第6話 パリノ家が変わった(ハミルトン視点)

オリビアは、私がなにを言っても朗らかに微笑んでいる。

不思議な女だ。私が”言い過ぎたかな”と思うときでも、ただ優しく微笑んで私の身体の心配をしているようなふりさえするのだ!


「オリビア、貴女は、また金勘定をしているのか?そんなことは、執事達に任せるべきだと何度言ったらわかるのだ?だいたい、社交界の夫人達とのお付き合いは、ちゃんとしているのかね?お茶会は、ほぼ毎日、高位貴族達の屋敷で開かれているはずだ。まさか、出席をさぼって金勘定にうつつを抜かしているのではないだろうな?」


「はい、出席はきちんとしていますよ。毎日、いろいろな方々のお屋敷に行かなくても、社交界で主だった夫人が主催するお茶会に行けば、充分ですわ。お金の管理は、どうぞご心配なく。そんなに、怒鳴ってばかりではお体に良くないでしょう?どうぞ、私とハーブティーでもお飲みになってお気を鎮めてくださいませ」


「あ?いや、いい。別に喉は渇いていない!」


私が拒んでも、オリビアがみずから優雅な手つきでハーブティーを注いでくれるんだ。


「さぁ、旦那様。お召し上がりくださいませ。そうだ、私が焼いたクッキーも持って来させましょう」

オリビアの焼いたクッキーは、しつこくないほのかな甘さだった。あとから、ふわりとバターとミルクの風味が口いっぱいに広がり、何枚でも食べられる・・・いかん、いかん。私まで、この女の魅了の魔法にかかっている場合ではない!全く、この女には油断も隙もあったものじゃぁない・・・


オリビアは私がクッキーを食べてハーブティーを飲んでいる様子を嬉しそうに見つめている。

かっ、かわいい?一瞬、ほんの少しだけ可愛く見えた・・・気の迷いだ。そうに決まっている。


屋敷の部屋を見渡すと、すっかり明るい雰囲気で満ちていた。

客をもてなす居間に備え付けられていた重厚な家具は、ともすれば重苦しい雰囲気を漂わせていたが、優美なデザインの家具にいつのまにか変えられている。

暗い色合いのカーテンは、明るいものに。部屋には、いつも花が飾られていて、かぐわしい香りを放つ。


(平民にしては、センスがいいな。冴えない容姿のわりには、きめ細やかな心遣いができる女性だということは認めてやろう)



オリビアは使用人達の間でも、すっかり人気者で楽しく笑いあっている声が絶えず聞こえてくる。最初は、冷たく接していたパリノ家の使用人も今ではすっかり彼女の魅了の魔法にやられているのか、宝物のようにオリビアを扱う。



全ての負債はベンジャミン家が支払い、オリビアは新たな産業をこのパリノ公爵家にもたらした。

大きな虫の飼育。クワイコは虫でありながら口から白い糸をだす。それを素材にしてできた生地は驚くほど滑らかな肌触りなのだ。この産業はベンジャミン家の潤沢な資金をつぎ込み、莫大な利益をあっという間にあげた。

やはり、商人の神様と崇められている天才の一族の愛娘だけはある。

しっかり者のいい奥方だと、隣国に嫁いだ姉は賞賛の手紙をオリビアに寄こしたようだ。

オリビアは誰とでも仲よくなれる才能があるようだ。いつのまにか、人が周りに集まりその中心で花のように微笑む・・・


花?まさか、あの冴えない容姿の妻が”花”なわけはない。”花”といえばクロエだ。

あの可愛い美しい”花”は、誰のものになるのだろう。

そう思うと憂鬱で絶望的な気分が、心の奥底からじわじわと広がり、切ない気持ちでいっぱいになった。



オリビアの才覚でパリノ公爵家は勢いづき以前と同じ、いや、それ以上の資産を取りもどすことに成功した。


ちょうどその頃に、私はクロエに手紙で呼び出された。


「愛おしいハミルトン様、デートの時に以前よく待ち合わせをした場所でお待ちしていますわ。私達の真実の愛を育んだ薔薇の庭園の”ひ・み・つ”の場所で♡」


こんな、可愛い手紙を私はランドン家の侍女から渡されたのだった。


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