第10話 洗脳される?ハミルトン(ハミルトン視点)
私が屋敷に戻ると、オリビアがパリノ公爵家の紋章を刺繍していた。
「ハミルトン様、お帰りなさいませ。夕暮れのお散歩は楽しかったですか?」
ふわりと、微笑むオリビアの顔から思わず目を逸らす。
そして、またチクリと胸が痛んだ。なぜなのだろう?
この女性を私は少しも愛していないはずなのに・・・
「そのハンカチは私のものか?」
「えぇ、もちろんですわ。刺繍は得意なので、お気に召していただければ嬉しいですわ」
「あぁ、綺麗にできている・・・」
「まぁ、お褒めいただくなんて嬉しいです。ハーブティーもいれましょうか?」
「あぁ、頼む。貴女が焼いたクッキーも食べたいな。あれは・・・美味しい」
「ふふっ、嬉しいですわ!今、お持ちしましょうね」
優しい言葉と上品なしぐさ、綺麗ではないけれどその誠実な人柄が美しいと思った。
美しい?なぜ、私はそんなことを思った?
ここが、私の居場所なのだと錯覚するのはなぜだ?
クロエ、貴女に会えないうちに私はこの”黒い魔女”に心を奪われてしまう。
助けてくれ!私の天使・・・
そう思いながらも、オリビアのいれてくれたハーブティーを飲む。
あぁー、旨いな。心に染みわたる優しいあじわいにのみ込まれていく私の正常な心が・・・
手を伸ばせば、オリビアがそこにいて、にっこり私に微笑んでいる。
抱き寄せて、思わずキスをした。彼女は頬を染めて潤んだ瞳で、私を見つめ返してくる。
あぁ、この瞳は知っている。恋をしている瞳。私のことを本当に愛してくれているのかもしれない・・・
私の心は混乱している。クロエを愛しているはずなのに、オリビアが大事な気がしてくるんだ。頭に霧がかかっていて、うまく考えられない・・・
☆
翌日、私はまたあの待ち合わせ場所に行った。むせかえるような薔薇の香りのなかで空を見上げた。
夕映えが、禍々しいほどの血のような赤に、空と雲を染め上げていく。
「ハミルトン様。お会いしたかったですわぁ」
クロエの鈴をふるような声に振り返る。夢にまで見た愛らしい姿に心が躍った。
けれど、胸の奥がチクチクする。私はなにか間違ったような・・・
「あら、大変!魅了の魔法が切れかかっているわ!まぁ、ちょっとこちらを向いてハミルトン様。私を見つめて・・・」
クロエが、優しく私の頬に触れて囁く。
「ほら、私だけを愛して・・・このクロエだけが可愛くて美しいのよ。貴方のような、麗しい公爵を私が逃がすと思う?大金持ちになったくせに、私にもその幸せを分けてちょうだい」
なにか、変なことをクロエが言っている気がした。けれど、それも濃い霧に埋もれて、うやむやになっていく。闇に落ちていく、意識も感覚も・・・
「ハミルトン様、このようなところでうたた寝をしていては風邪をひきますわ」
「え?私は寝ていたのか?」
「えぇ、もう一時間ほどになりますわ」
素晴らしく愛らしいクロエの笑顔が目の前に広がる。
あぁ、この女性こそ私の至宝だ、天使だ。
☆
「今日はね、私が20歳も年上の男爵に嫁がなければならないことを報告しに来ましたの。
ランドン家は経済状況が良くないので、不本意ですけれどこれでお別れですわ」
「なんだって?それなら、パリノ公爵家から援助しよう。金ならたっぷりある」
「それなら、もっといい考えがありますわ。ハミルトン様が離婚して私と再婚すればいいのです。幸い、パリノ公爵家はもう破産どころか飛ぶ鳥を落とす勢いではありませんか?その資産があれば、もう”冴えない女”と夫婦でいる必要などないでしょう?」
「あぁ、でも・・・あの産業は全てオリビアが実権を握っている。しかも、今までベンジャミン家が注ぎ込んだ莫大な投資金はオリビアが私の妻ということが条件でされたものだ。離婚となれば、返済を迫られるだろうし、ベンジャミン家の怒りをかえばパリノ公爵家といえど・・・」
「あぁ、それならハミルトン様は今夜オリビア様をお抱きなさいませ。赤ちゃんを産ませるのです。妊娠したら、オリビアを捨てればいいわ。カリブ王国では産まれた子どもの親権は父親のものですよね?まして、公爵家の子であれば、その子供は公爵家で育てるのが当然!ベンジャミン家は、かわいい孫がいるパリノ家を永遠に支援し続けるわ。その子供がいる限り、私達はベンジャミン家のお金を使い放題できるのです。そして、オリビアには私のお兄様と結婚させましょう。みんなが、これで幸せになれますわ」
「みんなが、幸せ?みんなが・・・?」
「そうですわ。みんなが幸せになれるとてもいい方法です。貴方は、今夜、オリビアを妊娠させるためだけに抱くのです。ふっ、あっははははーー」
「みんなが幸せ・・・幸せ・・・・」
私が、クロエを見つめると薔薇より美しく微笑む美女がいる。
わかったよ、クロエ。
僕の女神様は貴女だけだ・・・貴女の望みはなんでも叶えよう。
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