエ・ランドン公爵令嬢だ」
私のその言葉に3人の侍女が、同時に舌打ちしたのだった。
「エマ、昨夜の侵入者はアンドリュー・プレイデン侯爵の息のかかった者だとさ!さっき、やっと吐いた」
ゾーイは、忌々しげに顔を歪めて眼鏡を外し、それにも飛び散った赤いものを拭いている。
「ハミルトン様、一度だけお嬢様に会わせて差し上げます。」
エマは思慮深げな表情を浮かべながら言ったのだった。
(※アンドリュー・プレイデン侯爵はクロエが魅了の魔法をかけた男性です。忘れてしまった方は7話のお話を見てください。ダイヤモンド鉱山を領地に持つ男性です)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます