第8話 天使にはあらがえないハミルトン(ハミルトン視点)

私はクロエからの手紙を握りしめて彼女の姿を思い浮かべていた。

ツヤツヤなブラウンの髪は陽をうけてきらめいていた。あのつぶらなブラウンの瞳も愛らしかった。それに、彼女の吐息は甘い香りがした・・・


思いだせば、だすほど男なら絶対、クロエを諦めることなどできはしない。

私とオリビアは”白い結婚”だから裏切ったことにはならないんじゃないだろうか。

もともと、政略結婚だし、ここに愛はない。愛は?クロエの元にいつもあった・・・そうは思っていても、オリビアの優しく微笑んだ顔も頭に浮かんでくるんだ。

私は、いったい、どうしたのだろうか?

やはり、オリビアは”黒い魔女”なのかもしれない。


元来、私は美しい女性にしか興味がもてないのだ。流行病で両親は亡くなったが、母上も大層、美しい女性だった。隣国に嫁いだ姉上もだ。

だから、女性は美しくて当然と思っていた。もっと、言えば、美しくない女性には価値がないと思っていたのだ。


だって、そうだろう?誰が、美しくない花を部屋に飾る?美しく、綺麗な花だからこそ、部屋に飾って愛でる価値がある。


そう考えるとオリビアに価値はない。なぜなら、彼女は少しも美しくはないから。

けれど、見るのも、うんざりする冴えない容姿なのに嫌いではない。

いつも朗らかで穏やかな空気をまとっている彼女が、好ましいと思うことさえたまにある。


パリノ公爵家の庭園には、季節ごとの花が植えられ、洒落た四阿がところどころに造られ居心地のいい空間に変わった。補修の必要があった古めかしい噴水は、今や大理石で造り変えられて一層華やかに水しぶきをあげている。

屋敷じゅうの部屋は、適切に改装され、日の当たらない部屋には天窓がつけられた。

そこかしこに、かぐわしい香りを放つ薔薇が飾られて、ソファもクッションも上品なパステルカラーで統一された。屋敷じゅうが寛げて温かい雰囲気に満ちている。

お金の管理も、難なくこなし、社交界でもパリノ公爵家は良い評判を得ている。

これは、全てオリビアのおかげだった。

オリビアは妻にしておくには最適な女性だと評価はしている。


総合的に考えても、オリビアは公爵夫人として完璧な女性だ。

けれど・・・やはり、オリビアを愛することはできない・・・私の心に住みついている天使を追い出すことなど到底できないのだ・・・


『クロエ。私は、いつも貴女だけを想っている。可愛らしい貴女がいつ来てもいいように毎日、空が薔薇色に染まる頃に必ずその場所に行く』

私は、手紙をしたためる。愛を込めて。私の天使に・・・


その手紙を侍女に渡してランドン家に届けるように言うと、オリビアにハーブティーをいれてもらおうと階下の居間に向かった。

ハーブティーなんて、どれもまずいと思っていたがオリビアのいれたそれは、全く別物だった。


「オリビア、ハーブティーをいれてくれないか?」

私の願いに、ぱっと顔を輝かせて微笑んだオリビアを見て私の胸の奥がチクリと痛んだ。


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