第14話 お母様の優しい言葉とオリビアの涙

軽くその男性が会釈するので私もそれにならった。

「失礼ですが、パリノ家の奥方ですか?」

その男性が私を眩しそうに見つめて尋ねてきた。

仕立てのいい服は、華美すぎず上品だった。艶気を含んだ低い声もその姿に合っている。

「いいえ。奥方だったことは一度もありませんよ」

私は、その男性からすぐに視線を外すと、馬車に向かった。


「お嬢様、あの男性はちょっと素敵でしたわね?」

侍女のラナが、うっとりとした表情を浮かべていたが、右手で弄んでいるのはスローイングナイフ(※投げナイフのことです)だった。


「あの男は、ただ者ではないでしょうね」

侍女のゾーイは、考え込むように呟きながらも、実は本に夢中だった。


「ねぇ、ゾーイ。その本、絶対に恋愛小説よね?だって、にやにやしながら楽しそうですもの。私にも見せて」

私は言いかけたけれど、その本の題名を見なければ良かったと心底、後悔した。

だって、題名が『拷問の歴史と毒の調合方法』だったから。


(※侍女の紹介です。エマはリーダー格の侍女で、キリッとした容姿の美人さんです。ラナは、綿菓子のようなほわっとしたかわいい容姿で発言もほわんとしていますが、投げナイフの達人です。ゾーイは眼鏡をかけたインテリっぽい容姿で、性格もちょっときつめです)



私は、ため息をついて、隣に座っているエマの肩に寄りかかった。

「エマ、ハミルトン様の声を聞いていたら疲れてしまったわ」


「屑の言った言葉など、お嬢様は覚えている必要はありませんよ。このエマがお嬢様の辛いことは代わりに覚えておいてさしあげます。お嬢様は、いつまでも抱え込まなくていいですからね」

エマの綺麗な長い指が私の金髪を撫でてくれる。エマは昔から私の姉のような存在だ。馬車の中で私は、幼い頃のようにエマにもたれて外の景色を眺めた。

天気のいい日で空は雲一つなく冴え渡っていた。


そうね。ハミルトン様の言ったことなどどうでもいい。

心が傷つくのは、相手が言ったその直接の言葉によってではないかもしれない。

自分が、その言葉に囚われた瞬間に自分で勝手に傷つくのだ。



ひたすら青かった空が、濃い群青色に変わり茜色と混ざる頃、ちょうどベンジャミン家に到着した。

私は、ベンジャミン家の屋敷の庭園にゆっくりと降り立つ。

薔薇の庭園を抜けた四阿に、久しぶりに会うお母様の姿をみつけ私は笑みが深くなる。


「お母様」

私はお母様に、そっと抱きついた。

「オリビア、あなたを公爵家に嫁がせたのは間違いだったわね。今日は、なにも聞かないわ。かわいそうに」


優しいお母様の声を聞いた途端、安堵と甘えからだと思う。


私の瞳からポロリと大粒の涙が流れた。



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